表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/97

第17話

草野先生に"今まで通りで"と言われたし、"勝手に好きでいるから"と宣言されたけれど、実際、草野先生と私の関係は、以前と変わらなかった。それは"学校"という職場のおかげかもしれない。


 生徒の目がある、他の教職員の目もある。時として保護者の目もある。これ見よがしに馴れ馴れしく出来ない・・・というのが彼の本音なのかもしれない。いつ、どこで誰が見ているかわからない。迂闊なところを見られて、変な噂になったりしたら大変だ。


 だからこそ彼は、"勝手に好きでいる"といったのだろう。彼が勝手に私の事を好きでいたとしても、表立って何かをしてくることは絶対にない。それは、私だけでなく、彼自身の首も絞めることになるから・・・


 それに彼だって、一学期一杯でこの学校を去ることが決まっていた。


 アメリカにある姉妹校の人事交流の為、二学期からアメリカへ行ってしまう。


 向こうへ行ったら最低でも3、4年、日本には戻ってこない 。夏休みになれば、彼は渡米する。それまで今の状態でい続ければ・・・

 

 そう思うことで、私は平常心で仕事に打ち込むことが出来た。


 私は相変わらず、生徒と接して、職員会議に出て、小テストの採点をして、学年末考察の試験問題を作り・・・目まぐるしいけど充実した毎日を送っていた。


 世間はあっという間に梅雨入りし、じめじめとした季節になった。



"今年は、例年よりも3日早く梅雨入りとなりました・・・"


 授業が全て終わった後の職員室で、誰が見るわけでもなくつけっぱなしになっているテレビ。ブラウン管の向こうでは、司さんの報道番組が流れていた。


 司さんは、相変らずのスーツ姿に、アイドルをしているときには見せない知的な表情をしている。傘を片手に、お天気キャスターの女性とテレビ局の前の広場で天気予報とその解説をしている。


 私は、そんな彼を頬杖をつきながら見つめてため息をついた。


 あの、お天気キャスターの女性みたいに、司さんの隣に立てるなんて、羨ましい。そう想えば想うほど、近くて遠すぎる、今の私と司さんとの距離が悲しくなってゆく。


(もしも、私が、あのお天気キャスターの女性位、司さんの側にいたら・・・)


 そんな妄想をしていたのは、もうはるか昔。舞台の度に、ドラマに彼が出演するたびに、相手役の女性を自分と重ねてみたり、嫉妬したりもやもやしたりして過ごした。


 でも、そんな気持ちも、時がたてばたつほどに燃え尽き、今は、ただ、好きだという強い想いだけが、心の中にくすぶり続けている・・・


(いっそ、諦められた方が楽なのになぁ・・)


 何度、そう思っても、こうしてテレビ越しに見るたびに、事務所でたまに顔を合わせるたびに、諦めることなど出来ない、と自覚してしまう。


 厄介すぎる想いだった。



 結斗とは、あの夜以来、連絡を絶っていた。


 兄から相変らず、よくメールが来る。でも、急ぎの用ではなく、返事を求めない近況報告程度だったので、私も軽い、差しさわりのない程度の、返事を求めない近況報告だけをしていた。


 それでも、結斗の事は話さなかった。話せるわけがない。


 結斗に性欲処理に使われた、なんて・・・


 でも、もし兄にそう言ったら、兄はどうするだろう?・・・結斗にくってかかるだろうか? それとも・・・

 

 そこまで考えて、私はこの不毛な妄想を辞めた。考えが不健康すぎる。




 それでも、そんなことで落ち込んでいるひまはない。


 もともと、六月から七月、夏休み前は、学期末考察や成績つけで忙しくて、事務所に顔を出すどころではない。私は、"教師"としての"新堂花奏"として過ごすことが多くなるし、兄たちも、もうすぐ大きな舞台公演があるので、今はその練習で忙しい筈だ。連絡など、すぐに絶えるだろう・・・毎年そうであるように。


