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戦略1・謎は足で

「あたしのケイシーが窓から飛び降りたの。真実を突き止めるために協力しなさい」

 言いつけられていた掃除を終え、一息ついていた私、新米執事のアウグスト(生涯彼女募集中の純情男子です)。

 玄関から入ってきたエイプリル様に、やたら恐ろしいことを告げられた時は、思わず心臓が痛みました。

 飛び降りなど!

 美しいプラチナブロンドのゆるやかなカーブを描く髪。白い肌にはピンクに染まった頬が愛らしさをプラスしている。伯爵令嬢という立場が似合うお嬢様だ。

 とはいえ、その口調には令嬢らしからぬ威圧感やがさつさがにじみ出ている。話しかけられると緊張してしまいます。

 はて、飛び降りたケイシーとは誰だったか?

 今、お嬢様の腕に抱きかかえられている物。それがケイシーという、エイプリル様の可愛がっていらっしゃるお人形。そうでしたそうでした、人形でした。

 私は胸を撫で下ろします。人でなくて安心。

「エイプリル様、ケイシーは飛び降りることは出来ません」

「わかってるわよ、バカじゃないんだから。比喩よ、比喩」

 私を小バカ……いや、大バカにした態度に頬が引きつりそうになります。けれど、このこまっしゃくれたガキ……いいえ、御年九つの健気で純粋とは程遠いお嬢様の言葉に惑わされては、執事など務まりません。

「して、ケイシーがどうしたのです?」

「ねぇアウグスト。あたしが一時間部屋から離れた間に、この部屋に入った人は誰かしら。ちゃんとチェックしていたでしょうね」

 お部屋の前にお嬢様が盛大に赤インクをこぼしたせいで、私がひたすら汚れを落としていたから、単純に目にしてただけなのですが。

「え、ええ。お嬢様のお友達のコリンくん、その妹のクララちゃん。そして、日雇いメイドのファニーが掃除に。それだけですかね」

 私が頭をめぐらせて入室者の顔を思い浮かべる。

「その中の誰かが、あたしのケイシーを窓から放り投げたのよ。犯人を見つけるから協力しなさい。あたしの部屋に行くからついて来て」

 「まったく恨まれる心当たりがないわ、でもケイシーは勝手に外に出ないもの……」と、ぶつぶつぼやている。

 恨まれる心当たりがない、なんて、とても幸せな思考の持ち主ですエイプリル様。

「次の執事は若くていい男、って言ったのに。ただ若いだけじゃない。これなら渋いおじ様のままでよかったわ。博識だったし。健康上の理由がなければやめないで欲しかったな」

 エイプリル様は二階にある自室に行く途中も、私への罵詈雑言は欠かしません。

 いやはや、まいったまいった……。

 顔の良さには自信があって推薦され、この屋敷に来ただけに、そのプライドは初日からずたずたのガラガラです。前任者の執事のおじ様、というのが、エイプリル様のせいでご病気になられたのでなければよろしいのですが。

 エイプリル様の部屋は、幼い女の子とは思えない質素なお部屋です。唯一の宝は、ミステリー小説を詰め込んだ本棚でしょうか。広い部屋のほとんどを黒や濃い茶の背表紙で埋め尽くしておいでです。

 私は、エイプリル様に抱かれたケイシーをちらりと盗み見ました。

 買われた当初はいたって普通の、男の子の人形だったはずです。

 しかし現在、ミステリー小説のトリックを考える際の『生贄』として、あちこち縛られたり刺されたりしている、大変かわいそうな人形です。違うおうちに買われていれば、こんなことにはならなかったでしょうに。

「さっき庭に飛んできたのを見たの。二階の、あたしの部屋の窓からね」

 そう言うと、エイプリル様はケイシーの首根っこをむんずと掴み、窓の向こうへ投げ捨てたのです!

「エイプリル様! なんてことを!」

「犯人を見つけるためよ」

 可愛らしい笑顔を向けて、私に親指を立ててきます。そんな荒々しい仕草、どこで覚えたのやら。この笑顔だけならば、エイプリル様より可愛いお嬢様はおりませんでしょう。

 エイプリル様はつま先立ちをして、窓から庭を見下ろします。

「ふぅん……」

 何かを悟ったように呟きます。何がなにやら。

「アウグスト。拾ってきなさい」

 へ? 投げたのはあなたでしょう。

 なんてものは愚問です。逆らうだけ時間の無駄です。私はエイプリル様のおかげでだいぶ育った下半身を動かし、ケイシーを拾いに行くだけです。

 ぜいぜいと息をきらし、ケイシーと共にエイプリル様の部屋に戻ります。

 すると、お嬢様は椅子の上に立って私を睨みつけました。先ほどケイシーを投げた場所より、少し窓から離れております。

「遅い!」

 怖い、怖いです。声が凶器です。社交的な場面の会話では、なんとも涼やかでか弱い声を発するというのに……。

「アウグスト、あなたいくつ?」

「二十四歳です」

「違う。五十メートル走のタイム。あなたの年齢にまったく興味はない」

「えっ、ええと、わかりかねますが十秒は切るかと……」

 正直運動は苦手です。

 ふぅ、と呆れたようにため息をつきます。

「期待しただけ損ね。ほら、はやくケイシーを返して」

「何をしているんです? 私はなんでこんなに走らされて……」

「あら、謎は足で解くもの、ってあの辺りの本に書いてあったわ」

 恨むぞ、作者! というか、そんな話も真実か微妙ですが。

 ケイシーを返すと、エイプリル様はなんと、その手でまた窓の外へと投げ捨てたのです!

