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第54話

 そのままそれぞれ、午後の仕事へと向かった。俺は“COLORS”のバラエティ番組の収録に、茉莉花さんは雑誌のインタビューに、司さんはラジオの収録・・・


その仕事の最中も、花奏の事が頭から離れず、いつものようなテンションで仕事が出来なかった。


「ここんところ、お前調子悪いな」


「大丈夫か? 秋からツアーだぞ」


“Colors”のメンバーに口々にそう言われ、一瞬だけ、花奏の事を話してしまいそうになった。でも、花奏がどこまでも、事務所や所属タレントに迷惑をかけたくない・・・と言っていた、その想いは守ってやりたい気がして、花奏の事はメンバーにも秘密にした。


“colors ”のメンバーだって、当然花奏の事を知ってるし、デビュー前は花奏の世話になった奴らだ。花奏の行方不明を知れば、当然平常心ではいられないだろう。


この際、平常心じゃないのは俺だけで十分だ。


その収録の合間、隼人さんから電話が入り、実家の両親と一緒に、花奏のファイルを警察に提出して、俺が話した"草野先生犯人説"も、話してきた、とのことだった。


 警察は、捜索願を受理してくれた、との事だった。もともと花奏が教師をしている学校からの問い合わせもあって、事件性もある、とのことで捜査してくれそうなので安心した。


 隼人さんはその足で劇場へと向かった。今日は隼人さんの東京公演の千秋楽だ。


「舞台、行くんですか?」


『ああ。

 ここで・・・舞台に穴をあければ、俺が花奏に怒られるし、花奏、絶対自分を責めるからさ。

"私のせいでお兄ちゃんに迷惑かけちゃった"とか言って、助かっても落ち込むだけだ。

 絶対、そんなこと言わせてやらねぇ!


 あとできっちり、今までの分、落とし前つけてやるんだ!」


 いったい何の落とし前だ、と思ったけど、花奏が無事戻ってきたら、盛大な兄妹喧嘩になるだろう、という予想はついた。


 でも・・・楽観視出来ないのは確かだった。

 

 花奏が行方不明になって、既に一週間。


 一瞬、最悪な事態を想像して、身震いした。


 俺は、まだ花奏に、ちゃんと返事をもらっていない。


 こんな風に、彼女から返事ももらえないまま、最悪な結末を迎えるなんて冗談じゃない。




 手がかりは・・・どう考えても、"草野先生"とやらだ。


 相手が高校の先生。しかも外面がよくて生徒に人気の先生、と聞いている。しかも私立の進学校の教師だ。


 司さんに言わせれば、"片手間捜索しかしない"警察に任せるしかないのが、歯がゆいし、イライラする。




 今日は日曜日。


 研究生が事務所のレッスン室で、1日、ダンスレッスンをしている日だ。


 デビューが決まっている増沢も、他の研究生と一緒に、時間の許す限り、ダンスレッスンとボイストレーニングをしているはずだ。


 俺は、収録が終わった夜、事務室に寄ってみた。そのまま研究生がいるレッスン室へと入った。


 案の状、レッスン室では、もう講師はいなくて、研究生たちが思い思い、居残り練習をしていた。そのメンバーの中に増沢を見つけて、俺はつかつかとレッスン室に入り、増沢の腕を掴んだ。


「増沢っ! 話がある!」


「ゆ、結斗さん??」


増沢の方は、いるはずのない時間帯にいるはずのない人が突然入ってきて、唖然としていた。他の研究生も同じだった。

 

 増沢は、花奏のストーカーの事を知っている。


 この際だ。徹底的にこの件に関わってもらおう!