 それに寂しさを感じる反面、こういうときだけは、芸能界と切り離された世界で、私は自由に"新堂花奏"として生きていた。


校内を歩いていると、教室から生徒の楽しそうな声が聞こえる。


おしゃれの事、ファッションの事、好きな芸能人の事・・・進学校でも、そうでなくても、女子生徒が話している内容は、普通の女子高生と変わらない。




 見るともなく教室を覗いてみると、女子生徒が教室でアイドル雑誌を見ながら談笑している。


 一瞬見えた雑誌のグラビアの中の結斗は、相変らずの俺様なアイドル顔をしたり、甘える目をしたりして、ファンの子を魅了している。


「結斗、かっこいいよねぇ!」


「本当!うちの学校にも、こんな人いないかなぁ・・・」


「無理無理!」


 たとえ受験生でも、進学校の女生徒でも、アイドルや芸能人好きな子はいる。


そんな女生徒の背中越しに結斗のグラビアが視界に入るたびに、あの夜、あの腕に抱かれた事を思い出し、胸がざわついた。


(一体どういうつもりなのよ・・・)


 そんな思いと、


(性欲処理なら他でして!)


 という、彼に投げつけた言葉が、心の中で燻りながら渦を巻いていた。




…………………………………




 

 そんな梅雨時の夜。


 いつものように仕事を終えて、雨の中、マンションに帰ると、郵便受けに数通の手紙が入っていた。


 そのうちの半分以上は、速攻シュレッダーにかけても差し支えないDMで、残りの二通のうちの1通は兄からだった。


「珍しいなぁ…」


 いつもだったら直接ここに来るのに・・・と思いながらも、今が舞台本番前で忙しい時期だという事を思い出した。


 案の定、封筒の中には、チケットが一枚と、走り書きのような手紙。


 兄の主演する舞台のチケットだった。席番号からして、関係者席、と言われているところだ。


 大体、兄が融通してくれる兄出演の舞台チケットは関係者席で、ここには私の父母とか共演者の知り合いとか、芸能人も含めた事務所関係者とかが座っている。


“初日の夕方公演のチケット同封するので、暇だったら見に来てください。来たら楽屋にもみんなで来て下さい”


 普段の兄から考えると、随分丁寧な文章だな、と思った。でも、いつもならこの手のチケットは手渡し、メールも敬語抜きな関係を思い起こすと、こうして手紙でやり取りするなんて初めてだった。敬語で一筆添える、なんて芸当、いつ身につけたんだろう?


 私は手帳を広げて、その日の予定を見た。その日は土曜日で、授業は休みだけれど、午前中だけ、学校の用事で出勤する事になっている。その後は何も予定が入っていなかった。私はその手帳の夕方の所に、「兄・観劇」とだけ書き、兄へお礼のメールと観に行くことを伝えた。


 そして、ポストに入っていたもう一通の封筒は・・・


「あれ?」


 切手がない手紙だった。郵便というより、直接ポストに入れた感じだ。


 宛名には一言、"新堂花奏様"とだけ、パソコンで書かれていた。


(・・・・・・)


 一瞬、兄に対する嫌がらせかと思った。ここは数年前まで兄と同居していたマンションだ。まだ兄がここに住んでいる・・・と思っている人だっているかもしれないし、隼人が妹と同居している・・・という情報を、週刊誌が未だに大切に握っているのかも知れない。


 こういう手紙は初めてではない。中学の頃までは、しょっちゅうもらっていた。中学の時は、私が、隼人の妹だと学校中に知れ渡っていたから、嫉妬や妬みも混ざって、嫌がらせの手紙や呼び出しなんか、日常茶飯事だった。


 ここで兄と暮らすようになってからも、こういった手紙は時々届いた。けれど、どんな手紙が来ても、ことごとく兄と一緒に無視していたせいか、そんな嫌がらせは消えて行き、嫌がらせの手紙を貰うこともなくなっていった。


貰わなくなったのは、こういった嫌がらせに全く無反応でい続けたからかもしれない。無視し続けていれば、相手も嫌がらせに飽きてくる。特にアイドルや芸能人に対する無記名な手紙レベルだと、そういうものだ。


兄にとっては“有名税”とかいうものみたいだけど、標的が私でそういった嫌がらせの手紙が来るのは良い迷惑だ。無視するに限る。


 一瞬、考えてから、私は封を開けた。もしも兄絡みだったら、事務所と兄に相談した方がいいだろう、そう思った。


 封を開けると、中からは、パソコンで打った手紙と数枚の写真。ここまでは、以前まで貰っていた嫌がらせの手紙と同じだった。


ただ、内容は今までとはちょっと違った。


今までは“隼人と一緒に住むなんて生意気だ!さっさと出て行け!”といった罵倒のような言葉の手紙なのに、そういったものではなかった。


その代わり・・・



"花奏へ

こうして手紙を出すのは初めてだね


いつも君を見ているよ


愛しい、愛しい花奏

大好きだよ"


