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第70話

 学校内は、夏休みなのに、生徒が多かった。

 夏期講習やら補修、部活で夏休み前とは違う活気に満ち溢れていた。


 でも、すれ違う生徒たちの視線も、久しぶりに入った職員室で感じた他の先生方の視線も、異常だった。


 気のせいとか、気の回しすぎとか、私が自意識過剰になりすぎているとか、そういうのではなく・・・


 ともすれば、何かを聞きたそうな顔をしたり、物珍しそうな顔をする生徒、それは、生徒だけでなく、先生方もそうだった。


席について、周囲の先生に挨拶にて、長期の休みの謝罪をしても、周囲の反応は明らかに変だった。


近くに席だったはずの草野先生の机は、もうすでに綺麗に片付いていて、それだけで、彼がもう辞めさせられたことを物語っていた。


先生としてはあんなに優秀で、あんなに生徒に慕われていた先生だったのに。


私を監禁したのはこの草野先生なのに、許せない存在のはずなのに、先生としての草野先生は、同じ教壇に立つ立場としては尊敬していた。それだけに、草野先生の席がこんな形で空席になってしまうのは、複雑な気持ちになる。


他の先生方に、復帰の挨拶をしていると、落合先生が近づいてきた。


「新堂先生」


そう呼ばれると、落合先生は少し複雑そうな顔をして立っていた。今までのような、親しい雰囲気ではなく、どこか一線引いている態度。かといって完全拒絶しているわけでもない・・・そう、そう接して良いか判らない雰囲気だった。


「はい・・・」


「校長がお呼びです。今すぐ、校長室へ行ってください」


そう言われ、一瞬の間のあと、私は頷いた。早かれ遅かれ、校長にも復帰の挨拶をしないといけないのだ。それだけではない。私に対する処分だって、まだ聞いていない・・…


周囲の、奥歯に物が詰まったような態度にやるせない思いを抱えながら、私は職員室を出た。



#####################


校長は、人徳も教育に関する考え方もしっかりとした、いわゆる人格者、だ。


この校長が、もしも新しい、もっと自由で現代的な学校の校長だったら、もっといい校長となるのだろう。


“歴史ある、進学率の高い伝統校”の校長ということになると話は別だ。


校長の教育方針と学校の教育方針がズレているのだ。とはいけ、この校長が就任してから、この学校も随分いい意味で雰囲気が変わった。でも、頭の固い理事会やPTAとの対立している・・・という噂もある。


事実、今も校長室では、校長の両サイドには教頭と理事長が立っていて、校長の一挙手一投足を見張っているように見える。


今ここで一番発言権のあるのは校長なのに、まるで理事長とPTA会長に飼われているみたいだ。


「身体はもう大丈夫なのか?」


第一声、学校長は心配そうにそう聞いてきた。私は緊張しながらも、はい、と答えた。


「ご心配おかけしました。怪我ももう治りましたし、もう大丈夫です」


そう答えると、校長はホッとしたように笑った。


ああ、この人は本当に私のこと、心配していてくれたのかも。そう思った。けど、その空気感を、隣に立っている理事長がぶち壊した。


「突然で悪いが、君には、来学期から、アメリカへ行ってもらう」


私は驚きで。言葉を失った。


アメリカ? 姉妹校へ行け、という事?


「急で悪いが、草野先生のアメリカ行きが、あんな事情で白紙に戻った以上、すぐに後任を選ばなくてはいけない。


君だって、人事交流の希望を出していたし、英語力も草野先生に引けを取らない。準備期間がないのは悪いが、君だったら大丈夫だろう。


行ってくれないか?」


突然転がり込んできた人事交流の話に返す言葉を失った。


てっきり、私は辞めさせられると思っていた。


有名進学校の教師が国民的アイドルで俳優の妹・・しかも、同じ学校の教師にストーカーされ、拉致監禁されたなんて体裁が悪い。


だから・・・やめさせられると覚悟していた。


でも、蓋を開けると、希望していた人事交流に行ける事になっているなんて・・・


素直に嬉しかった。自分が今までどんな事件に巻き込まれていたか、それさえも忘れて喜んでしまいそうだった。


でも・・・校長の両サイドに立っている理事長とPTA会長の表情は明らかにおかしかった。


それをうまく言葉に表すのは難しいけれど・・・不祥事教師の代わりに、別の教師を人事交流に送り出す・・・それを依頼するような顔ではなく・・・私の事をまるで厄介者のような冷たい目で見ていた。


