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第51話

”””””””””””””””””””””



 数年前の冬の初め。


『おい、花奏!』


 久しぶりに花奏を事務所で見つけた俺は、咄嗟に花奏の腕を掴んだ。


『わ、結斗、びっくりした~!』

 

 いきなり腕を掴んだせいか、花奏は驚いたように目を見開いて俺を見た。


 就職活動の為、しばらくバイトを休んでいた花奏。久しぶりに会った花奏は、どこか大人びて見えて、一瞬声をかけるのをためらった。


『びっくりした、じゃねぇよ! お前!

 隼人さんから、お前が辞めるって聞いたけど、本当か?』


 ついさっき、社長と隼人さんが話しているのを聞いたのだ。花奏が事務所の仕事を辞める・・・俺にとっては寝耳に水だった。


『やだ、お兄ちゃん、もう話しちゃったの?』


 花奏は少し困ったような顔をした。


 花奏は、この事務所に就職すると思い込んでいた。社長や重役もそれを望んでいた。それ位、バイトながらも花奏の業務態度は優秀だったし、このまま事務所で、芸能界やイベントに携わるスキルを重ねていけば、事務所内でも大きな戦力になるだろう・・・と言われていた。


 正直、俺もそう思っていた。今までだって、俺が研究生になった頃からずっと事務所に出入りしている花奏が、今までの様に事務所にいなくなるのは嫌だった。


『本当だよ』


 花奏はあっさりとそう答えた。


『採用試験、受かったんだ。四月から、高校の英語の先生』


 そう言う彼女は、嬉しそうで、希望にあふれた目をしていた。


『本当に受かったのか?』


 教員採用試験は、確か公務員試験を受けることになる・・・と聞いたことがある。公務員っていえば、競争率が半端なく高くて難関な試験だと聞いた。


『うん。公立も私立も受かったよ』


 まるで大学受験か高校受験で、難関な第一志望校を合格した、成績優秀な学生みたいな事を言った。


 春先から、就職活動を理由に、バイトの量を抑え、夏には完全にバイトを休んでいた。今日だって、久しぶりに会ったのだ。でも、彼女がここに来たのは、合格報告と、バイトを辞める相談に来た、という事だ。


 嬉しそうに合格報告をする、その顔を見て・・・俺は、用意しておいた彼女を引き止める言葉を言うのを・・・辞めた。


 引き止められるわけ、ない。


(私、結斗達みたいに、本気で夢を叶えようとしてる人たちの手助けがしたいんだ!)


 そう言って、教員の道を選んだ花奏。自分のためじゃなくて、他人の為になる仕事をしたい。そう考えてるのが、花奏らしいと思った。ここでバイトをするようになってから・・・いや、それ以前から、夢をかなえるために必死になっている研究生をたくさん、目の当たりにしてきた花奏。その彼女自身が、そんな、夢をかなえようとする人の手伝うをしたい・・・そう思うのは至極もっともな事だと思う。


 それに何より、彼女に似合っている。


 表舞台に立つことを嫌い、その裏で、表に立つ人たちのために奔走している花奏を、俺は何度も目の当たりにしてきた。


 時として、隼人さんの座長公演の時、隼人さんと事務所に請われてそのカンパニーで裏方をした事も、あった。一介のバイトとしては異例中の異例だったけど、それだけ、花奏はこの事務所のバイトを通じて沢山の経験を積み、人脈を作り、社長も隼人さんも、花奏の裏方としての力量を高く評価していたのだろう。


 それに社長も、いずれはこの事務所のスタッフに・・・と本気で考えているフシがある。


 俺もその一人だった。


 研究生時代からずっと、いつかデビューして、芸能界に入って、そのトップに・・・と夢を持っていた。花奏にもその夢を語っていた。そしてやっとデビューが決まったとき、誰よりも喜んでくれたのが、花奏だった。


(結斗、おめでとう!!)


 あの時の花奏の声は、ずっと脳裏に焼き付いている。


 その花奏が自分の夢をかなえたんだ。おめでとう、って言ってやらなきゃいけないのに・・・言えなかった。


 それに・・・


 ここを辞めちまったら、司さんとの事はどうするんだ? 片思いとはいえ、俺は、彼女がもうずっと長い間、司さんに想いを寄せ続けている事をしっていた。


『司さんの事、どうするんだ?

 辞めたら、二度と会えなくなるかもしれないんだぞ?』


 この事務所にいる限り、花奏は、司さんと、何らかの関係をつなぎ続ける事が可能だ。汚い言い方をしてしまえば、司さんをダシにしてでも、彼女をここに引き止めたかった。


 でも、花奏は、俺のその言葉に首をゆっくりと振った。


『司さんの事は・・・もう言わないで』


 花奏の表情は、さっきの笑顔とは対照的な、苦しそうなものに変わった。


『叶わない恋だって、ちゃんと理解しているから。

 諦めるには、いい機会でしょ?』


『だってお前、司さんの事っ』


『それ以上言わないで!』


 悲痛な叫び声が廊下に響いた。その声だけで、実感できる。


 花奏は、諦められない。


 諦めたくても諦められない。


 でも、伝えることも出来ない。


 不毛な恋に囚われていること。

 

 そして、これからも永遠に、報われない想いを抱き続ける事。


 そうすることを、自分自身で選び取ったのだ、と・・・


『一生叶わない・・・想いだから

 一生抱え続けてく。それだけよ


 いつか、彼以上に好きになれて、

 本気で恋する事があれば・・・

 

