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第50話

 用意されている控室へと向かう途中。


「あ、結斗!」


 突然声をかけられた。見ると、同じ事務所の茉莉香さんがいた。茉莉香さんは今、仕事が終わったようで、これから着替えて帰る様だった。撮影用の秋物の服を身にまとっていて、これから夏、というこの季節にこの姿を見ると、本当に暑そうだ。


「茉莉香さん。お疲れ様です」


 俺より一歳年上の彼女は、同じ事務所に所属するモデルだ。俺や隼人さん達は研究生として入ったけれど、茉莉香さんは読者モデルをやっていて、事務所にスカウトされて今に至る。俺たちとは違うルートで、芸能界に入ってきた人だ。芸能歴は俺と同じくらいだけれど、俺たちよりもずっと、芸能界の外の世界を知っているし、一番苦労して、今の地位を作った人かもしれない。


「ちょうどよかった!

 結斗にメールしようと思ったんだ!」


 同じモデル同士、連絡を取り合う仲で、メアドも交換している。それにこの人は、あの隼人さんの婚約者だ。ある意味、他の同じ事務所のモデルと比べたら、俺たちに近い存在だ。


「なんですか?」


 俺がそう聞くと、茉莉香さんは、ちょっと待ってて! と言ってそのまま彼女の控室へと走って入って行った。そして待つこともなく、控室から出てきた。その手には、見覚えのあるペンダントがあった。


「これ! 花奏に頼まれたの。結斗に渡してほしいってさ」


 このペンダント!


 それは、あの日、花奏の家に忘れていったものだった。彼女の家の洗面所に忘れていったことは覚えていた。だから近いうちに取りに行こうとは思っていたけど、どうして茉莉香さんがこれを持ってるんだ?


「この前、花奏から連絡貰ってね、彼女のマンションに行ったの! その時、渡してほしいって頼まれたの」


「花奏から・・・」


 それを受け取りながら、俺は花奏の事を想った。彼女は、このペンダントを、花奏がくれた、という事を覚えているんだろうか?


「でね、その花奏からの伝言。

"おちついたら、ゆっくり話がしたい"」


 伝言を、簡潔に伝えてくれた。でも、そう言う彼女の表情は、少し暗いような気がした。


「・・・花奏に・・・何かあったんですか?」


 茉莉香さんの表情の暗さ、それは花奏に何かあった、という事じゃないか?


「ん・・・まあ・・・」


 曖昧にそう言っていた。瞬間、花奏のストーカーの話がリアルに脳裏をよぎった。


「もしかして、茉莉香さん・・・花奏から何か聞いてますか?」


「な、何かって・・・何よ!」


「ストーカーの事です。彼女、ストーカー被害受けてるんですよ!」


 俺がそう言うと、茉莉香さんは驚いた顔をして俺を見上げた。


「どうして結斗、知ってるのよ!」


「増沢から聞いて、花奏を問い詰めたんです。

増沢は・・・花奏と偶然会った時、彼女の様子がおかしいからって問い詰めて知ったって言ってました!」


「私、その花奏から、彼女に何かあったら、隼人さんに渡してほしいって・・・書類預かってるのよ。


 でも、隼人さん舞台忙しくて、今すれ違い生活してて・・・で、これ受け取った後位から、花奏と連絡取れなくて・・・」


 茉莉香さんも花奏と連絡が取れない?


その言葉を聞いた途端、背中が冷たくなった。


「俺も! 花奏と連絡が取れないんです!」


「忙しいのかしら? 今高校、学期末考察だって言ってたし・・・」


「でも、全部未読ですよ! 花奏、いつもメールは必ずその日のうちに目、通して必ず返事くれたのに、それさえやってないんですよ!

まさか、本当にストーカーに捕まったんじゃないか?」


 一番の心配事を吐き出すと、茉莉香さんは軽い笑いを見せた。


「まさか! いくらなんでも・・」


 そう言う茉莉香さんの言葉を遮るように、俺は言葉をつづけた。


「ストーカーの犯人も目星ついてるんです!

 多分、花奏と同じ職場の人間で、この前、隼人さんの舞台を見に来てた人です!

 外で撮られてる写真とか、劇場で撮られてる写真見たら、その疑惑があがったんです!


 花奏も、まさかって半信半疑だったけど、もしもその仮説、本当だったら、花奏は毎日、職場で無防備なままで、ストーカーと一緒に仕事していることになるんです!

 何をされても、おかしくないですよ!」


 俺はそう断言した。廊下での立ち話でストーカーがどうとか、連絡が取れないとか言う話を大声でしたせいか、廊下を歩くスタッフたちが怪訝そうな顔をしている。


「・・・・・まさか・・・花奏・・・」


 茉莉香さんの顔色が変わった。茉莉香さんも、事の重大さに気づいたみたいだ。


「私、これで仕事終わりだから、茉莉香のマンションに行ってみる!

