第60話
突然、意識が明るくなった。
少しだけ、セピア色の世界だった。
懐かしい風景が、目の前に広がっていた。
懐かしい公園、通学路、小学校の裏の桜並木・・・そして、私が生まれて育った家。
(花奏! ほら、学校行くぞ!)
お兄ちゃんが、準備が終わるか終らないかの私に、そう声をかける。
(まってよー!!)
(ほら! 急げ!)
私は慌てて、ランドセルを背負って、玄関で靴を履いて待っているお兄ちゃんの所へと行く。
(お待たせ!)
(じゃ、行ってきます)
(ママ、いってきまーす!!)
(行ってらっしゃい! 車に気を付けるのよ!)
私達の背中を、母が笑顔で見送ってくれた。
(ほら、手!)
そう言って差し出された手に、何の疑いも疑問も持たずに私も手を伸ばし、手をつないで登校していた。それを冷やかしたりする人もいなかった。
途中、お兄ちゃんのお友達も合流して、学校に着くころには大人数になっていた。集団登校みたいな登校風景だった。
でも、それが私の日常だった。
記憶が、途切れた。
セピア色だった風景は、もう少しだけ色合いを帯びた。
私の目の前には、中学の制服を着た、お兄ちゃんがいた。今日から中学生になるお兄ちゃんと、もう一緒に登校できない。
「じゃ、行ってきます!」
登校時間も、私よりも早くなり、私がお兄ちゃんを見送るようになった。
「いってらっしゃい!」
私は、お兄ちゃんに手を振った。
その日から私は、一人で学校まで行く事になった。
いつも兄の周りで騒がしくていた兄の友達たちも、今日から中学生だ。
妙に静かになった周りに、戸惑っていると・・・
「新堂さん! おはよう!」
登校途中に声をかけてきてくれたのは、同じクラスの女の子。私のうちからは少し離れた所に住んでいるけれど、学校の側まで来ると、通学路が一緒になる。
「お、おはよ」
「一緒に行こうよ!」
「うん!」
「新堂さん、おはよう!」
「花奏ちゃん!」
気が付くと、私の周りには、同年代の女の子で一杯になっていた。
記憶のない風景に戸惑いながらも、私は学校へと向かって行った。
放課後、私は、少し離れた所に住んでいる女友達と一緒に遊んで。
お兄ちゃんは部活で毎日帰りが遅かった。
お兄ちゃんがいないのは寂しかったけれど、家にいるお兄ちゃんは、以前どおり、優しかった。
「隼人、明日は?」
「午前中から部活!」
(あれ・・・?)
お兄ちゃんのその言葉に妙な違和感を感じた。
(お兄ちゃん、いつの間にか部活にはいったんだろう?)
(それに、土日は、いつも三人でどっか遠くに出かけていたような・・・)
心の中に妙な違和感を感じながらも、私は、違和感以上に、幸せな家の中の空気に身をゆだねた。




