第三話 ヘタレの受難
俺の名は、小杉翔太。ネットではコドクと名乗っている。
ハンドルネーム通り、俺は孤独だ。いわゆるコミュ障ってやつだ。
ネットでは顔を見ないから、割と普通に話ができるのだけど、いざ
対面して話をすると、うまく言葉が出てこないのだ。俺には姉がいる。
この姉が男勝りの姉で、俺は幼い頃から姉ちゃんの脅威にさらされ、
シスコンの反対、シスター恐怖症とでも言おうか、俺がウジウジしてると
すぐ姉ちゃんは怒鳴り散らすのだ。
「てめえ、チンコついてんのかよ!」
姉ちゃんはすぐに俺をそう罵倒する。できることなら、このチンコを
あなたに贈呈したいです。そんなことを言おうものなら、ぶっとばされるので
絶対に言えないけど。
姉ちゃんは体が大きく、群を抜いて背が高く、おまけに幼少の頃よりずっと
空手なんて習っているから無敵だった。俺はと言えば、親に無理やり、姉ちゃんの
ついでに空手を習わされたんだけど、ヘタレなので1ヶ月で音を上げてやめた。
俺は体が小さく、苛められっこだったから、いつも姉ちゃんに守られてきた。
俺を苛めるやつは全て姉ちゃんにぶっとばされた。その後俺は、もう一度
家に帰って姉ちゃんにぶっ飛ばされるのだ。男の癖に情けない。鍛えてやる、
とかなんとか理由をつけて、俺をぶっ飛ばすのだ。たまったものではない。
「翔太には怖い姉貴がいる。」
そういう噂が広まると俺は苛められなくなったけど、本当は情けなかったし、
姉が恥ずかしかった。姉本人は自信に満ち溢れているけど、影ではゴリ女とか
悪口を言われていたし。もっと綺麗でかわいい姉なら良かった。
高校時代に姉がいることを知ると、お盛んな同級生たちは、俺の家に
遊びに来たがったが、いざ一度来ると、二度と遊びにこなくなった。
俺はいつも、姉ちゃんの顔色を伺いながら生活していたのだ。
ところが、たで喰う虫も好きずきと言うが、こんな姉ちゃんでも結婚できた。
おそらく相手の男はドMだろう。そう思っていたが、意外にもゴリゴリの
マッチョを連れて来た。そうか、姉ちゃんがひ弱な男が好きなわけないな。
俺みたいな。俺は自虐的に哂った。
嫁に行った後も、姉ちゃんは時々俺をぶっとばしに来る。
「てめえ、まだ就職してないんか!」
そう言いながら、俺に数々のプロレス技をかけてくるのだ。
そんな俺が、このしょぼい能力に目覚めたのは、俺が高校1年の頃だ。
あの、電車の異臭騒ぎの日。俺はその頃、欲しいものがあって、学校に内緒で
こっそり夜、バイトをしていたのだ。帰りは終電ギリギリだった。その日、
俺の他には、その車両には6人程度しか、乗っておらず、中学生くらいの
男子と、スーツを着た20代くらいの小太りの男、あとはサラリーマン風の
おっさんが3人。電車に揺られていると、なんだか妙なにおいがしてきたのだ。
そのにおいを辿ると、どうやらおっさんのうちの一人のカバンからなにやら
液体が漏れている。カバンだけがそこに放置され、何故かおっさんたちは
一人もいなくなっていたのだ。
俺の頭の中で警報が鳴った。俺は、数十年前に起こった、あの異臭の事件を思い出していた。これは、吸ってはいけない。そう思った時には、もう遅かった。俺はだんだんと意識が朦朧としてきた。
中学生の男子と、小太りのサラリーマンもすでに座席に横たわっていた。
やばい。早く、この電車から降りないと。朦朧とする意識の中、ぼんやりとガスマスクをつけた先程のかばんの主と思われるおっさん達が、俺を覗き込んだ。
それと同時に、チクリと俺の腕に痛みが走った。ヤバイ、こいつら、俺に何をする気だ。他の二人のおっさんは、中学生とサラリーマンに何かしていた。
電車のドアが開いた。今だ!足は動くか!よし、動く!逃げろ!
「お前ら、逃げろ!」俺が大声で叫ぶと、他の二人も体を起こした。
ドアが、閉まる瞬間、ガスマスクのおっさんたちも、ホームに転がり込んできた。
俺は駅員さんを見つけ、すぐに通報するように頼んだ。まだ、電車の中には、
中学生とサラリーマンがいることも伝えた。助かった安堵から俺はそのまま、
意識を失ったのだ。
気がつくと病院だった。姉ちゃんもさすがに、この時ばかりは優しかった。
俺が入院中退屈だろうからと、ゲームボーイを持ってきてくれたりしたのだ。
異臭騒ぎは、しばらくマスコミをにぎわせた。ガスマスクの男など、謎が多く
マスコミはこぞってこの事件を報道し、俺は被害者であるに関わらず、マスコミから追い掛け回され、ことごとく姉ちゃんが蹴散らしてくれた。
俺は病院のベッドで、あの正体不明のガスマスクのおっさんのことや、同乗
していたやつらがどうなったのかが気になった。どうやら、他の二人の被害者も
助かったらしい。依然犯人の足取りは掴めていないようだ。
俺はおっさんたちが刺した腕を見た。何か針のようなもので俺を刺したのだ。
しかし、その刺された場所は腫れることもなく、小さな穴が開いているだけで
体には何も異常は無かった。
かに思えたのだ。
俺は、その日以来、妙な能力が備わったことに気付く。
3秒後の未来が見えるようになったのだ。