表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/97

第20話

やっとの思いで涙腺を落ち着かせて、私達は本屋からでると、駅前のコーヒーショップへと場所を移した。


 本屋に入ってから随分時間が過ぎていて、もう夕暮れ時だった。外には、学生の他に、仕事終わりのサラリーマンやOLもちらほらと見かけるようになっていた。


 駅前のコーヒーショップは、夕方とはいえ、ちょっと時間が中途半端なせいか、意外と空いていた。


 季節限定のフレーバーコーヒーと、コーヒーに合うサンドイッチやサイドメニューが売りのこの店は、コンビニのようなチェーン店展開をしているけれど、各店にバリスタがいて、専門的に美味しいコーヒーを出してくれるので、私もとても気に入っていた。


 増沢君も気に入っているようで、このショッピングモールに来るときは、良くここで一休みするらしい。


 私の向かいには増沢君が座っている。彼は、高校の制服にメガネ、といったスタイルだった。普段バックダンサーとして舞台に立つときは、眼鏡を外してコンタクトを入れるし、もうちょっと見た目も派手にするのだけれど、今は年相応の真面目な高校生、といった雰囲気で彼の正体に気づく人もいない。


 それに、周囲が彼に気づかないのも無理はない。雑誌に出るくらいに人気があるけれども、それは"Colors"のバックダンサーの一人として。増沢君はまだ正式デビュー前、知名度は低い方で、もうすぐデビューが決まっているとはいえ、今はまだ日の目を見ない存在削筈だ。


 確か事務所の話だと、お披露目がもうすぐで、CDデビューが秋。これから忙しくなる・・・ううん、もう忙しくなっている筈だ。


 目立たない隅の方の席を選んで座った。窓側ではなく、目立たない席を選んでしまうのは、お互い、職業病のようなものだ。

それぞれ、お気に入りのフレーバーコーヒーとケーキを注文すると、増沢君は、泣いていた私を気遣いながら、軽い世間話を始た。


 学校での些細な事、今日の取材の事、事務所のレッスンの事・・・


 そして。


「姉御もまた事務所に遊びに来てください。研究生、よく姉御の事、話してますよ。次はいつ来てくれるんだろうって」


「ごめんね、私もちょっと忙しくて・・・」


 曖昧にそう答えた。


 結斗の一件以来、正直事務所には行きたくなかった。結斗と、顔を合わせたくない。


「何か・・・あったんですよね?」


 それは質問ではなく、確認だった。驚いて増沢君をみると、増沢君はいつになく真剣な顔で、私を見ていた。それは、初めて会った頃の子供の顔ではなく、あの頃以上に成長した男の子の顔だった。


「・・・どうしてそう思うの?」


 なるべく話をはぐらかしたくてそう聞くと、増沢君は、切なく、悲しそうに笑った。


「ずっと・・・姉御の事、見てたから。

 判っちゃうんです。

 事務所でバイトしてた頃の姉御は、もっと笑ってたよ。

 事務所のバイトと学校の両立はすっげー大変だった・・・ってあの頃言ってたけど、それでも笑ってた。

 笑って、俺たちを励ましてくれてた」


「それが私の仕事だったから・・・」


 そう、それが私の仕事だった。研究生の面倒を見る事、タレントさんの付き人的な仕事、ライブの時のグッズ販売、そして事務仕事・・・事務所で雑用、と言われた仕事は一通り、やらされていた。


 でも彼は、そんな私の言葉に首を横に振った。


「姉御にとってはそれが仕事でも、俺は・・・そんな姉御だからこそ、ずっと好きだったんです」


「あら、私も増沢君のこと、好きよ」


何の迷いもなく、そう言った。増沢君だけではない。事務所の研究生みんな、私にとってはとても大切な存在だ。


ところが、彼は静かに首を横に振った。


「そういう好き、じゃないです。

本気で、好きです」


「え・・・」


 その言葉を、正確に理解するのに、数秒かかった。


 好き? 増沢君が? 私を・・・?


そんな私の戸惑いを見て取ったのだろう。彼はさらに言葉を続けた。


「あ、これは・・・俺の勝手な想いです。無理強いしません!

それに、姉御は司さんの事、好きなんですよね!」


 そう爆弾発言されて、私はびっくりして彼を見た。


 私が司さんを好きだという事を、増沢君や研究生達には話したことない筈だ。でも増沢君は、軽い笑みを見せてくれた。


「研究生はみんな、気づいていますよ」


「そんな・・・私の態度、バレバレだった?」


そんな、バレるような態度、していないはずなのに・・・


「少なくとも、研究生の間では、です。研究生以外、誰にも話してはいません。あくまでも研究生同士の雑談です。結斗さんや"Colors"のみなさんも気づいています」


 そこまで言うと、彼は大きく息を吸って、吐いた。


「姉御が司さんの事、好きだって判ってます。どうしてそれを司さんに伝えないかも・・・理解してるつもり・・・です。

 でも俺は、勝手に、姉御の事、好きなんです」


 勝手に好き・・・か。

 

 そういえば、草野先生も似たような事、言ってたっけな。つい先日の事を思い出した。


「好きだから、だから、判っちゃうんですよ。

姉御が今、苦しんでるって。家で一人で泣いてるんじゃないかって・・・


ねえ、姉御。話してくださいよ


 今の姉御の姿、他の研究生の連中が見たら、きっと今の俺とおんなじこと言うと思いますよ?

それ位、研究生の連中も、姉御の事、すっげー大事だし、好きなんですよ。

姉御は、俺たちみんなの、大事な、大切な姉御なんですよ!」


 増沢君の話を聞きながら。


 気がついたら私の涙腺は再び崩壊していた。


「姉御?」


 泣き出す私に困った顔一つせず、彼はハンカチを差し出した。


 今どきの男の子で、こんな行動が絵になる子なんて、そうたくさんいない。


 綺麗なハンカチを持ち歩いて、泣いている女の子に差し出せる子なんて、どのくらいいるんだろう・・・


しかも私は彼よりも10歳年上の、一見キャリアウーマン風教師姿をしていて、泣いていて、彼がそんな私にハンカチを差し出す・・・そんな私と増沢君のカップルは、どう見たって不思議な組み合わせだ。


 でも、涙腺と一緒に崩れた私の心は、周囲から私たちがどう見えるか、なんて考える余裕もなく、感情も涙腺も、一人で立て直すことが出来なかった。


「姉御?何があったんですか?

 もし、嫌じゃなきゃ・・・姉御の重荷、俺に分けてください。

俺、研究生になった頃みたいなガキじゃないです。

姉御に守ってもらうだけの、何もできない子供じゃないです!」


 彼の優しい言葉を聞きながら・・・私は、決心した・・・




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