 ぴょん、と椅子から降りると、またつま先立ちで庭を見下ろします。

「犯人がわかった。コリンとクララを呼んできて。まだ応接室にいるから。それから、ケイシーも拾ってくるのよ」

 したり顔のお嬢様。人の足で、謎を解いたようです。息を整え、私は再びエイプリル様の部屋を出ました。


 応接室に閉じ込め……いえ、待機させられていた同級生のコリンくんにクララちゃん。たぶん七歳くらい。そして私と同じ年くらいの日雇いメイドのファニー。ファニーはその場で釈放と相成りました。

 二度とこんな家に働きにくるか! と私に怒鳴られましても。悪いのはお嬢様です。



「さっそくだけど、ケイシーを投げたのはあなたね」

 そう言うと、エイプリル様はクララちゃんを指しました。恐怖で言葉もないクララちゃんの前に立ち、コリンくんが背中にかばいます。

「エイプリルちゃん、いきなりなんだよ」

 しかし、声は震えております。かわいそうに。

「あら、コリン。あなたが罪をかぶるというならそれで構わないけれど?」

「そ、そうだよ、俺だよ投げたのは」

 美しい兄妹愛。しかし、それすらもエイプリル様にはオイシイ謎解きのエッセンスとなってしまうのです。この程度の問題が謎解きと言えるのかは疑問ですが。

 間違ってもご本人に「この程度」とはいえません。一応、大事にしているお人形を投げられたわけですから。

 それ以上にケイシーにされた仕打ちを考えれば、いかんとも言いがたい状況ではございます。

「どっちでもいいわ。とにかく、あたしが目撃した『窓からケイシーを投げる人』はいなかったのよ」

「はい? お嬢様、何を。先ほど投げられたのを見たっておっしゃいましたよ」

 私の疑問に、エイプリル様はさくらんぼのような唇を持ち上げます。プラチナの髪と相まって、本当のお人形のようです。

「肝心の投げる人影が、庭にいるあたしには見えなかった。身長のある大人ならば相応に窓から距離をとって投げた、ということよ。けれど、窓から離れたときに投げると、落下点が違うのよ。あたしがケイシーを拾ったときと。逆に、あたしと同じくらいの身長のクララなら、窓に近寄って投げられる。そうすると、壁際にそって力なく落下するの」

 そう言うと窓に近寄り、ぽい、と再びケイシーを投げたのです。これをするために拾わせたのですね。多分ですが、もう一回拾いに行くのでしょう。

 その落下地点も、その時の投擲の力とか、風とか、なんやかんやで変わると思うのですが。そんなことを言おうものなら、私が落とされかねないので黙っておきます。

 子供が恐怖に震えていても助けられないヘタレ執事で構いません。私の命が大事です。

「つまり、メイドのファニーではない。そしてあたしやクララと似たような身長だけれど、コリンではない。だってコリンはあたしのモノに対してそんなこと、怖くて出来ないもの。ね?」

 そう言って、コリンくんの顔を覗き込む姿は悪魔です。恐ろしい。学校で、彼はどんな仕打ちを受けているのか。

 私の位置からコリンくんの表情は覗えませんが、背中が笑っちゃうくらい震えておりますね。

 とうとう、クララちゃんが大泣きしてしまいました。逆に、よくぞここまで堪えました。偉い!

「だ、っだってぇ……そのお人形、怖いんだもん! あっち行って! って投げたら、外に……」

 ケイシーは赤インクで血塗られ、縛られ刺され……そりゃ、七つの女の子が思わず投げ捨ててしまうのも仕方ありません。

 ケイシーをどうこうするのは自由ですが、赤インクをこぼして私に掃除させるのはもうカンベンしていただきたいものです。


 強引な謎解きでしたが、ちゃんと犯人(と呼ぶのも可愛そうな話です)が、わかって一見落着です。



「事件解決後にいただくクランベリーパイは絶品だわぁ」

 お嬢様の大好物、クランベリーパイを口いっぱいほおばる姿は、いたいけで純粋な、年相応の少女なのです。

 相変わらず、傍らには不穏な姿のケイシー。彼がようやく腰を落ち着ける状態になって、なぜだかほっこりしますね。

「エイプリル様、この件で、あまりコリンくんをいじめてはいけませんよ」

 おずおずと忠告すると、エイプリル様は氷のような眼差しを向けてきます。実際、そのアイスブルーの瞳ににらまれたら、石になるとかならないとか、そんな噂もあるくらい。言ってから激しく後悔。

「余計なことは言わないように。今度言ったら、チェリーを息が出来ないくらい口に放り込むから」

「チェリーってバカにするなぁ!」

 ……と、言いたいところは我慢。私は純情であることに誇りを抱いているのですから! 強がりではなく!

「大丈夫。このことは水に流して、今までどおり接するから」

 そう言うと、もぐもぐとクランベリーパイを食べ続けました。

 赤い果実が弾け、口からひとすじの血が流れているようにも見えてしまうあたり、私もだいぶエイプリル様に毒されているということでしょうか。

 コリンくんに対して、今までと一緒ということは、今後も酷い目にあわせられるのでしょうね……。

 大丈夫、お嬢様は好きな子にしかイタズラしないって、私は信じておりますよ。お嬢様がお友達を家に招くのは稀だ、と長年務めるメイドも申しておりましたし。

 それに、コリンくん。

 なんだかんだ、エイプリル様に邪険に扱われるの、嫌いじゃないでしょ?

 私もです。



  了

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