「な、何ですか?」


 一方、いきなり腕を掴まれ、引っ張られて廊下に出された増沢は戸惑いを隠せないまま、怪訝に俺を見上げていた。


 俺は、花奏の現状を手短に耳打ちをした。


「花奏が行方不明になった」


「えっ!」


 増沢の表情も変わり、声を上げた。慌てて俺は増沢の口を抑えた。構わず耳打ちで話を続けた。俺の話を聞きながら、増沢は落ち着きを取り戻し、何度も頷き、"判りました!"と、頷いた。


「それで姉御が見つかるかもしれないんですよね!絶対やります!」

 

 そう言い残し、増沢はレッスン室へと戻って行った。レッスン室内で、残っている研究生になにやら話している。


増沢は今、研究生のリーダー的存在だ。研究生の間でも人望もあるし人脈も広い。きっとやってくれるだろう。


俺は、祈るような気持ちで廊下から増沢の背中を見つめた。






 それからさらに数日が過ぎた。


 花奏と連絡が取れなくなって、すでに10日以上が過ぎていた。


 依然として、花奏の情報は全く得られない。


 苛立ちが抑えきれないまま、時としてピリピリと緊張感を作ってしまう俺を、他のメンバーが必死でフォローし、宥めてくれる日々だった。


 他のメンバーも、所属タレントにも、花奏が行方不明になった事を、事務所経由で知らされていた。その上で全員に口止めがなされていた。


 他のメンバーだって、研究生時代から花奏の事をよく知っている奴らだ。心配でない筈がない。


 花奏は、可能な限り事務所には言わないでほしい、事務所に余計な迷惑をかけないでほしい・・・と望んでいたけれど、警察沙汰になった以上、それは無理な話で、隼人さんが社長に、警察に捜索願を出したことを話してくれた。


 警察からの事情聴取があるかも知れないし、マスコミ対策も必要になるかも知れないからだ。


 話を聞いた社長は、ひどく狼狽していた。そして、花奏の誘拐は勿論のこと、それと同じくらい、営利誘拐の可能性と、花奏の口から、外部に漏らすことのできない所属タレントの情報が漏れる可能性を考えているみたいだ。


花奏は事務所の機密事項をそう簡単に外部に漏らす奴ではないけれど、例えば拷問で、たとえば・・・そういう薬品が存在すればの話だが・・・自白剤で、言ってしまう可能性だって、ある。


 そして、事務所も躍起になって、花奏の行方を捜しているみたいだけど、それ以後、花奏に関する情報は、俺たちの方にはまったく聞かされなかった。



 


 収録の合間の夕方、楽屋でテレビをつけると、司さんの報道番組がやっていた。


"次のニュースです・・・


 東京都で、28歳女性が、・・・日から行方不明となり、警察は、事件性をみて捜査をしています。


 行方不明になったのは、K学園高等部英語教師、新堂花奏さん 28歳で、学校側の証言によると、先週の火曜以後、連絡なく仕事を休み、同僚が家を訪れたところ、花奏さんの姿がなく、学校から連絡を受けた家族から捜索願が提出された、とのことです。


 学校の証言によると、この前日、同校男性職員と個人的なトラブルがあり、注意を受けていた、とのことで、警察は、この男性職員を参考人として、任意で事情聴取する方針です・・・"


 その後、VTRに移り、学校関係者のインタビューが流れた。


『授業はとても厳しいけどわかりやすいし、生徒にも好かれているいい先生ですよ』


『生徒たちも、急にいなくなってしまったのでとても心配しています・・・早く見つかってほしいです』


『誰かに恨まれたり悪く言われる先生ではないです。花奏先生を慕って会いに来る卒業生もいる位です』


 どれも、教師や生徒、保護者達のインタビューで、悪い話など何一つない。完璧な教師"新堂先生"そのものだった。


 でも、普段事務所で俺たちと接している、“隼人さんの妹”とは別人のように感じて、違和感だらけだった。


 事務所でみんなに会う時も、しっかりとして、それこそ"姉御"と慕われるほどだけど、それは教師のようなものではなく、もっと自然で、同じ目線で・・・暖かく人間味に溢れていた。


