第二十話 大脱出
「ロッカーに忍び込むの、結構ドキドキしたよ。」
ユウヤが俺に報告してきた。どうやら、ロッカーの方は警備が手薄らしい。
一応研究員のロッカーは全て施錠してあるようだが、所詮市販のロッカー。開けようと思えば、差し金を突っ込んでラッチをあげればいいだけの話で小学生のユウヤでも容易く開けられたようだ。今日は外回りの研究員のロッカーから名札を拝借した。でかしたぞ、ユウヤ。
後は俺の読んだ番号をユウヤに入れてもらうだけだ。番号のテンキーは、どちらが1から始まるのかわからない。上か、下か。
「ユウヤ。テンキーの並びをこっそり見てくれ。」
「うん、わかった。」
「どっちが1になってる?上か、下か?」
「んーとね、上から1だよ。」
それを聞いて俺は青くなった。ヤベー、もうちょっとで間違った番号を押して気付かれるところだった。5・7・2・3の逆だから、5・1・8・9。
「ユウヤ、5189だ。今からビプ男が騒ぎを起こす。その間に俺の部屋を開錠してくれ。今からビプ男に思念を送って、始めろって言ってくれ。」
「うん、わかった。」
しばらくすると、ビプ男の喚き散らす声がしてきた。意味不明の言葉を連呼し、狂ったふりをする。そして、防火処理されている監視カメラに向かって炎を放ち続ける。
「そんなことをしても、無駄だと言ってるだろ!やめなさい。さもなくば大人しくさせなくてはならなくなるよ?」
研究員の制止にもかかわらず、ビプ男は念じ続け、防火ガラスを熱し続ける。すると、どんどん画面はくすんでいった。研究員達は慌てて静止させるために、ビプ男の部屋へ急ぐ。今だ!ユウヤがすばやく、番号を押し開錠する。俺の部屋のドアが開く。そして、ユウヤにもう一つ頼んでいた物を手渡される。俺はビプ男のもとに走る研究員を追いかけ、追いついたとたんにユウヤを羽交い絞めにし、ユウヤの胸に刃物を突きつける。ユウヤに頼んでいたのは、脅すための刃物。
「声を出すな。出したらこの小僧を刺す!」
俺は怖かったが、声にドスをきかせた。研究員は振り向き、俺がユウヤを人質に取ったことに慌てて固まっている。「開錠の番号を押せ。」と言った時には、さすがの研究員も戸惑ったようなので、俺はナイフをユウヤのわき腹から首に押し付けた。
「早くしろ、俺は本気だぞ。」
研究員はか細い声で
「わかりました。」
と俺に告げた。こんな乱暴な方法は避けたいのだがやむをえない。
ナナシの部屋のドアが開いた。そして、ナナシが外に出たのを確認して、ユウヤに思念で研究員からビプ男の部屋の番号を読んでもらった。俺たちはユウヤからの合図を待って、ユウヤを解放し、脱兎のごとく逃げた。案の定、研究員たちは俺達を追いかけてくる。よし、ユウヤ、後は頼んだぞ。俺たちは、自分たちの能力を駆使して、逃げ道を確保した。
ユウヤは俺から逃れるふりをして、ビプ男の部屋の前に立った。案の定、コドクとナナシが逃走したことに気を取られて、おとなしくなったビプ男の部屋の前には誰もいなかった。ユウヤは開錠の番号を押した。するとドアが開き、ビプ男が出てきた。
「おじちゃん、早く逃げて。」
ユウヤがそうビプ男に言うと、
「俺はおじちゃんじゃねえ、って言ってるだろうが、この小僧!」
と大人げなくどうでもいいことを言った。
ビプ男は影に隠れながら、施設を移動したが、さすがに太りすぎた。
すぐに見つかってしまった。
俺たちの後からドタドタと丸い物体が追いかけてくる。
「おーい、待ってくれ。俺を置いていくなよ、お前ら!」
ビプ男の肩を研究員が掴む。すると、ビプ男は巨体でそれを振りほどき、
体を固くして全身に力をこめた。そして、大爆音がした。
「なっ!」
俺は思わず、その様子を見て叫んだ。
