第45話
やがて、出勤時間になり、私はそのグラビアを閉じた。
と同時に、心を無理やり切り替えて、頭の中を教師モードにした。
そして、いつものように、教師姿の自分を鏡で見て、スーツ姿を確認した。
その準備が完了すると、私は家を出た。
授業の合間でも、放課後でもいい。学長と学年主任の落合先生にストーカーの事を相談することが出来たら・・・そのための、ストーカー被害に遭っている証拠もちゃんとカバンに入っている。
その時間さえ、取れれば・・・
そう思いながら、マンションから外に出た。
その時・・・
突然、マンションの前に車が止まった。
見知らぬ、どこにでもあるような、普通の乗用車だった。
一瞬、不審人物かと思い、私は車から数歩、後ずさった。
車の窓が開き、中からは、見知らぬ若い男が顔を出した。
「あのーすみません。・・・ちょっと道、教えてほしいんですが・・・」
のんびりとした口調で、その車の男はそう言った。
その人は、携帯のロードマップを見ているようだ。
「ここに行きたいんですが・・・」
そこに記されているのは、ここから歩いて15分程の所にある運動公園だった。スタジアムが併設されていて、シーズンになると、高校野球の地区大会があったり、地元学生のサッカーの練習試合があったりもする。
地下鉄の最寄り駅はここではないけれど、車で行こうとすると、このマンションの辺りで迷ってしまう人がいても不思議じゃない。
「ここだったら・・・」
ショッピングモールじゃなくて、国道に出た方がいいかな? そう思い、地図を見ながら行き方を説明した。
けれど・・
(あれ? 今日・・・運動公園で何かイベントあったっけ?)
高校野球の地区予選はまだ始まっていない。この学期末考察が終わってからだし、平日の昼間に、あの運動公園で大きなイベントはない筈・・・
そう不思議に思ったその瞬間。
突然、後ろから口元を何かで押さえつけられた。
「っ!!!!!!」
叫ぼうにも、口を押えつけられて、声をあげることも出来ない。
口元には、冷たい布のようなものが当てられ、息が出来なくなった。
空気を求めて暴れたけれど、次の瞬間、思い切り吸い込んだ息は、嗅いだこともない妙な匂いを感じた。
(あれ・・・この匂い、どっかで・・・)
これとよく似た薬品の匂いを、つい最近、嗅いだことがある。
確か、学校の科学準備室・・・草野先生と話してた時・・・。
科学準備室の独特な薬品の匂い、普通の生活をしていたら、あまりかがない匂い・・
でも、その匂いの正体を知るより前に、私の意識は遠のいていった。
一体何が起こっているのか、遠のく意識の中で、全く理解出来なくなっていた・・・
それでも、意識がなくなる最後の瞬間、脳裏に映ったのは。
(結斗・・・)
この前、一緒に過ごしてくれた、あの結斗の穏やかな表情だったのが、自分でも不思議だった。
そして、それを想うだけで、不思議と安心した。




