表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/97

第18話

差出人不明の手紙は、それから2,3日おきに続いた。


手紙の内容は、日々エスカレートしてきた。


 文章の中に、さりげなく出てくる私の個人情報や出勤先の高校。

 本屋で買っていた雑誌の事。

 いつも乗っている地下鉄の路線と、帰りに寄ったカフェで飲んでいた飲み物、スーパーで何を買ったか、・・・


 日を重ねるごとに、だんだん疲れてきた。


 そして、手紙の一番最後に、


"愛しい、愛しい花奏へ

大好きだよ"


というワンフレーズが添えられていた。


その言葉が、余計に気持ち悪さを加速させた。



  例えば、このセリフを、司さんが本気で私に言ってくれているなら、もしかしたら嬉しいかもしれない。


 兄が、舞台の上で恋人役の人に甘くささやいたら、女性観客は羨望のため息をつくかもしれない。


 でも、どこの誰かも判らないストーカーに言われると、身の毛がよだつ。

 

 頻繁に手紙が来るようになってから、事務所や警察に相談することも考えた。


 でも、手紙と一緒に写真も提出することを考えると、怖い。


 だって、写真には結斗が映っている。


 あの日の、結斗との事も話すことになったら・・結斗に迷惑がかかる。


「矛盾、してるな」


 結斗には、あんなひどいことをされたのに。


 私がこんな状態になって、真っ先に心配した人たちの中に、結斗がいるなんて。


 ばさっ!と、ストーカーからの手紙のファイルをテーブルに投げ出すと、私は再び大きなため息をついた。





翌週、ストーカー行為は、さらにエスカレートしていった。


学校への行き帰りに、今までにない、妙な視線を感じる様になった。


(あ、まただ・・・)


最初は、気のせいだと思った。


あんな手紙をもらった直後だから、神経が過敏になっているだけだと、自分に言い聞かせた。


でも、それにしては、タイミングが良すぎる。


視線の方に振り向くと、そこは雑踏の中で、視線の主が誰かも判らない。


「誰?」


 タイミングが良い、なんて生易しいものじゃない。あの手紙を貰うようになってからだ。


(誰…なのよ・・・)


 私は、行き帰りの地下鉄の中、校内、帰りの買い物途中で、その視線の主を再び探した。


 でも、私が神経を研ぎ澄ませればするほど、その視線は雑踏の中に消えてしまう。


落ち着かなくて、平常心を保てなくなる・・・


 "新堂先生"という、教師の仮面さえ、亀裂が入りそうになった・・・






「新堂先生!」


 感じられない、正体のわからない視線にイラつきながらも、廊下で声をかけられて思わず振り返った。


「何っ!」


 イラつきがそのまま声に出てしまって、声をかけてくれた女生徒が怯えた顔をした。


「あ、ごめんなさい」


 慌てて女生徒に謝った。女生徒はいいえ、と首を横に振った。


「今日の授業で判らないところが・・・」


 その手には教科書があって、ノートに写された英文の数か所にアンダーラインが引いてあった。


「ここの訳と、ここの訳し方が・・・」


 判らないところを的確に判っていて、質問してくる女生徒。


「ああ、ここはね・・・」


 廊下で立ちながらだけど、そこを手短に説明すると、女生徒の顔に笑顔が灯った。


「あ、こうするんだ!判りました!!」


 女生徒は、ありがとうございました。と深々とお辞儀して、教室へと戻って行った。


 この高校の生徒は、みんなそうだ。進学校、という事もあるのか、真面目で、勉強熱心な子ばかりだ。


 偏差値も高く、生徒の自主性に任せる・・・という名目で学校則もないけど、みんな、高校生なりの良識と常識をもって学校生活をしている。


 そんな子が、ストーカー行為をするなど、考えられない。


 廊下を歩き、私を見つけるとお辞儀してくる生徒たちに目礼を返し、職員室へと戻りながら、私は少しだけ、ストーカーの視線の事を頭の外へと追いやった。


 ・・・そういえば、ストーカーが送ってきた写真は、私が外にいるときの写真ばかりだった。買い物途中や、地下鉄の中。マンションの外・・・学校内の写真は一枚もなかった。


 という事は、学校関係者ではないのかもしれない。


 そう思いなおすと、今、この学校では、あの嫌な視線も、ストーカーもされない・・・という確信に満ちた思いを持つことが出来て、ふっと肩の力が抜けた。


「新堂先生、お疲れ様」


 職員室に戻ると、落合先生と野間先生が同時にそう声をかけてきてくれた。


「お疲れ様です」


「・・・大丈夫?ちょっと疲れてるみたいよ?」


「え?」


 落合先生に言われて、私はびくっと肩が震えた。ストーカーの一件は、私を酷く疲弊させているようだ。


「平気?顔色悪いわよ」


 野間先生まで、心配そうに顔を覗き込んだ。


「ええ、ちょっと・・・」


 私は曖昧に笑うことしかできなかった。


「何かあったら、話位、聞くわよ」


「うん、ありがとう」


 私は出来るだけ明るく笑って、野間先生にそう言った。


「新堂先生、今日は、早めに帰った方がいいわよ・・・疲れてるなら、休んだ方がいいわ」


「そうだな。もうすぐ学年末試験だろ?雑務忙しくなるしな、休めるときに休んどいたほうがいい」


 落合先生と、普段ふざけ気味の横山先生まで珍しく真面目な顔でそう言った。


「俺、送っていこうか?」


すると、草野先生が私の顔を覗き込みながらそう聞いてきてくれた。


「今日は部活も雑務もないし、俺、車だから、新堂先生の家まで送れるよ?」


草野先生の顔を見た途端、先日の彼の告白を思い出してしまって、私は俯いた。


「先生?」


「だ、大丈夫です!」


慌ててそう言い繕い、作り笑いを見せた。


「そんなに遠くじゃないし、一人で帰れますから」


「そうね、それに草野先生、そろそろ引き継ぎの準備もしてくれないと。暇だったらそっちをやってね」


 落合先生は学年主任もしているし、落合先生は私や草野先生の上司にもなる。さすがの草野先生も、落合先生には逆らえないみたいだ。草野先生は少し、不満顔をしている。


私は落合先生の好意に甘えて、最低限の仕事を終え次第、帰ることにした。


「じゃ、お先に失礼します」


 職員室でそう言うと、「お疲れ様」「お大事に!」という温かい返事が戻ってきた。


 職員室を出る瞬間、テレビではちょうど、司さんの報道番組が始まったところだった。今日は、これが見れない事を考えると、酷く憂鬱で、心に穴が開いた気分だった。


 たったそれだけの事で、あれだけ疲弊していた心が、少しだけ、癒される気がした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