なんと、ビプ男の尻から炎がジェット機の燃料のように噴出したのだ。
「嘘だろ?」
ナナシも走って逃げながら叫んだ。
ビプ男の後ろでは数人の火達磨の人間が転がりまわっていた。それと共にスプリンクラーが作動した。なんとか、その火達磨だった研究員は大事にはいたらなかったようだ。多少のやけどはあるかもしれない。
「見たか!俺の新しい能力、ジェット噴射屁を!わはははは!」
まったく、無茶苦茶するな。尻は大丈夫なのかよ。
ユウヤも何とか、施設を抜け出し、俺たち4人は表に停めてあったワゴン車に乗り込む。
「ユウヤ、キーは?」
「抜かりはないよ。」
ユウヤが車のキーを投げる。
「え?お前が運転なの?」
当然のように運転席に座るビプ男に一抹の不安を感じる。
「大丈夫だ。俺、免許取って2回も運転したことあるんだぜ?」
そう言いながら親指を立てる。
その根拠のない自信はどこから来るのだ。
ワゴン車のタイヤは煙をあげながら発進した。恐怖のドライブの始まりだ。
俺たちはジェットコースターのように山道を走るワゴン車に揺られ青くなっている。当然、ユウヤをさらわれているから、必死で追いかけてくる。
ビプ男の運転技術は2回目とは思えないほど素晴らしかった。くねくねした山道を猛スピードで下り、後続車をぐんぐん引き離していった。
山を下りきって、人里が見えてきた。民家がぽつぽつと点在している。
「おい、みんな歯を食いしばれ!」
突然ビプ男が叫んだ。
俺に10秒後のビジョンが浮かび、ビプ男に向かって叫んだ。
「やめろ!何をする気だ!」
ナナシはビプ男の真意がわかったのか黙って歯を食いしばった。
次の瞬間、スピードを緩めて、ビプ男は民家脇の電柱に車を追突させたのだ。
ゆるいスピードとは言え、結構な衝撃だったが、エアバックまでは出なかった。
「追いつかれるぞ!何やってんだ!」
俺はビプ男にヒステリックに叫んだ。
すると、ビプ男は悠々と運転席から出て、びっくりして出てきた民家のおばちゃんに向かってこう言ったのだ。
「すみません、事故っちゃいまして。警察に連絡してもらえませんか?
それと子供が怪我をしました。救急車も呼んでください。」
怪我もほぼないユウヤを救急車に乗せ、警察の事情聴取を受けてるところに、やっと後続車が追いついて、俺たちがユウヤをさらったと言ったのだ。
「さらっていません。ユウヤ君に、施設から連れ出して欲しいと頼まれたんです。」
そう主張したところで俺たちは収監は免れなかった。
その後、ユウヤは病院で両親と再会した。
「パパ、ママ、僕はあそこにはもう帰らない。」
ユウヤはきっぱりと言ってのけたのだ。
俺たちは自分達が、あの施設に監禁されていたこと、ユウヤに連れ出して欲しいと言われたことなどを、証言したが、警察は俺たちの言うことを信じてくれなかった。すると、ユウヤが助け舟を出してくれた。俺たちが監禁されていた証拠もユウヤはこっそりとデジカメで押さえていてくれたのだ。ユウヤは本当に、あの施設を抜け出したかった。小学生の幼い少年をそこまで追い詰めた両親も団体も糾弾された。強制捜査が施設に入り、他の監禁されていた人たちも助け出されたようだ。俺たちの未成年者略取の疑いは晴れなかったが、ユウヤが「自分が頼んだ」と言ってくれたので、俺たちは解放されたのだ。
強制捜査の日、ユウヤはどうしても、あの施設に行きたいと言うので、俺たちはまた、あの忌々しい施設に向かった。そして、ユウヤは自分の両親の逮捕を目の当たりにする。
「ユウヤ・・・。ごめんね。」
両親はうなだれていた。
「僕は大丈夫。パパ、ママ、僕、待ってるからね。パパとママが罪を償って帰ってくる日を。」
両親は号泣した。
ユウヤはこれから、母方の祖父母と一緒に暮らすことになった。




