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第67話

それから数日、私は病院のベッドの上で過ごした。


世間は8月になり、窓の外は夏の独特な日差しに溢れていた。


そんな窓の外を見ながら、私は憂鬱にため息をついた。


学校では、私の処遇について賛否両論、分かれているようだった。


今まで通り、教師として復帰してもらうか、辞めさせるか・・・


草野先生は、私の誘拐、監禁の罪で既に逮捕されていて、その時点で彼の懲戒免職が決まった。もちろん、アメリカの姉妹校への人事交流の話も白紙に戻された。


一番問題になっているのは、私の処遇の様だ。


学校に教師として残留させるか、私も辞めさせられるか。私の複雑な身上が、自体をややこしくしている様だ。


残留させよう、と主張している人の意見は、“犯罪被害者を、それが理由で免職させる、なんて前例を作ってしまうと、世間体が悪い、ということらしいし。


辞めさせよう、と言っている人の意見は・・・やはり私が隼人の妹だからで、これから、私のような芸能人関係者が教壇に立つと、授業に集中できない生徒が増えかねない・・・というものだった。


中には、教師に残留させた上で、草野先生の代わりとして、アメリカの姉妹校に人事交流に行ってもらっては?という意見もあるらしい。体良く追い払おう,という魂胆が見え透いている。教師として学校に籍は残るけれど、アメリカに“飛ばして”しまおう、という事だ。


そんな情報は、野間先生がお見舞いにきた時に教えてくれた。


野間先生は、私の正体を知っている。それなのに、以前と全く態度が変わらない。


それはきっと、彼女は本当に芸能界に疎くて、興味がないからだろう。


 もしも野間先生が芸能界、ドラマ好き、アイドル好き、J-POP好きだったら、こんな冷静な態度、取れないだろう。


 今まで、私の周囲にいた人たちだって、そうだった。私が隼人の妹、というだけで、たとえ隼人ファンでなくても、態度が変わる人が殆どだった。


 だからこそ・・・私は教師姿をしている時でさえ、周囲と一定の距離を置いて付き合っていた。下手に、私が、誰か赤の他人を親友の様に大切に感じてしまって。その人に私の正体がバレた時、相手の態度が変わるのが怖いから。そんな場面に何度も遭遇してきたから。


 親友でさえ、私の正体を知ると態度が変わる・・・そんなことが今まで日常的にあったから・・・落合先生や教頭でさえ、私の正体を知ってからの私に対する態度は今までと明らかに違った。それは芸能人目当て、といった風ではなく、私が"隼人の妹"で、芸能関係者であるが故に今起こっている面倒な騒ぎに憤っている様子だった。いずれにしても、今まで通りではなかった。


 そんな中で、野間先生は、私の正体を知ってからも、いつも通りだった。


 数日開けずにお見舞いに来ては、教師たちの様子やPTA,理事会の人たちの事を教えてくれた。


(なんで、態度が変わらないの?)


 野間先生に、何度そう聞きかけただろう。でも、聞けないままだ。それは、


(新堂先生が、たとえ誰と兄妹だろうと、誰と知り合いだろうと、私にとっては大切な友達だからだよ)


そんな答えを期待してしまっているからだ。ずっと欲しくてもらえなかった言葉。たとえ貰っても、最終的にはうわべだけだった言葉。


『友達』という言葉を。私の周囲にいる、自称"友達"は、そのほとんどが、隼人目当て、芸能人目当てだったから。


 野間先生に聞きたいけど聞けないのは、もう懲りていたから。


 でも、そう思う反面、こんな風に普通に接してくれていると、心のどこかで、野間先生だったら、私がずっと欲しかった言葉をくれる気がしたから。


 そんな心の葛藤を抱えながら、私は何度もやってくる野間先生と向かい合い続けた。




 態度が変わらないのは、きっと学校内では、この野間先生だけだろうな。以前と変わらず話してくる野間先生をぼんやりと見つめながら、そう思っていた。



 実際、野間先生の話では、私に対する対応は賛否両論真っ二つに分かれていて、処分が決まらないままのようだ。


 思えば、今まで教師をやってこれたのは、周囲が私の正体を知らなかったからで。正体を知ってしまった周囲が、私のをどんな色眼鏡で見るのか・・・考えると怖いし、嫌だった。


 以前、教頭がここに来た時に言っていたように、 


 "有名芸能人の関係者が進学校で教壇に立っていたら、生徒が落ち着かない"


 歴史と伝統ある有名進学校の教師が芸能人だと、学校の評判が落ちて都合が悪い、という、私や世間には言えない事情も、納得できないものの、重々理解しているつもりだ。





このままでいいわけがない。


何処かで覚悟を決めないと・・・何かを断ち切らないと。


いつの間にか、 私の中では、“隼人の妹”と、“教師”という二つの肩書きは、今まで通り、両立して持つ事の出来ない事となっていた。


「・・・学園長はね、新堂先生に復帰するように、って言ってくれているのよ。

 でも、他の偉い方々が、難色示してるみたい。新堂先生は新堂先生なのにね」


 何度目か、野間先生がお見舞いに来てくれた日、そう教えてくれた。


でも、紛糾している校内を想像してみると、学園長の言葉を素直に受け取ることも出来ない。


でも。


"せっかく苦労して叶えた、自分のだけの夢。

それを手放す覚悟が、私にあるの?


教師以外に、やりたい事なんか何も見つけられないのに・・・"



 教師になりたい、という夢。それを、こんな理由で手放さなくてはいけない時が近づいている。


 それを想うと泣きたくなった。





入院中、来たのは野間先生だけではなかった。


警察の事情聴取、兄が手配してくれた弁護士さんとの面会、事件の内容を聞きたがる、マスコミの人・・・


マスコミ関係者は断る事ができるけど、警察と弁護士は追い返すわけにもいかない。


来るたびに、今回を経緯を話さなくてはいけない。警察に至っては、草野先生の罪は認めたものの、私に対して良い心象は持ってくれていないみたいで、


“逃げようとすれば逃げられたはずだ”


とか、


“こうなる事が分かってて、草野容疑者に思わせぶりな態度をとって、煽っていたんじゃないのか”


とまで言われて閉口した。


警察が民間人の味方、なんて呑気な事を考えていたのは私だけみたいで、私が芸能人と関わりを持つ存在だ、と知るや否や、


“この監禁は、事務所の利害が関わってるんじゃないのか?”


“売名行為”


などと、調子外れな事を言い出し、無駄な時間を無為に過ごした気分だった。


対照的に、兄が手配してくれた弁護士さんはそういった事もなく、ちゃんと私の話を聞いた上で、これ以上私が面倒ごとに巻き込まれないように手配をする、と言ってくれた。事実、その直後から警察や、事件の事を聞きたい、と言ってやってくる第三者が一気になりを潜め、私は再び、静かな入院生活を送るようになった。


それだって、私の知らない裏側で、様々な利害関係が絡んでの事で、私の事を本当に考えての事じゃない。。


心がどす黒く人間不信になりそうだ。


どうして、世の人たちは。

“私”っていう存在そのものを、

そっとしておいてくれないの?


“隼人の妹”っていう存在は、そんなに、世の人たちにとって、

面白い存在なの?


私はオモチャじゃないし、都合よく便宜をはかれるような偉い存在でもないのに。


マスコミに晒したところで人目を引くわけでもない、ただの高校教師なのに。


どうして・・・どうして・・・・


 私の疑問に答えてくれる人など、今も昔も、誰もいなかった・・・


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