 結斗は、花奏に連絡してみて! 連絡ついたら教えて!」


「判った。あと、隼人さんにも連絡したほうがいいですよね?」


「うん。その方がいい! 花奏に頼まれた書類も、渡さなくちゃ!」


 最後に茉莉香さんが花奏と会ったのは、週明け、月曜日の夜だと言っていた。少なくともその時までは、花奏はあのマンションにいた、という事だ。


 今日は土曜日。連絡が取れなくなって5日・・・


 もしもこれが、花奏の自らの意志での・・・例えば休暇をとって出かけているだけだったら、まだいい。でも、あのストーカー絡みのトラブルに巻き込まれたのだとしたら・・・


 考えただけで鳥肌が立つ。


 今まで、当然のように側にいた花奏が、いなくなる・・・そう考えただけで、気が狂いそうだ!


 俺は、茉莉香さんと別れてから撮影やインタビューの支度をしたけれど、平常心を取り戻すことさえ出来ず、撮影もNG続きだった。


「結斗のNGなんて珍しいな」


 現場の人はNG連発する俺を、半ば面白がり、半ば不思議そうだった。でも、そんな現場の和やかな空気さえ、俺を平常心に戻す事は出来なかった。



 すべての仕事を終わらせ、帰宅する車の中でもう一度、花奏にメールを送った・・・あの日以来、花奏にメールを送るのが日課になっていた。それでも、花奏からの返事のメールも着信もない。


 その代わり、茉莉香さんからメールが届いていた。花奏のマンションに行ったが、留守で会えず、窓から奏での部屋を見たけど明かりさえ、ついていなかったらしい。


管理人さんの話だと、ここ何日か帰っていないらしく、郵便物もポストにいっぱいになっているらしい。いつもなら、長期間家を留守にする時は、管理人さんにその旨伝えていて、こんなに長期間、連絡が取れないなんて初めてらしい、管理人さんも困惑していたそうだ。


「花奏・・・」


 俺は、車の運転をしているマネージャーに頼んで、自宅ではなく、花奏のマンションの前に寄ってもらった。


 時間はもう、通りに人の通りが無くなるほど遅い時間だ。


 スタジオから花奏のマンションまで、そう遠くはなく、ほどなく、車は花奏のマンションの前に着いた。


 俺はマネージャーに待っていてもらうように頼んで車を降りると、マンションの呼び鈴を鳴らした。


 でも、中からの反応はなかった。部屋からは、モニターで、誰がインターホンを押しているかわかるので、中に花奏がいれば、俺がインターホンを押していればすぐに出るはずだ。・・・いつもそうしてくれるように・・・


 俺は、マンションを見上げ、花奏の部屋の窓を見上げた。窓には明かりさえ、ついていない。


「留守か・・・」


 まさかと思うが、本当にストーカーと何かあって、拉致されたんじゃないだろうかなぁ・・・


 あの花奏が、そう簡単に誘拐されるとは思いにくい。そんじょそこいらの男が、彼女に不用意に近づいたりしたら、彼女の手痛いしっぺ返しを食らうだろう。現に俺が、最初に花奏を襲ったあの日も、俺の腕や身体には彼女からの反撃の跡がかなりの量、残った。翌日、服を脱ぐ撮影があって、マネージャーやスタッフに怒られた程だ。


 逆に、俺があの程度の傷跡で済んだのは、俺が芸能人だったからだろう。下手に顔に傷をつければその後の仕事に影響する・・・という事を花奏も知っているはずだから。彼女が本気で反撃したら、あんなもんじゃ済まない・・・彼女の性格からして・・・


 ため息をつくと、俺は踵を返してマネージャーの車に戻ろうとした。


 その時、足元で何かが光ったような気がした。


 通りをバイクが走ってゆき、そのライトに反射して、足元で何かが光ったのだ。


 見るともなく、その足元の光ったものを拾った。


「ピアス・・・」


 街灯を頼りに、光の正体を凝視した。それはシンプルなピアスだった。


 大き目めな石が一つ、ついたピアスで、綺麗な乳白色をしていた。


「ムーンストーンのピアス・・・」


 薄汚れていたけれど、石を指でこすって埃や汚れを取ってやると、見事な白に、光の加減で青く輝く乳白色が姿を現した。


 そういえば、花奏も、いつも司さんから貰ったムーンストーンのピアスを身に着けて・・い・・・た・・・・・


「まさかっ!」


 これ・・・花奏のか?

 

 司さんから貰ったピアスを、まるで宝物かお守りの様に、身に着けていた!



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