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戦略3・運命の人

謎解き大好きなエイプリル嬢。

事件に巻き込まれたいからと、探偵とお友達になりたいなどと言い出しますが失敗。今回は、そんなエイプリルの元へと素敵なプレゼントが贈られてきました。

 クリーム色のドレスとプラチナブロンドの髪をひるがえし、エイプリル様は部屋の中をくるくると回ります。

「最高のプレゼントだわ!」

 エイプリルお嬢様の手には、一枚の紙。そこにはこんなことが書かれております。




  親愛なるエイプリル嬢


 謎解きが好きなエイプリル嬢のために、暗号付きのプレゼントをご用意しました。ぜひ受け取ってくださいませ。

 プレゼントの入った箱は、この暗号を解いて、四桁の数字を入力すれば開きます。


  1/26  16/26  18/26  9/26  12/26




 差出人は書かれておりません。エイプリル様の部屋に、綺麗な宝飾付きの箱と一緒に、この暗号が置かれていたのです。ダイヤル式の鍵もかけられております。箱は、九歳のエイプリル様が両手に抱えるほどの大きさ。

「誰が、勝手にお嬢様の部屋に入ったのでしょうね」

 私の声に、エイプリル様はアイスグレーの瞳をキラキラとさせて見つめてきます。

「アウグスト、こんなにも粋なプレゼントをくださる方よ。詮索しては失礼なの」

 いつもならば「虫一匹、勝手に部屋に入るなど許されない、アウグスト、あなた何を見ていたの! 執事失格!」とかなんとか罵詈雑言を溢れさせ、洪水を起こしそうになるというのに。

 しかし、私としては安心です。

「謎解きという最高のプレゼント。この文字は男性ね。ああ、素敵だわ。あたしの理想の男性、運命なのかもしれない」

 いつもは睨むばかりのエイプリル様の目が、なんと恋する乙女のそれになっているではありませんか! エイプリル様に乙女な部分があったなんて。

 驚きで声が出ないのですが、勝手にお相手を運命呼ばわりするのはよろしくないと思います。

 恋する乙女は、妄想を暴走させます。

「この暗号をといたら、この方を全力で探しましょう! すぐにでも婚約させたいわ」

 その捜索にも結局、私をこき使う気なのは間違いありません。「婚約させたい」なんて、なんと上からものを言うのでしょうね。今に始まったことではございませんけれど。

「して、お嬢様。この暗号は解けましたか?」

「そこなのよね」

 ようやく体を落ち着け、ぽふん、と柔らかい淡い茶のソファに腰掛けます。私はもちろん隣に座ることはせず、後ろに控えさせていただきます。

「四桁の数字だというのに、暗号は五つのパートに分かれている。何を意味しているのかな」

 私はヒントを口にせず、黙ってエイプリル様の考えの邪魔にならないように無言を貫きます。

「ちょっと、ぼんやり立っていないで、少しは手を貸しなさいよ」

 エイプリル様には、私が何をしても気に入らないというスイッチでもあるのでしょうか。口を挟んだら、それはそれで怒るでしょうに。

「お嬢様にわからないことが、私にわかるわけないじゃありませんか」

 苦笑いして言うと、エイプリル様は納得したように満足して頷きます。これを言って欲しいだけなのはわかっております。

「26、というのはポイントでしょうね」

 何気なさを装って言うと、エイプリル様は恋する乙女の瞳を、一瞬いつものひんやりする氷の刃の瞳に変えます。

「わかってるわよ、そんなこと」

 そう言うと、ひたすら26、26、とぼやきます。本当にわかっていたのかは、私の知るところではありません。

 はしたなくもソファにころんと転がり、紙を両手で持って天井に向けます。すかしたところで何も出てきませんよ。

「あの、お嬢様、ひとつよろしいですか?」

「なぁに」

 紙から視線を外さず、エイプリル様が答えてくださいます。

「本当に、この暗号付きのプレゼントを下さった方と、ご婚約したい、と?」

「本当よ。この方だって、あたしに好意があるからこそ、こんなことしてくれているのだもの」

「そうとも限りませんよ。伊達や酔狂でこういうことする方もおりますし。あっ、だいぶ御年を召した紳士かもしれませんね。さすがに九歳のお嬢様とは釣り合いがとれません」

 すると、エイプリル様はふぅ、と小さくため息をつきます。現実を知って諦めてくれたのでしょうか。

「この文字を見たところ、十代後半から三十代前半といったところでしょうね。つまり、あたしは問題ない年齢よ。もっとも、六十のおじいさまでも構わないけれど」

 エイプリル様が構わなくとも、六十のおじいさまは構うでしょうに。

「エイプリル様のことを、恋愛対象として見ていない方でしたら、どうします? 九歳のエイプリル様を、そういった目で見る方は少ないと思うのですが」

 年齢もさることながら、普通に怖いですし。

 エイプリル様は、窓の外を眺め、どこか陶酔したように視線を泳がせます。

「あたしが読んできた本には、人を愛するときには必ず悲しみが訪れる……時に相手の命を絶ってまで」

「はぁ」

「フィクションだとわかっていてもね。きっと、恋なんて恐ろしいことに身を投じるなんてしないと思っていた。ねぇアウグスト」

 いつもの命令ありきの高圧的な呼びかけではなく、気弱な声色を感じて目を丸くしてしまいました。明るいうちに、屋敷の雨漏り箇所を点検しておいたほうがよいでしょう。

「なんでしょう?」

「あなたはチェリーだけど、恋をしたことはある?」

「あります!」

 チェリーをかき消すように大きな声を出してしまいました。何度も言うようですが、私は相手がいないから二十四歳まで純血を貫いたのではなく、私にふさわしい相手を待っているだけなのです!

