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第10話



学校を出て、足早に約束した店に行った。


その店は、今まで来たことのない店で、お洒落な雰囲気の洋風居酒屋といった所だろうか?


店に入って今日の幹事の落合先生の名前を言うと、仕切りのある向こう側の、大人数が座れる席に通された。


店の奥には、パーティールームともVIPルームとも取れるスペースがある。大人数用の広い個室、と言った所だろうか?


私たちは今日、そこを使うわけではないけれど、ああいう個室がある店だったら、兄や司さんに教えてあげたら、事務所のみんなと来るかな?


こういう、お洒落な店は兄は好きだ。兄に連れて来てもらう店も、こう言った洋風居酒屋やバーが多い。


「花奏先生、遅いよ!」


親友の野間先生が、私を見て真っ先に言った。野間先生は音楽の先生で、私と同じ歳で、唯一の同期だ。


「ごめんなさい。手こずっちゃって」


「花奏先生、こっち座って!」


そう言われるままに通された席は、草野先生の隣の席だった。さっきも職員室で声をかけてくれた草野先生は、科学の先生で、いつも校内では白衣を纏っている。知的な雰囲気で、女子生徒にも絶大な人気がある。


他にも何人も出席している。みんな普段の教師の雰囲気とは違う感じがして新鮮だ。


「じゃ、主役も来たし、乾杯しようか?」


次々にビールをついでくれて、幹事の落合先生が 、乾杯の音頭をとった。


「それじゃ、花奏先生! 誕生日おめでとう!! かんぱーい!」


「「「「「「乾杯!」」」」」


グラスを合わせ、一気にビールを開けた。仕事が終わった後のビールは一際美味しい。


わいわいと、穏やかな空気で宴会が始まった。





教師とはいえ、職場を離れて酒と美味しいおつまみが揃うと、普通の会社員と変わらない。


私達は私達で女子トークを始め、男性職員達は・・・


「やっぱり生足だろ?生足!」


「そうかぁ?俺はどっちかって言えば薄い黒のストッキングだなぁ!」


「網タイツもいいよなぁー」


「でも網タイツって、太ったブスが履いてるとチャーシューか有刺鉄線に見えないか?」


「それがいいんだよっ!」


・・・どうやら女性の好みの足のタイプを話しているらしい。


「やっぱり薄いやつ、適度に透けてて、見えそうで見えない!」


「わかる!わかる!」


「あーーーでも俺はやっぱり生足がー」


足の好み論争を始めたのは 、横山先生と、私の隣に座っている草野先生をはじめとした男性教師たちだ。横山先生は社会科の先生で、よく草野先生とつるんでいる。横山先生は話も授業も面白い人だけど、とかく、酒が入ると下ネタばっかり話すので、女子教師達は閉口する。


「あーあ、また始まった・・・」


「うちの学校の女生徒の人気を二分してる先生があんなだなって、生徒達に教えてあげたいわ」


私達はそう言いながらも、それらを止めるつもりもない。教師とはいえ、ストレスの溜まる仕事だ。こういう席でストレス発散しないと、精神的に参ってしまう。


「絶対領域があればストッキングも許す!」


「ニーハイって奴? よく女子生徒が履いてるやつ!」


「横山先生、間違っても生徒に手ェ出さないでよ!」


そんな話を延々としている最中・・・


「・・・花奏?」


突然、ここにはいない筈の人の声がした。酒が入ってちょっと油断していた私は“えっ?”と振り返った。


そこには・・


「やっぱり花奏だ」


「お、お兄ちゃんっ!」


私の目の前には、プライベート向けの服装をした兄が立っていた。巧みにメガネや帽子と服で自然に表情を隠した兄が立っていた。


「な、な、な・・・」


よりにもよってなんでここにいるのよっ! そう言いたいけれど、言葉にならなかった。そんな私の思いを察して、兄は少しだけ、笑った。


「向こうの個室で、うちの会社の連中で飲んでるんだ。ちょっと外に出て来たら、花奏の声がしたから、来てみたんだ。偶然だな」


兄はそう言ってVIPルームを指差した。


ちゃんと空気を読んでくれているらしく、事務所、とか言わないでくれてよかった。


「花奏先生のお兄さん?」


職員仲間が、突然の展開で全員フリーズしている中、草野先生だけが、まともにそう聞いて来た。


「はい。花奏の兄です。

いつも妹が、お世話になっています」


一瞬、「新堂隼人」という名前を名乗るのかとヒヤリとした。学校の同僚の教師のみんなは、私が新堂隼人の妹だ・・・ということは話していない。というか、この事は世間にも職場にもトップシークレットだ。


そのことは、兄も分かっているのか、さりげなく名前を名乗らなかった。その代わりに極上のよそ行き笑顔を振りまいた。その笑顔に、この場にいた女性教師達は、一瞬うっとりと兄の顔に見惚れた。


「それじゃ、花奏、また連絡するな」


兄はそう言って、その場を去った。後に残された私達の間には、沈黙だけが残った。


そして。


「ちょっと!花奏先生!あんな素敵なお兄さん、どこに隠してたのよっ!」


「どこにって・・・」


たとえ変装していても、一瞬で人を引きつけてやまない兄の天性の魅力は健在のようだ。


「今度ちゃんと紹介してよ!」


「いいけど・・・お兄ちゃん、婚約者いるよ」


「えーー嘘ーー!」


「そうだよねぇ。あんなに素敵な人だもんねー」


とかく出会いの少ない職場なので、女性教師の皆さんのリアクションも無理はない。


兄の恋人の茉莉花さん・・・実際はまだ婚約はしていないけれど、時間の問題だろう。


「そうなんだーー」


「ざんねーん」


本気か社交辞令か、みんな残念そうにそう言うと、中断していた女子トークを始めた。


でも、私は私で、さっきの兄の接近遭遇で、気持ちが平常心に戻らなくなってしまった。


兄がここにいる、ということは、司さんもいるかも知れない、ということ。


時間を考えても、。私が職員室を出てからすでに二時間以上が過ぎている。テレビ局からここまでの所有時間とか、生放送終了後の反省会の所有時間とかをかんがえると、彼がここにいてもおかしく無い。


私は、兄が消えて行ったVIPルームをのドアに目をやった。あのドアの向こうに、司さんがいるかも・・・そう思うだけで、心臓が壊れそうなほど、高鳴った。


「花奏先生、どうかした?顔、真っ赤だよ?」


平常心ではない私を気遣ってくれたのか、草野先生が心配そうに私の顔を覗き込んだ。


「う、うん、大丈夫!」


そう言って、手元のワインを飲んだけど、気持ちを反映してしまったのか、味が曖昧に感じだ。




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