最終話 天下無敵のへっぽこ
強制捜査のあった施設からの帰り、車内は重い空気に包まれていた。
俺たちは、ユウヤにかける言葉が見つからずにいたのだ。
「お兄ちゃん達、心配しないで。おじいちゃんとおばあちゃんは、小さな頃しか会ったことないけど、すごく優しい人たちだよ。僕の記憶では。おじいちゃんとおばあちゃんは、僕の両親がああなってから、絶縁状態になってたけど、久しぶりに会った日、すごく喜んでくれたよ。」
ユウヤは、悲しい子だ。言わずとも人の心がわかってしまう。きっと酷いこともすべて飲み込んできたのだろう。
「それとね、お兄ちゃん達は、その能力を捨てたいと思ってるでしょ?ごめんね。頭の中を読むようなまねをして。でも、その願いは叶うよ。」
俺たちは全員、ユウヤを一斉に見た。
「おい、お前は前向いてちゃんと運転しろ!あぶねえだろうが!」
俺はユウヤをガン見している運転者のビプ男に注意した。
「そっか、そんなことまでわかってたのか。」
ナナシがぽつりと言った。たぶん、能力に一番悩まされていたのはナナシだろう。
俺も10秒後の未来が見えたり、透視できる能力などいらない。人生は見えないものがあってこそ面白いんじゃないか。俺はそんな青臭いことを考えていた。
「ホントは俺だって、人を燃やすなんて能力なんていらないんだ。人を呪わば穴二つって言うだろ?」
ビプ男が珍しくまともなことを言っている。俺はおかしくて笑った。
「何がおかしいんだよ、コドク。」
ビプ男が怒った。
「俺たち、そろそろ本名で呼び合わない?」
俺はみんなに提案した。
ナナシこと、水本弘樹。
ビプ男こと、長見和明。
そして俺、小杉翔太。
お互いが初めて名前で呼び合った。
「で?どうやって能力を捨てるんだ?」
俺はユウヤに訪ねた。
「僕が念じて、お兄ちゃん達の体に居る線虫を外に出す。あれを媒体にしておにいちゃんたちは能力を使えるようになったから、あれを外に出すだけで、お兄ちゃん達は元に戻れるよ。」
「えっ?出す・・・って?」
俺は思わず、あれが体を突き破って外に出るグロいシーンをイメージした。
「違うよー、そんなの痛いじゃん。えーっとそのぉ、明日になればたぶん出る。」
え?意味がわからない。
「えっとね、繊維質をたくさん食べるの。わかる?」
そ、それってまさか・・・。尻の穴か?
俺はぞっとした。尻の穴からぶら下がる線虫。
「大丈夫だよ。そんな大きな虫じゃないんだよ。だって注射器の針を通る大きさだよ?たぶん出たのにも気付かないくらいだと思う。」
俺たちはほっと胸をなでおろした。
そして、俺たちは、次の日の排便と共に、一切の能力を使えなくなったのだ。
それから数ヵ月後、俺と和明はある目標に向かって歩み始めていた。今、ユウヤの祖父母の家に農業の手伝いを兼ね、農家になるべく修行を積んでいる。
「まぁ、俺の実力、見てろって。俺は大規模農業家になる男だ。」
相変わらず、ビプ男こと長見和明は根拠のない自信を持ち続けている。確かに、和明はアイデアマンで、彼のアイデアはいつも皆を唸らせるものがある。
俺は、仕事を終え、くたくたで家に帰ると、何故かナナシこと、水本弘樹が我が家に居た。
「あれ、今日は稽古の日だっけ?」
弘樹はスマホを操作しながら
「ううん?違うよ。」
と答えた。こいつも、苦悩から解き放たれ、いつも耳にしていた高機能ヘッドホンは消えていた。もうあれは必要なくなったのか。
「たっだいまー、腹減ったー。」
玄関から大きな姉ちゃんの声が響いた。そのとたん、弘樹がガタンと椅子から立ち上がった。
「な、撫子さん!お帰りなさい!」
俺は飲んでいた麦茶を噴出した。
そ、そう言えばうちの姉ちゃんそういう名前だっけ?
まったく、親も自分の娘見てよく考えて名前つけろよな。
「何、笑っとんじゃ!」
次の瞬間、俺の頭にヘッドロックがキマっていた。
その様子を弘樹が羨ましそうに見ていた。
お前はマゾか。
それからさらに1年後、俺と和明は小さいながらも農園を始めた。
弘樹は高校を卒業前に、俺の姉ちゃんに告って見事に玉砕。そりゃ7つも下の男って、いくら姉ちゃんがバツイチだからって、考えるわ。傷心の弘樹は、東京の大学に進学した。
「お兄ちゃん達、明日は風がヤバくなりそうだよ。」
声変わりしかかった、ちょっと大人びたユウヤが言った。
「そっかぁ、じゃあちょっとハウスを低くしとくか?」
俺たちは大切な野菜が被害に遭わないようにハウスを低くして飛ばないように周りに錘を乗せた。ユウヤは生まれつきなので、能力は無くならないようだ。
でも、能力がこんなのどかなことに使われるのならユウヤも辛くはないだろう。ユウヤは普通に小学校に通い、来年は中学生だ。これからまた苦難があるかもしれないけど、辛いときは俺たちがついてるからな。
なんたって、俺たちは天下無敵のへっぽこなのだから。




