第十七話 その男、凶暴につき
「コノヤロウ!出せ!ここから出せっつってんだよ!」
コンクリートの建物にガンガンと金属を蹴る音がする。
「所長、サンプルが暴れています。静かにさせましょうか?」
「ああ、そうだな。ちょっと鎮静剤でも打っておくか。」
そう言いつつ、二人の男が頑丈な扉に近づいて行った。
「静かにしなさい。でないと、痛い目に遭うよ?」
研究員のような白衣を着た男がドアの外で脅してきた。
「上等だよ、やれるもんならやってみろよ。」
ビプ男の怒りは頂点に達した。その瞬間、男の白衣は青い炎に包まれた。
「ぎゃあ!」
男は暴れながら、床を転がりまわり、火を消した。
所長と言われた男も驚いて、その様子を見ていた。
「ふん、ざまあみろ。俺は本当の悪党には容赦しねえからな。」
「あいつは危険だ。要注意だな。今度近づく時には麻酔ガスで眠らせなくては。」
所長は、自分の頭の中だけでそう呟いた。研究員は手に軽いやけどを負った。
「おじさん、乱暴はしないで。」
ビプ男の頭の中に直接、少年の声で話しかけてきた。
「なんだ!誰だ、お前!」
ビプ男は叫んだ。
「しっ、静かに。僕とは思念だけで話ができるから。黙って話を聞いて。」
少年はそう懇願する。
「お前か!俺をこんなところに閉じ込めたのは!」
それでもなお、ビプ男は叫ぶ。
「大きな声出さないで。お願い。それじゃ僕はおじさんたちを助けられなくなるよ。お願い、黙って僕の話を聞いて。」
少年はなおも懇願してきた。
「あのなぁ、さっきからおじさん、おじさんって。俺はまだ29だからな!で、お前は誰なんだ。」
ようやくビプ男は思念だけで話しかけた。
「僕はユウヤ。ここはESP研究所だよ。おじ・・・いや、お兄さん達はあの異臭騒ぎの時からこの団体にずっと監視されていたんだ。」
ビプ男は、この団体の正体、何故自分達がここに監禁されたか、一部始終をユウヤから聞いた。
「冗談じゃねえ。こいつら頭おかしいんじゃねえか?こんなのテロリストと何が違うんだ。」
「わかってる。僕もおかしいと思っている。狂ってると思う。だから、お願い。お兄さんたちの力でこの団体を告発してほしいの。しばらく僕に協力して。」
ビプ男には、にわかにこんな話は信じられなかった。だいたい、自分にこんな能力が備わったこと自体も信じられないのに。こんな頭のいかれた団体が、おかしな計画を企んでいる。
「お前、俺たちが告発したら、両親は捕まっちまうんだぞ?」
「覚悟はしてる。」
少年の決意がその一言に滲んでいる。幼い少年の決意が。
こんなはずではなかった。
ビプ男は自分の幼少期を思い出していた。両親はそこそこ財産があり、教育熱心で全てのレールを敷き続けて、そのレールに息子を乗せて順風満帆に育てて、いずれは自分の事業を継がせる気でいた。堅苦しい毎日。1週間全てが習い事や塾で埋め尽くされていた。友達などいなかったし、空気も読むことができなかったので、できなかった。そして、ある日、爆発した。大学を卒業したら、親の会社に入社する予定だったのを親に黙って全く関係の無い会社の面接を受け、入社した。最初は親は烈火のごとく怒ったが、これも武者修行ということで俺を独立させたのだ。今に見ていろ、お前の会社など、俺が乗っ取ってやるからな。ビプ男は反骨精神で、入社した会社でがむしゃらに働いた。だが、本来、人の空気を読まず、好き勝手に自分の提案を通そうとするビプ男に、保守的な会社は冷たかった。合理的であるがゆえに、煙たがられるというのはよくある話だ。会社など、しがらみだらけなのだ。ビプ男は、そんな会社に愛想を尽かして辞めてしまったのだ。
「どっちにしても、俺は中途半端だ。」
結局、親の庇護がなければ何もできなかった。いまだに、親は自分の会社を継げとうるさく言ってくるのに、自分の中途半端さをまだ認められずにいたのだ。
「よし、協力してやる。俺もこんな所で死にたくはないからな。」




