第86話
翌朝。
増沢君との待ち合わせに間に合うように朝食ビッフェを食べて、身支度をした。彼は特に服装指定はしていなかったので、昨日の結婚式とは正反対の、真夏スタイルの服を選んで着た。
日本でも普段着ている飾りのついたTシャツに、マキシスカート・・・そんなに変ではないだろう。都内にいた頃はともかく、今の生活で、おしゃれして出かける事はない。そんな生活の中、突然ハワイに行く事になった上、あの増沢君と二人きりで出かけるのだ。特別な感情がないにしても、服装が気になるのは当然だし、浮わついたおのぼりさんみたいな格好に見えたら嫌だ。
何せかつて高校生だったとはいえ、今は10代の子達が大騒ぎするようなアイドル。見劣りするような服装で出かけたくない。
念入りに化粧をして身支度をしながら・・・不思議な気分だった。まるでデートにでも出かけるような自分の行いに苦笑いした。
「デートじゃ、ないんだよね?」
言い聞かせるようにつぶやいた。彼は私にとって、今となってはかつての教え子みたいなものだ。なるべく大人っぽい服を選んで、待ち合わせ場所に臨んだ。
待ち合わせ場所はこのホテルのロビー。ホテルの前には、すでに何台も市内観光のバスが止まっていて、ロビーにはツーリストの人がうろうろしていた。
その合間、ロビーの片隅のソファで、明らかに観光旅行とは違う軽装な男の子がいた。
「増沢君?」
そう呼ぶと、彼は振り返って、あの頃と同じ笑顔を見せてくれた。
でも、その風貌はあの頃とは変わっていた。
幼さと可愛らしさが残っていた顔は、完全に男の顔になっていて、整った顔立ちと、細身で長身なスタイル、サングラスでカモフラージュしているとはいえ、周囲の女性の視線を独り占めしている。
「姉御? お久しぶりです」
彼はそう言ってソファから立って私に一礼した。そう言う所は、あの頃と全然変わっていない。
「久しぶりだね・・」
「本当にそうですね。でも・・無事にこうして再会できて、嬉しいです」
彼もまた、今までどうしていたんだ、とか、そういうことは聞かなかった。司さんや兄から聞かされているのかもしれないし、私を気遣っての事かもしれない。
「大きく…なったね。増沢君の活躍は、いつもテレビで見てるよ?」
「じゃあ、よかったです!」
彼は嬉しそうに笑った。
「え?」
その笑顔と反応を不思議に思うと、彼は言葉を続けた。
「姉御、いなくなっちゃったでしょ?
デビューしてから、俺、必死だったんです。
テレビに出て、少しでも芸能人として活躍して、人気者になって・・・そうしたら、この世界のどこかで、姉御が俺の事見ててくれるって・・・そう思ったんです。
姉御がどうしているか、俺にわからなくても、俺がテレビやメディアに沢山出て、姉御の目に留まれば、少なくとも、姉御には、俺達が元気にしてるって・・・気づいてくれるって思ったから・・・・メンバーと相談して、そうやって姉御の目に留まるグループになろうって頑張って来たんです。それだけで、ここまで来たんです」
増沢君の所属するグループ、"ホワイトシャネル"のメンバーは、増沢君は勿論のこと、全員、私が事務所でバイトしていた頃の研究生だ。みんな、私を慕ってくれた。
そして今、10代や20代にとても人気のあるグループに成長した。その裏にあったものを聞かされて、私は絶句した。
「姉御は、・・・そばには居なかったけど、俺たちをここまで連れて来てくれたのは、間違えなく姉御ですよ」
「そんな大げさ!だって私は」
いなくなった存在だよ? そう言おうとしたけれど、彼はさらに言葉をつづけた。
「だから今度は、俺が・・・俺たちが、恩返ししたいんです。
姉御を連れていきたいところがあるんです。
今から付き合ってもらえますか?」
すっと手を差し出され、私は戸惑いながらその手に自分の手を置いた。
「ほどほどにお願いします」
私は増沢君に手を引かれ、ホテルを出た。




