第93話
それから数日は、ずっと結斗と2人だけで過ごした。
さながらハネムーンのように。
今思うと、数日とはいえこんなに長い時間、昼も夜も2人きりで過ごしたことなど、今までなかった。
朝、ホテルのベッドで目を覚ますと、当然のように結斗の温もりに包まれていた。照れ臭いのと幸せがごっちゃになった、変な気分だ。
付き合いこそ長いけれど、私と結斗が一緒にいるときは、大概事務所関係者が一緒だったから。
観光地を巡り、プライベートビーチでのんびりと過ごしたり、買い物めぐりをしたり・・・数日では物足りない程の日程だった。
「今考えるとさ、
花奏と一緒に過ごした時間って、長いと思ってたけど、ここまで連続で昼夜問わず、仕事抜きで一緒に過ごしたのって、初めてだな」
「そうだね。
結斗は、私にとって、人生の中で、一番長い付き合いの人だと思ってた。けど・・・この旅行以上に長い時間、一緒にいなかった気がする」
知り合ったのが小学生の頃で、その頃は単なる顔見知りに近い存在だった。私は司さんの事を好きだったし、結斗は研究生。それから始まった人間関係は、今、こうして、これ以上ない程近くにいる。
「それに、俺、今まで、花奏に何も買ってやったこと、なかったんだよな・・・」
「・・・それで、今日は買い物になったのね」
一通り市内観光を終えた翌日、丸一日かけて、ファッションビルやらアクセサリーショップやらお土産やさんやらを巡り、両手で持ちきれないほど、買い物した。殆どが結斗が買ってくれたのだ。
私だって、自立した仕事をしている社会人だ。結斗程でないにせよ、そこそこ収入をもらっている女なのに、今回、結斗と一緒にいるとき、財布を一度も出していない。出したとしても、結斗が支払いをしてしまうのだ。
「・・・少しは、恋人らしいこと、させろ。
今まで、どれだけほっといて、どれだけ都合よく使っていたか、その罪滅ぼしって考えると、まだ足りないくらいだ」
「そういえば、私、結斗に何かもらった事ってないね」
スタッフのバイトを辞めるとき、増沢君達からは腕時計を貰い(それは今でも宝物で、今でも私の腕についている)司さんからはムーンストーンのピアスを貰った。ただ結斗からは、何も貰わなかった。付き合いの長さを考えても、貰えてもおかしくない筈なのに・・・(欲しいとは思わなかったのは事実だ)
「・・・あの頃は、まだ俺、自分の気持ちに気づいてなかったんだ。
ただ、お前がいなくなっちまうのが気に入らなかった。ずっとそばにいるもんだと思ってたからさ」
そう言うと、結斗は、荷物を持ったままの手で、私の左手の指を指さした。ここには、先日の結婚式の時に交わした指輪が光っている。
宝石の入っていないシルバーのシンプルな指輪で、ハワイアンジュエリー独特な彫刻が施されていた。
「もしも・・・花奏に何かプレゼントをするんだったら、絶対忘れられないくらい、心に残るものにしたかった。だからこれにしたんだ」
指輪には、波のようなシンプルな模様と、リーフの模様があしらわれていた。
「ハワイアンジュエリーに施される彫刻って、一つ一つ意味があるんだ。
波とマイレの葉。波は、途切れることのない愛。マイレの葉は・・・」
結斗は、一瞬言葉を止めた。私がその先を急かすように彼の顔を見上げると、彼は、ゆっくり言葉を続けた。
「"大切な人との絆"。」
言われた瞬間、心臓が壊れるほど高鳴った。
「俺にとって、誰にも代えられない大切な人。
その人との絆、離れていても必ずつながってる。
そう、信じたいんだ」
真摯に私を見つめたまま、そう言う彼の眼は、以前のような強い目ではなかった。でもその目力は優しく大きな力で守り続けてくれる、そんな力を感じだ。
「・・・ありがとう。結斗」
心の中の、精一杯の愛情をこめて、私は彼にそう言った。そして、彼の指にも、同じ模様の指輪が光っている事が、どんなことよりも嬉しく、照れ臭くなった。