 短い一文があった。


「なによ・・・これ・・・」


明らかに、私宛のものだ。ラブレターにも似た文面。文面を読んだ途端、鳥肌が立った。


「気持ち・・・悪い・・・」


今まで貰ってきた嫌がらせの手紙の中で、一番気持ち悪い。以前なら嫉妬と悪言雑言の限りを尽くしたものだった。そういった文面を予想していただけに、この文面の気持ち悪さが際立った。


差出人のない手紙、というだけで胡散臭いのに、その内容がこんなだと、胡散臭さに気持ち悪さも加わって、なんとも表現しがたいほどに胸くそが悪い。


そして、その手紙と一緒に入っていた数枚の写真は・・・


「・・・え・・・?」


 私が学校へ通勤途中の写真、帰りに買い物をしている写真、近くのカフェでのんびりしている写真、本屋で雑誌を物色している写真・・・カメラや視線など全く意識していない、私の写真だった。


盗撮されているのは一目瞭然だ。


「標的・・・私だ・・・」


兄絡みとか、芸能人目当てとか、事務所絡みとか、そんな単純なものじゃない。この手紙の主は、私に対するストーカーだ・・・


てっきり事務所や兄絡みだと思って、疑っていなかった私にとって、これはどう対処していいか判らない。


そして・・・


「・・・嘘・・・」


 最後の数枚の写真は、見た途端、目を疑った。


 それは・・・この間、結斗がマンションの前で私を待っていた時の写真・・・


 幸い、結斗の顔はぼやけてて、結斗だと断定できるものではない。でも、あの独特な髪色ははっきりと映っていた。教師姿の私と、私と同年代の、金色に近い髪色とラフなスタイルの男・・・こうして写真で見ると、異質だ。


「やばい・・・みられ・・・た・・・・」


 血の気が失せる感覚がした。もしもこの写真が表沙汰になったら、結斗はどうなる?


『Colorsの結斗、夜中に一般女性と密会!』


なんて事が週刊誌に書かれたら、結斗やColorsの人気に影響が出る!


 その瞬間、私は携帯で、兄に連絡しようとした。


 兄の携帯番号を呼び出し、通話を押そうとした瞬間・・・


(駄目だよ・・・)


冷静な部分の私が、その行動にブレーキをかけた。


 兄はもうすぐ舞台本番、こんなことで手を煩わせたくない。


 それに、事務所社長に話すにしても・・・どうして結斗がうちに来たのか、という話になったとき・・・最悪、あの夜の事を話さなくてはいけなくなる。


 私がごまかしたとしても、結斗の方に話が行った時、ごまかした話のつじつまを合わせるのが厄介だ。


 大体、あんな時間に男女が同じマンションの同じ部屋にいて、男が朝帰り。何もない方がおかしい・・・っていう考え方をするのが週刊誌の記者だ。


そもそも、この手紙自体、見る限り標的は私。事務所を巻き込むのは筋が違う。

 

「もう・・どうしたらいいのよ・・・」


 そう呟きながらも。最善の策なんて・・・そう簡単に思いつかなかった。




 散々悩んだ挙句、私は、この手紙を黙殺することにした。


 でも、シュレッダーにはかけず、ちゃんととっておいた。もし万が一のことがあって、警察のお世話になるとき、証拠になるだろう。


 質の悪い兄たちのファンの仕業かと思ったけれど、そうではないみたいだ・・・


 手紙の内容からして・・・標的は、私自身だ。



 大きく息を吸って、吐いた。


 嫌がらせくらいだったら初めてじゃない。中学の頃はしょっちゅうあった。


周りには、隼人と私のことを知っている人ばかり。羨望と嫉妬の混ざった嫌がらせを受け続けてた。


兄絡みかそうでないかの差はあるけれど・・あの時のように耐え抜くだけだ。


 そう、自分に言い聞かせた・・・


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