 今現在も、私、恋しております。ええ、それはとても無謀なお方。こちらのお屋敷に来てから、一目惚れ、なんてものをしてしまいました。

 お相手は、なんと、エイプリル様の叔母君であるジュアン様。つまりは旦那様の妹君に片思い中なのです。

 御年二十九歳、十年ほど前に結婚していらしたそうですが、現在は未亡人。今は特定のお相手を作ることなく、慈善活動に精を出しております。

 エイプリル様とは似ても似つかぬ、謙虚で、儚げで、優しく美しい女性です。

 可愛らしいお顔と、純粋そうなお声を思い出すだけで顔がほころんでしまいます。

「いいわね、そんな顔になれる方が心の中にいて。あたしにも見せて欲しいわ」

 はて、私の空耳でしょうか。エイプリル様から寂しそうなお声が聞こえてきました。

 怖い、凶暴、暴君、悪魔というふたつ名をほしいままにしてきたエイプリル様ですが、少女らしい願望があるようで安心いたしました。

 暗号付きプレゼントを下さった方が、運命の相手ではないのが残念ではあります。が、いつかきっと、お嬢様にもそんな命知らずな青年が現れますよ、ファイト!

 そしていつの日か、この私めをジュアン様に「とっても気の利く、素敵な執事なの」とご紹介いただければ、このアウグスト、今後もどんなわがままにも付き合っていく所存です!

 そんな下心を知らず、エイプリル様は謎解きに没頭していらっしゃいます。

 しばしの沈黙の後、ようやくエイプリル様から喜びの声があがります。

「わかったわ! 簡単簡単」

 ソファの上に、ぴょんと起き上がり、私に紙とペンを持ってくるよう指示しました。簡単というわりには、まぁまぁ時間がかかりましたけれど。

「この26の秘密は、アルファベットよ。AからZまで、26あるの。つまり、1/26は、アルファベットの最初、Aということね」

 書き記しなさい、ということで、私が紙にAと書きます。ご自分で書いたほうが早い気もしますが、逆らいません。

「アルファベットの16、18、9、12番目を書いていくと……」

 お嬢様の回転の速い頭で、アルファベットは次々と発せられます。

 16番目はP、18番目はR、9番目はI、最後は意味を悟ったかのように、エイプリル様は感嘆の声と共に、12番目のアルファベットをL、とおっしゃいました。


 APRIL


「あたしの、名前」

 頬を染め、エイプリル様は私の書いたAPRILの文字を長いこと、凝視します。ロマンチックですねぇ。

「これで、四桁の数字、でしょ。ということは、あたしの誕生日かな」

 お嬢様は恐る恐る、といった様子でダイヤル式の鍵に小さな指を添え、自らの誕生日である「0401」にあわせます。

 かちり、とささやかな音と共に、鍵が開きました。

 潤んだ瞳で、両手でゆっくりと、宝箱を開けます。私もどきどきしてしまいますね。

 中には、お嬢様にぴったりな赤い靴。先日、干潟で靴を泥まみれにしてしまったから、その代わりです。

 もちろん薄給の執事ですから、旦那様に事情を説明して料金は頂き、お嬢様馴染みの靴職人に急いで作っていただきました。

 新しい靴を欲しがっていたエイプリル様は喜んでくださるはず!

「嬉しい。嬉しいわ。でも、この方は、あたしに好意など抱いていないのね」

 思いがけない言葉に、私は裏返った声を出してしまいます。

「なぜっ……そんなことを?」

「靴を贈る、ということは、この靴を履いてどこか遠くへ行ってくれ、という意味になるのよ」

 力なくそう言うと、宝箱を閉めてしまいました。予想外の反応です。

 靴を贈ることについて、そこまで深く考えておりませんでした。それに、そういわれるのは“恋人同士”の場合だったような。

 あわあわする私を他所に、お嬢様はふてくされたようにソファに座りこみます。

「エイプリル様、あの……」

「ねえアウグスト。このプレゼントをくれた方は、どういうつもりなのかしら。好意があるわけでもないし。名前も明かさないならば、あたしに媚びを売るとしても意味がないと思うのだけど」

「さ、さぁ。私には図りかねます」

 そう、と呟くように言うと、暗号の書かれた紙と、APRILの紙を合わせて、乱暴に私に渡してきました。

「謎は解けたし、あたしの目の届かないところで処分してちょうだい」

 それだけ言うと、エイプリル様は側にあったミステリー小説を手にとり、そこに目を落とし始めました。こうなると、何を言っても返事はいただけません。

 処分しろ、とはどういう意味でしょう。紙を見比べ、私は背筋がぞっとしました。

 暗号文の字体を変えたとはいえ、同じ筆跡だとバレてしまったのでしょうか。まさか、エイプリル様が真偽を確かめるために私に書かせた?

 いや、しかし。ミステリー好きとはいえ、九歳の少女。そこまで機転が利くかどうか。実際、さほど賢くはないですし。大丈夫、きっと。

 エイプリル様の暇つぶしとなればそれでいい。探偵とお友達になりたいと言い出されては面倒。ちょっとした驚きを提供できれば。

 それだけだったのに、なんだかエイプリル様を傷つけてしまった気がしております。

 私はこの暗号文と、APRILの文字を抹消するため、重い足を動かし、裏庭の焼却炉へ向います。もう一度見たい、と言われたら困りますから。お互いの秘密は、秘密のままで。これからもエイプリル様が好奇心から危険な目に合わないよう、見守ってまいります。

 



        了

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