 忘れられるのかなぁ…』


 独り言のようにそう言ったけど。彼女にとっては、"そんな存在現れない事、司さんのことが忘れられない事"が前提なのだ。


 その瞬間、心の中に、言い表せないような喪失感と大きな穴が開いた気分だった。



  

 年が明けてすぐ、事務所スタッフと花奏、知り合いの所属タレントやモデル達で、花奏の就職祝いのパーティーが催された。考えている以上に大掛かりなパーティーになったのは、花奏が隼人さんの妹だから・・・というのももちろんあるけど、何より花奏が今まで事務所や所属タレントの為に頑張って来た結果だろう。その頑張りを、みんなが知っていたからだ。


 花奏が面倒を見ていた研究生も、その日はほぼ全員出席していた。そして、研究生全員から花奏に、と、腕時計をプレゼントしていた。


 当時、研究生のリーダーだった奴が中心になってプレゼントを選んでいた。人気ブランドに特注したもので、ブレスレットのような上品な腕時計で、オプションで花奏の好きなムーンストーンをあしらった一品ものだ。花奏が辞めるのを聞いてから、研究生が、あれこれ物色して、全員でお金を出し合って買ったものだった。研究生は殆ど中高生で、増沢もまだ中学生になるかならないかの年頃だった。その彼らからしたら信じられない位高額の筈だけど、研究生全員と、話を聞いた社員やスタッフもその話に乗り、かなりの人数で割り勘にしたらしく、一人分の負担金額は微々たるものだったらしい。


 司さんは、お祝いに、と腕時計と揃いのムーンストーンのピアスをプレゼントしていた。それも、シンプルだけどとても品が良いもので、普段から身に着けられるようなデザインだった。


 正直、俺も何かプレゼントすればよかったと思ったけど、それ以上に、花奏が辞めちまうことが気に入らなくて・・・確かそのパーティーさえも、むしゃくしゃして、途中で、用事があるから、といって抜けた。


 抜けた後は、ただひたすら、行きつけのクラブで飲み明かして・・・朝起きたら見知らぬ女と一緒にベッドで寝てた。おきまりのパターンだった・・・




#################################



 その時にプレゼントされた腕時計も、司さんがプレゼントしたピアスも、それ以来、今でも花奏は必ず身に着けていた・・・


 現にその腕時計をしていたから、この前、増沢も、教師姿の花奏を見て、花奏だと気づいた、と言っていた。


 そして・・・このピアスも・・・


 車で待たせているマネージャーの車に乗り込み、改めてそのピアスを見つめた。


 デザインはシンプルで、女性だったら誰もが一つや二つ、持っていそうなものだ。


 でも、ムーンストーンはフェイクではなく本物でかなり質の良いもが使われているし、それを飾っている細かい細工も、フェイクではなく本物・・・に見えた。


 断言できないけど・・・花奏のもの・・・だろう。


"結斗がムーンストーンなんて、意外だね"


 以前、花奏にそう言われたことがある。あれは・・・確か、"Colors"のメジャーデビューが決まったとき。


 デビュー祝いを買ってあげる、と連れ出され、ずっと欲しかったペンダントを彼女に強請った。


 彼女に言わせると、"女には付けられないくらいごついペンダントトップ"で"ちょっといびつな"十字架のペンダントだった。そのセンターに、特注でムーンストーンを埋め込んでもらった。


 その時に、彼女に言われたのが、その言葉だった。


“どうして?”


 そう聞き返すと、花奏はまぶしそうに俺を見上げて笑って言った。


“だって、結斗って太陽みたいだもん。髪のせいかな?いつだって輝いてみえるよ”


 それは、当時の俺にとっては最大の褒め言葉だった、いつだって輝いていたい、当時も、デビューしてからも・・・


 そして、俺は、柄にもなく素直に、花奏に言ったのだ。

 

"お前は月みたいだな"


 それは、俺にとって、本心だった。


"静かで優しい白い光。その光で、他の奴らが癒されて、力を取り戻す。だから、みんな花奏を慕うんだ"


 きっとそう思っていたのは、俺だけじゃない。他の研究生や司さんをはじめとした所属芸能人のみんなも、そう思っていたのだろう。だからこそ、司さんは、他のどんな宝石でもない、"ムーンストーンのピアス"を彼女にプレゼントしたのだ。


 当時の司さんの収入を考えたら、あんな安っぽい石ではなく、もっと高価なアクセサリーをプレゼントすることも可能なはずだ。それをせず、あえてムーンストーンを・・・しかも見た所、とても質がよく、色が綺麗なムーンストーンをプレゼントしたのは、まるで月の光の様に、静かに、優しくみんなを見守り、手助けしてくれた彼女への感謝の意味もあったのだろう。


 月のように、形こそ変わっても、その光や性質は変わらず、ぶれずにいる。闇を照らす光はどんな光よりも優しいけど、誰よりもしなやかで強い心の持ち主。


 俺は、手のひらのムーンストーンを、もう一度見た。少し泥がついてしまい、金具がいびつに曲がってしまっている。このまま耳に着けるのは無理だろう。 


あの花奏が、司さんから貰ったピアスを、粗雑に扱うわけもないし、そう簡単に落とすわけがない。ピアスそのものだって、イヤリングと違って、普通に生活していて簡単に落ちるものだとは思えない。


 でも・・・もしも、花奏が、あのピアスが落ちていた場所で誰かと揉め合ったりしたとしたら?


 その拍子に落ちる可能性だって、ある。





「花奏は、ストーカーに連れ去られた・・・」



 そう、断定せざるを得なかった。



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