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第42話

スマートな逃げ方ではなかった。自覚はある。


でも、壁に女を押し付けて、その行為に酔って、恋愛ドラマの男性主人公ぶっている草野先生に嫌な気分がしたのも確かだし、何より、壁に押し付けられた瞬間の、草野先生の変貌ぶりに鳥肌がたった。


それに、ああいう事をされて喜ぶ女性と嫌がる女性がいる、という事を、草野先生は気付いていない。単に私はその後者だというだけだ。


 科学準備室に草野先生一人を残して科学準備室を逃げるように飛び出して絶叫、そして気絶・・・という一連の出来事は、放課後の校舎に残っていた生徒と教師に少なからず、影響と妙な噂話を残した。



 その場に居合わせた生徒たちは、科学準備室を出て倒れた私に驚いて、職員室に走ったり保健室に私を連れて行ってくれたり、科学準備室に入ったりと、奔走してくれたようだ。


その挙句、


"科学準備室で、草野先生が新堂先生に言い寄ったのを、新堂先生が嫌がって準備室から逃げた"


 私達の一件は、簡潔で分かりやすい噂になって、放課後の校内に流れた。


 保健室で目を覚ました私のところには、動けるようになった草野先生と学年主任の落合先生と教頭がやって来て、事実確認がなされた。


 草野先生は、怒って睨みつけるような顔をして私を見ていた。脅しかけているようにも見えた。でも、それさえも気にならなかった。優しい、皆に人気のある"草野先生"の仮面が剥がれたまま、ただそれだけだった。


「いったい何があったの?」


 落合先生にそう聞かれて、私は、事実をありのままに答えた。隠し通すには、今日のあの騒ぎは、目撃者が多すぎた。


 何週間も前から、ストーカー被害に遭っていること。

 草野先生とは、先週末、劇場で偶然会い、帰りに食事したこと。

 その後、家の傍まで送ってくれた時、変な人につけられ、写真を撮られたこと。

 その人は、草野先生が追ってくれたけど、捕まえる事は出来なかったこと・・・

 その時、偶然、私の友人が現れたこと。


 草野先生は、偶然あらわれた私の友人が、私達をつけてきた犯人、ストーカーだと言っていた事。

 その事でさっき、もみあいになり、草野先生に壁に押し付けられ、怖くなった私は、草野先生を蹴り上げて逃げた


 ・・・と・・・


 草野先生は草野先生で、あることない事、持論を展開していたけれど、その内容はほとんど覚えていない。


そんなやりとりの末、この一件は結局個人的な感情のすれ違い、という事で片づけられた。


「いずれにしても、校内で、生徒に悪影響を及ぼすような行為は慎んでください」


 私と草野先生は、落合先生と教頭先生からキツく注意を受けた。そして。


「新堂先生、あと、ストーカーの事なんですが・・・

 その手紙と写真、もしも嫌でなければ、学校に提出してもらえますか?

 貴方が警察に届け出るのが気が引けるなら、学校から、被害届を提出します」


 落合先生は、そう言ってくれた。でも、私が警察に言えなかった理由は、それだけではない・・・事務所や兄に迷惑をかけたくない、ただそれだけだった。


 いずれにしても、落合先生は、私が、ストーカーの事を警察に届け出をしないのは、恥ずかしいから、とか体面を気にして・・・とか、そういった理由だと思っているみたいだった。


「それでは・・・明日、その資料、持ってきます」


「お願いしますね。これがエスカレートして、新堂先生の身に何か起こったら、大変ですよ。

 ・・・ここ何日か、新堂先生の様子がおかしかったのは・・・そのストーカーのせいだったんですね」


 落合先生は納得したように、そう結論付けた。私はそれに答えず、軽く俯いた。


真実とは、少し違う気がするけれど、誰にでもわかりやすくそう理由づけしてくれた落合先生に感謝しながら、部屋を出てゆく先生方の背中を見送った。


 部屋を出る瞬間、草野先生がくるりとこちらを振り向き、今まで見たこともないような冷たい視線で私を一瞥した時、軽く身震いがした。けれど、私はそれを心の片隅にも留めなかった。


 そして私も、立ち歩けるくらい、身体も回復したので、今日はもう帰ることにした。


 おそらくきっと、明日になったら、生徒や他の先生に質問攻めになるだろう・・・ストーカーの事も含めて、私一人で解決するのは、もう限界かも知れない。

 

 草野先生の行いばかりを気にする暇など無い。


「ちゃんと学校に・・・相談するか」


 ストーカーから送られて来た写真や手紙を表沙汰にするのは、正直、嫌だ。でも、今日の草野先生の一件も含めて、私がストーカーに遭っている証拠を学校側に提出するのは・・・少なくとも今日の草野先生との一件の裏付けの一つになるだろう。


 職員室に戻って帰り支度をしていると、野間先生が、何か聞きたそうに私を見ていた。けれど、私は"明日ね"といつも通りに笑って学校を出た。


 今日は、もうこれ以上、学校に居たくなかったし、"新堂先生"を演じる自信もなかった。




 帰り、電車の中で、これからの事をいろいろ考えた。


 ストーカーの事を、これ以上、私一人で解決するの限界だと思った。


 もしも、結斗が指摘した通り、草野先生がストーカー本人だとしたら、私はそのストーカーと四六時中仕事すことになるのだ。草野先生がストーカーではないにしても、今日みたいな実力行使がいつ起こるかわからない。


 今日みたいなことがまた起きたら・・・ううん、今日以上の事をされたら・・考えただけで恐怖だ。


 "職場内にはストーカーはいない"。そう思っていた自分の考えの浅さが悔やまれた。



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