第80話
司さんが訪れてきた数日後の週末。
休みが一緒だった一志さんと、ターミナルタウンへと出かけて行った。私たちが住む街に停まる電車は、一時間に二本くらいしかないローカル線で、朝晩の通勤時間帯以外は、地元民以外誰も乗らないような電車だ。都内の地下鉄やJRと比べると本数も乗っている。人の数も雲泥の差だ。
ターミナルタウンまで片道40分もかかる。ターミナルタウンまでつけば、他の私鉄やJRを乗り継いで首都圏まで行くことは出来るけど、それだって半日近くかかるだろう。それくらい私の住む街は、都心から離れている。
ターミナルには、大きなショッピングモールやファッションビルもあって、ウィンドショッピングするのも飽きないし、映画館や遊ぶ場所も多く、時間がかかっても来る価値は十分にある。
今日は、一志さんの勧めで、先週公開されたばかりの、前評判のいい映画を一緒に観に行こう、と、いう事になり、彼と朝からターミナルに来たのだ。
こんな人の多いところに来るのは本当に久しぶりで、私は遠足気分で少しワクワクしていた。
「今日は楽しそうだね?」
「うん、映画なんて久しぶりですから」
「そう言えば俺もそうだな・・・都内にいた頃は忙しくて映画なんか見る暇なかったなぁ・・・」
都内に住んでいた頃は、暇があると一人で映画を見に行くことなどよくあったけど、今の街に来てからは、そんなこともなくなった。あの街には映画館さえ、ない。
休日は家で一人で過ごしたり、浜辺を散歩したりして過ごすのが常だった。
そんな私を、一志さんはあの日以来、よく連れ出してくれるようになった。一緒に浜辺を散歩したり、街から少し離れたところにある、海沿いの素敵なカフェに連れて行ってくれたり、美味しい魚料理を出してくれる小料理屋でご飯を食べたり。それはそれで、楽しく時間を過ごす事ができた。
でも、何か物足りなかった。
このまま、駐在所の奥さんの言う通り、この人とお付き合いしたら、きっと穏やかな家庭を築く事ができるだろう。
幸せに、なれるだろう。
でも、私が本当に求めていた幸せは、本当にそれなの?
司さんが街に来て、結斗の事を聞いてからというもの、平常心ではいられなくなっていた。
“結斗は、まだ花奏ちゃんの事、本気で愛してるんだよ”
司さんの言葉を思い出すたびに、胸の奥に、ずっと渇望していた想いが溢れそうになる・・・
そんな想いを振り切るように映画館に入り、席を確保すると、すぐに上映が始まった。
本編に入る前に、他の映画の予告編が流れた。ディズニーの新作や、ハリウッド女優が出演する映画、日本の映画・・・そして・・・
(あ・・・)
何本目かの予告編に、画面いっぱいに、結斗の姿が映った。
結斗が、映画の画面の中に、いる・・・
演技、していた。
あんなに演技がへたくそで、ドラマにさえ出ることさえ稀だった結斗が、主演で映画に出ているのだ。
画面の中の結斗の演技は、あの頃とは比べ物にならないほど、素敵になって、しっかりと演技していた。予告編ではアクションあり、サスペンスあり・・・一瞬も見逃せないようなスピード感があった。
そして何より、それらの全て、四年前、最後に会った時の結斗を、私の心の奥から、後から後から引きずり出していった。
初めてあった日の事
彼らのデビューの日の事
事務所でのバイト時代
そのバイトを辞める日の事
辞めた後もなお、兄の雑用で事務所を訪れていた日々の事
どのシーンにも、結斗は必ず、いた。
そして・・・
あの過ちの夜
その後過ごした二日間。告白された時・・・
監禁されて、助けられ、病院にお見舞いに来てくれた時のこと・・・
"この世界のどこかに、花奏が、安心して生きていける場所が、必ずあると思う・・・
俺もそこに一緒にいられればいいけど、それは無理だから・・・"
そして、別れの日。抱きしめられたあの腕を振りほどいて事務所を飛び出した日・・・
気が付くと、ずっと耐え続けていた感情が、後から後から溢れ出ていた。周囲も、映画のスクリーンさえも見えない程に・・・
懐かしい、そして何より。
(会いたい・・よぉ・・・)
結斗との思い出一つ一つが、余す事なく後から後から溢れ出し、やがて映画の画面さえ見ることが出来ず、私は俯き続けた。
「・・・どうかしたの?気分でも悪い?」
小さな声で、一志さんがそう聞いてくれたけど、私はそれにこたえる事さえ出来ず、ただ、声を殺して、俯き続けた・・・
心だけが、結斗の存在一つで、暴走し、彼だけを求めてゆく・・・それを止めることが、もうできなかった・・・
"あの子は、お前にとって、何の役にも立たないお荷物にしかならない"
今でも脳裏に焼き付いている、社長の言葉。役に立たない・・・
あの頃は、役に立つから、あの事務所に関わっていたのかなぁ?
ううん、兄が、私を頼ってくれたから。
事務所に行くと、研究生達が慕ってくれたから・・・
でも、私は、あの頃、みんなの役に立っていたの?
社長の言う通り、お荷物だったの?
答えの出ない迷宮に、迷い込んでしまった。