 うまく言葉にならないけれど、明らかな別人だ。


勿論、根本的なところは何も変わらない。でも、“隼人さんの妹”があのまま、例えばOLをやっていたら、もっと違う評価を受けているだろう。


何よりも、新堂花奏、としてテレビに映っている顔写真は、教師の姿をしている方だったので、余計に違和感を感じた。その姿は、俺も最近知った花奏の教師姿で、髪を結い上げ、メガネをかけた、学生時代の優等生がそのまま教師になったような姿だった。美人で優秀な先生だけれど、氷のような雰囲気で、生徒指導や風紀委員をやっていて、流行りやいまどきの事に全く疎い、ある意味ダサい雰囲気さえ漂う、写真だった。



楽屋で一緒にテレビを見ていたメンバーたちも、教師姿の花奏を見て不思議そうな顔をしている。


「これ、花奏・・・だよな?」


「・・・そう・・・だろ?」


「でも写真、別人じゃね?」


メンバーたちも顔を見合わせている。


「花奏、教師やってる時は、変装してるんだって言ってた。

あんまり素のままで人前に出ると、隼人さんの妹・・・ってバレるから、それが嫌なんだと。


それにさ、進学校の先生だろ?

それ相応の格好で教師やらないと生徒にナメられるんじゃね?」


「たしかにそうだよなぁ。

k学園って、東大進学率、100%って言われてるところだろ?」


「成程なぁー、そうだよなぁ、そんなところで花奏、先生やってたんだよなぁ。

今考えると、花奏ってすごい頭良かったんだなぁ」


「大学だって結構いい大学通ってたらしいよな。

そこで勉強しながら、事務所のバイトして、名門高校の先生になれるんだからすげーよなぁ」


「そういえばさぁ、大学通ってた時、TOEIC900近く取ったって言ってたよな?

それ、会社で言ったら海外勤務出来るくらいの英語力なんだってさ。バケモンだろ?」


「でもさぁ、そういう所、全然見せてくれなかったよな?」


「・・・みんな、花奏の事、“隼人さんの妹”として扱ってたからだろ?

だから花奏は、“隼人さんの妹”を演じるしかなかったんだ」


花奏が誘拐される直前の、あの夜。

想いを吐き出していた花奏の姿が脳裏に焼きついている。


みんな、花奏の事を“隼人の妹”としてしかみていないから、私も“隼人の妹”でいるしかない。


“隼人の妹”だからこそ、彼女にまとわりつく柵の中で、隼人さんや事務所のに迷惑がかからないように生きている・・・


花奏自身が綿密に作り込んだ、“ 隼人の妹”という幻影。


そして、今テレビに映っていた、“教師姿“の花奏もまた・・・彼女が教師に携わる為に作った幻影。


本来の花奏は、きっと、彼女が一番自分らしくいたいと願う姿。

でもそれをする為には、周囲の柵が多すぎる。


花奏が抱えている矛盾は、きっと、事務所の誰も、気づいていないだろう。俺だって、あの日、感情を吐き出しされるまで、考えもしなかったのだから。


 出来るなら、俺が。


 彼女が"花奏らしくいられる場所"になりたい。

 あの日、感情を吐き出したときのように。

 それがどんなに酷い姿でも構わない。それが、花奏が望み、花奏らしい姿だったら。


 どんな彼女でも受け入れてやりたい・・・


 そんなことを考えながら、テレビを改めてみると、司さんが相変わらず、花奏のニュースの淡々と報道しでいる。


 でもそれは、いつもニュースを読んでいる司さんとは、少し違った。


ー いつもよりも眉間にしわが寄っていた。付き合いの深い人だったら、今、司さんがとても機嫌が悪い事を見抜くだろう。きっと、この報道の現場の空気はもっとピリピリしているだろう。


 あの温和な司さんが、あんな顔をしてニュースを読んでいるのなんて、俺も見たことがない。


「・・花奏・・・」


 祈るように、彼女の名前を呟いた。何もできないもどかしさも、イライラも、そろそろ限界だった。


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