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第89話

「結斗・・・なんで・・・」


一体これは何? 何がどうなってるの?


パニックが最高潮になった私に、彼は冷静に、そして熱っぽい声で言い放った。


「俺の気持ちは・・・」


 彼はそう言うと、一瞬だけ、言葉を止めた。


「俺の気持ちは、4年前から少しも変わっていない。

 だから・・・」


 これは夢?


 私が見ている、都合のよい夢なの?


 司さんの事をずっと好きだった私、その気持ちはいつの間にか、いつも近くにいた結斗へと移っていた。


 あの悪夢のような夜も、ストーカーに怯えた夜も、結斗に告白されてからも。

 

 きっと、あの頃からずっと、私の心は結斗だけを、追っていた。


この四年間も・・・一番会いたいと思ったのは、子供の頃から憧れてた司さんではなく、ずっとそばにいた結斗ただ1人だった。


表に出してはいけない想い。出せばすべての人のお荷物になる想いだ。


だから、涙と一緒に封印し続けた。二度と表面化しないように・・・


 「もう二度と、花奏を泣かせない、お前の事、守ってみせる。

 花奏・・・だからっ・・・」


 そう言うと結斗は、私に近づいてきて、私の左手をそっと取ると、薬指にするり、と指輪をはめた。


 その指輪は、まるで私の指に収まるのが当然かの様に、私の指にフィットした。


「今すぐじゃなくていい。

 お前の決心がついた頃でいい。


 社長には俺が話をつける。それくらい時間があれば、お前も決心できるだろ?


 その時、必ず、お前の住む街に、俺が迎えに行くから・・・それまで、誰のものにもなるな。


 俺と・・・結婚してほしい」


 どうしよう・・・


 すごくうれしい。


 嬉しくて嬉しくて、泣き出しそうなのに。


 それさえ声にならない・・・


 足元さえおぼつかなくてふらついた。


「花奏?」


 結斗の声が耳をかすめたとき、誰かがふらつく私の体を支えるように後ろから両肩を支えてくれた。


 振り返るとそこには、兄と司さんがいた。2人とも、夏服とはいえ正装していた。両肩を支えてくれていたのは兄で、司さんは青い花をあしらった綺麗なブーケを持っていた。私に持たせるつもり・・・なのだろう。


「お兄ちゃん・・・司さん・・・」


 もう、何が何だかわからない。


 いったい何が起こっているの?


「花奏ちゃん、ごめんね」


 司さんが、いたずらっ子のように笑った。私がかつて大好きだった、司さんの笑顔だ。


「俺が、花奏ちゃんの町に行った時から、計画してたんだ」


 あの時? 司さんが私を探しに来てくれた時?


「もしも・・・花奏ちゃんも結斗の事、好きだったらね・・・ここで再会させてちゃんと話してもらおうって思ったんだ。

それに、隼人達が悪乗りしたんだ」


「せめてサプライズって言えよ!」


 兄があきれ顔で言うと、私に向かって真っすぐにその眼を向けた。


「覚悟、決めろ。花奏」


「そうですよ! 姉御!!」


 いつの間に、私の近くに増沢君までやってきた。さっきまでは垢抜けたカジュアルな夏服姿だった彼は、いつの間にかネクタイに背広、といった参列者の服装をしていた。


「俺も、姉御に関わった研究生みんなも、姉御には幸せになってほしいって思ってるんですよ」


 踏み出す事さえ出来ないでいる私の背中を押す。


 そして・・・


「姉御っ!がんばれ!」


「花奏さん!」


「おい、押すなよ?」


「だって、あの花奏さんと結斗さんの告白シーンだぜ! 超レアじゃん! 俺にも見せろっ!」


 気が付くと、参列者・・・事務所所属のタレント・・・かつて私がバイトしていた頃や、事務所に出入りしていた頃に研究生だった子達が、パーティー会場のドアの所に集まって私達の様子を覗き見していた。


 中には、志半ばで研究生を辞め、事務所を去り、一般企業で働いている筈の人や、本当は今日、仕事でPV撮影をしている、と聞かされていたタレントさんや、仕事の関係で今頃飛行機に乗って帰国しているはずの人までいる。


 そして、四年前、あの言葉を言った社長も、照れ臭そうな顔をしながら、そこにいた。


「俺たちだけじゃないんですよ。

 司さんの計画に、みんな、満場一致で一役買うって、協力してくれたんですよ?


研究生辞めて、普通の生活している奴らも、連絡取ったらほとんど集合したんですよ!


姉御の為人ってやつですよ!」


「これでも、秘密にすんの大変だったんだぞ!

 昨日の結婚式には、花奏への接触禁止と緘口令を全員に出して! いつばれるか、ひやひやしたぞ!」


 増沢君と兄は嬉しそうに笑いながらそう言った。


 そして、みんなの笑顔は、私の戸惑いを、少しずつ溶かしていった。


 私は、戸惑いを振り払い、結斗と向かい合った。


「結斗」


 私は改めて、結斗の顔を見上げた。とたんに周囲のざわめきが静かになり、恥ずかしくなった。


 それでも・・・まだ間に合うなら・・・


 そういえば、一志さんが言っていた。


"想いに、時効なんかないですよ。

そんなもの、人が生きてゆくのに便利だから作ったものだ。なくても生きてゆける。


そんなものよりも・・・人を本当に想う気持ちは、無くしたら生きてゆけないですよ。


もし君が、はっきりさせたいのなら・・・はっきりさせておいで。

 立場なんか、その時だけ、綺麗に忘れてしまえばいい。


言っただろ?立場や肩書きなんて、人が生きるのに都合よく、後に付けられたもの。そんなものを外してしまえば、ただの人だ。


ただの人同士が想い合うのに、誰も文句も言う権利もない"



 こんな時に、一志さんの事を思い出すのは不謹慎だったけれど。


 もしも、彼の言葉が本当なら・・・


 私は大きく、息を吸って、吐いた。


「結斗?」


 結斗の顔を見上げた。


 ずっと、4年もの間、話をつける事も、結斗の言葉に返事をすることさえもできなかった。逃げ続けていた。


 そのけりを、今、つけよう・・・


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