第5話
私と結斗は、事務所の近くの大通りを二人で歩いていた。
連休中とあって、人も多かったけど、結斗も変装が巧みなおかげもあって、余計な人の目を集めるこちはなかった。
結斗は、あの派手な髪を帽子を被って目立たないようにして、シンプルなチェック柄のシャツにジーンズ、スニーカー、サングラスといった、いまどきの同年代の人の休日ファッションをしている。普段の彼を見知っている私から見ると、地味な服装だった。さっきまでは、派手なスカル模様のTシャツに、スゥエットのような七分丈パンツ、靴はサンダル・・・、といったラフこの上ないスタイルだった。一変した彼のスタイルに驚いたけれど、街中でも目立たない10人並な服装のせいか、周囲の人も、この人が結斗だ、と気づかないようだ。
「・・・結斗さぁ・・・せめて普段もそれくらいの格好、しておいた方がいいんじゃないの?」
並んで歩きながら、私は結斗にそう言ってみた。服装と歩き方だけで、道行く人はこの人が"colors"の結斗だと気が付かないのだ。ある意味、変装って怖い。
「やーだよ。
収録の時も撮影の時も、どうせ着替えるんだ。脱ぎやすくて、それ以外の時は楽な服がいいじゃん」
「あっそ・・」
テレビに映る結斗は、歌番組の時は衣装だし、トーク番組の時も、スタイリストさんが選んだ、彼や番組に似合う服や歌の衣装を着ている。それは、おそらく彼の趣味とは相反するものなのだろう。
子供の頃からスポーツが大好きで、サッカーと野球をこよなく愛する少年時代を送った・・・と、彼のプロフィールには書かれていて、それは事実だった。
初めて結斗と会ったのは、結斗が研究生入りした頃で、確か小学校の5,6年位の頃だ。当時は、こんな派手な髪色ではなく、普通の黒髪で、垢抜けない雰囲気の子だった。ジャージのズボンにTシャツ、といった格好でいた事の方が多かった。野球かサッカーの練習の帰りだったのかもしれない。
それでも、昔も今も、この目力というか、強い意志がそのまま出てきているような目だけは変わっていない。クラスに一人や二人、必ずいる、悪戯好きなガキ大将、といった感じだった。
そう、きっと彼が研究生入り出来たのは、容姿でもダンスや演技の上手さではなく、この目力と、比類ない運動能力故だったんだろうな・・と、今は思っている。
「とりあえずメシいこうぜメシ。俺腹減った〜!」
「う、うん・・」
彼は頓着しないけど、私は周囲の目線が気になって仕方がない。結斗と一緒に歩いている所をファンに知られたら・・そう考えると恐ろしい。
けれど彼は全く頓着していない。周囲も全く気付いていない。
「おどおどしてたら逆にばれるぜ。こういう時は堂々としてろ!」
耳元で、彼はそうささやいた。そして、
「花奏とも、最近全然話してなかったからさ。
久しぶりにゆっくり話そうぜ。
それに今日の夜の飲み会、隼人さんがセッティングしたんだけどさ。
花奏の誕生パーティーだってさ」
「え?私の?」
確かに私の誕生日は、連休明けてすぐだ。ちょうど金曜日なので、同僚たちと飲みに行く約束になっている。
「そ! 本日の主役。
本当は、隼人さんサプライズにしたかったらしいけどさ。お前、そうでも言わないと、ぜってー夜まで待ってねぇだろ?」
「うぐ・・・」
図星を言われて私は言葉を失った。それじゃあ、あの兄の忘れ物は・・・
「ねえ、それじゃ、お兄ちゃん、私を呼びだすために、今日忘れ物したの?」
「多分な。お前を呼び出すいい口実だろ?
本当の事言ったって、お前は遠慮してぜってー出てこねぇだろうしなぁ」
「・・・・ん・・・」
そうだった、のか・・・
私は、兄のそんな優しさに心が温まるのを感じた。
忘れ物ばっかりする兄、そしてそれを私にいつも届けさせる兄。でも今日のは私を呼びだすための、忘れ物・・・だったってこと?
私の物思いには全く気付かないのか、彼はそう言って、事務所御用達の定食屋さんへと私の手を引いて行った。