そして、その視線が全てを物語っていた。


この人事は、単に、草野先生の代理で人事交流に行く・・・という物ではないと。


そして、心当たりがあるとしたら、一つだけだった。


私が、“隼人の妹”だから。そして、今回の騒ぎの中心にいた存在だから。人気タレントの妹が有名進学校の教師をしている、なんて、学校側にとっては体裁が悪い・・・そう考える理事やPTAが多いという事。


でも、被害者だから、“隼人の妹”だからといって、無闇に辞めさせるわけにはいかない。だから、やめさせない代わりに、てい良く、海外にとばしてしまおう・・・そんなところだろう。


そうでなかったら、人事交流でアメリカ行きを快く引き受ける教師なんて、私の他に何人かいた筈。その人たちのうちの誰かにアメリカ行きの打診をすれば、きっと喜んでアメリカ行きを承知するだろう。


それなのに、その話を、今回の騒ぎの、草野先生のではない方の関係者に打診するなんて、話が上手すぎる・・・


「・・・少し、考えさせていただけますか?」


理事長とPTA会長の視線に気づかぬふりをして、私はあくまでも、校長にそう言った。校長は大きくうなづいた。


「 構わないですよ。でも、時間もない。先方との兼ね合いもあるし、準備もある。一週間以内に答えを出して欲しい」


一週間・・・随分急だ。今が8月の上旬・・・もうすぐ半ばに差し掛かる。それで新学期に間に合うように異動となったら、物凄いハードスケジュールになりそうだ。


そんな事を考えながら、私は校長に深く一礼した。校長もそれに応えるように一礼したけれど、理事長とPTA会長は、相変わらず私に嫌な視線を投げつけるだけだった。


顔を上げ、


「失礼します」


といい、三人に背中を向けた瞬間。


「辞めさせないだけ、ありがたいと思いなさい」


背中に投げつけられた、威丈高な言葉が、理事長かPTA会長だったか、判断するまでもなかった。


「要するに、この人事は、厄介払い、ということですね?」


教師の仮面を一瞬だけ顔からずらし、私は顔だけ一瞬、その二人に向けて、冷たい視線を投げつけた。


でも二人は、蔑みと怯えの混ざった何とも言えない歪んだ顔をして私を睨み返してきた。


「この学園の教員にふさわしくない君を、わざわざ教員として残してやってるんだ。それなのに、なんだねその顔は!少しは感謝の意を表すとかできないのかね?


それとも何かね?君は生徒に、相手の行為にそんな風に感謝の意を表す様に指導しているのかね?」


威丈高な二人の言葉に、内心ため息をつき、私は改めて三人の方を向き、すっと背筋を伸ばした。


たったそれだけで、三人の方がびくり、と震えた。


「教師にふさわしくない、とは何ですか?

兄が芸能人だという事ですか?

それとも私が芸能事務所と関わりを持っている事ですか?


私にとっては、芸能人目指して、研究生として、目標を持って頑張ってる子たちも、この学園で夢を叶えるために大学目指して頑張っている生徒たちも同じです。


私にとっては・・・愛すべき生徒だし、夢を叶えたいと願う子供達にできる事をしてあげたい、そう思う存在である事には変わりありません。


そこに学力差も偏差値の差も、伝統も格式も人気さえも、関係ありません!」


キッパリと、そう言い切った。


そう、ここの生徒も研究生も、私にとっては夢を目指して頑張っている子供達で、夢を叶えるためにできることをしてあげたい、そんな存在だ。


偏差値や学校の評判を第一に考えている理事長たちと、私の考え方は、違う・・・


でも、私の言葉で、理事長やPTA会長の心が動いた様子はない。


(この青二才、何を言ってる!)


二人の目はそう言っていた。


ただ、校長だけは・・・やはり気まずそうにしていたけれど、私から視線を逸らさず、じっと、私を話を聞いていてくれた様だ。


その三人の態度を見て・・・この人事が誰の意見なのか、なんとなく解った。


辞めさせたがっているのは理事長とPTA会長、でも、お咎めなしにして私に教師を続けさせたいのは校長。


その二つの意見の中間の処分が、・・・今回の海外人事、という事だ。


私は、校長の視線に応える様に、軽く黙礼すると、校長室を出た。


出ようとした瞬間、


「くれぐれも校内では節度を保ってください。

お兄さんの話や、芸能人の話はしないでください


女生徒が落ち着きを失います!」


とくぎを刺された。理事長だった。


「私が今まで、いつ、そんな話を校内でしましたか?

どの授業でそんな話をしたんですか?


一度だってそんなこと、していません!


変な言いがかりをつけないで下さい!」


もう、教師の仮面をかぶる気力もなくして、強い語調で三人に言い放ち、校長室を出た。


 


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