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第十二話  姉帰る

 捕まったバックバンドのギタリストの男は、業界ではかなり有名な

サイコパスらしく、得てして女性はそういうミステリアスな男に弱い。

かなりいっちゃってる感じらしく、陰ではヤクでもやってるのでは、

と噂されるほどで、実際はヤクはやっていなかったらしく、元々

そういう性格だったという話だった。見た目はチャラいしカッコいいから

自分にかなり自信があったらしく、ことはちゃんが振られた第一号だったらしい。

 プライドを傷つけられ、ストーカーと化し、ついには殺人未遂。

しかもコンサート会場でとかかなり精神的におかしい。

なんでも、コンサート会場でみんなの見てる前じゃないと意味がねえ

みたいな頭がおかしい供述をしているらしい。

  俺には一つ 、疑問があった。なんで姉ちゃんがことはちゃんのボディーガードを?どういう伝手があったんだろう。姉ちゃんに聞いて驚くべき真実が発覚。事務所発表では、ことはちゃんは20歳ということになっているのだが、姉ちゃんの同級生、24歳だと言うのだ。俺は軽くショックを受けた。ことはちゃんが若く見えてかわいいことには違いないのだが。

「ことはから電話があったんだよ。あの子、あの性格だからストーカーされてるのにマネージャーとかに言えなかったみたい。ギタリストの男ともあの週刊誌の件がある前までは仲良くて、誰にも言えなかったみたい。怖いから、側に居て欲しいって言われて、私を事務所にアルバイトとして雇うように口添えしたんだよ。」

姉ちゃんは俺にそう理由を説明した。


 姉ちゃんの活躍でことはちゃんが助かったため、姉ちゃんは一躍スターに。

と思われたが、以前の俺のこともあり、姉ちゃんは徹底的にマスコミを

シャットアウトした。絶対に顔出し禁止、取材も一切お断り。

 姉ちゃんなりに、もしかしたら弟の俺を気遣ってくれているのかもしれない。

この騒動でまた、あの異臭事件の被害者である俺のことがクローズアップされるのを避けたのかもしれない。


 結局、俺達のへっぽこ能力ではことはちゃんを守れないことが実証され、

俺達はしばらく落ち込んではいたけど、結果ことはちゃんが怪我もなく

元気でいてくれるから、結果オーライ。


 そして、何故か今、その姉ちゃんがずっとうちに居る。

「おい、なんでうちに居んだよ。マスコミでもうるさいのか?」

俺が姉ちゃんに言うと、姉ちゃんは黙って首を横に振った。

なんとなく不機嫌だ。

「旦那はいいのかよ、放っておいて。」

俺がそう言うと、姉ちゃんの首がぎぎぎと音を立てるみたいに

俺のほうを向いて、すごい目で睨まれた。

俺がわけもわからずに、母ちゃんに助けを求めたら、母ちゃんが

目配せをして「黙ってろ」の合図をしてきたので、俺はそれきり黙った。

 あとで母ちゃんにワケを聞いて俺は驚いた。

なんと、出張出張って旦那が出かけてたのは嘘で、浮気していたそうなのだ。

しかも、その浮気の相手は男。俺も二重の衝撃を受けた。マジか!

そりゃあショックだわ。言いたくないわな。

ほどなくして姉ちゃんは離婚して出戻りとなったわけで。


 姉ちゃんは実家で自分の食い分は自分で稼ぐと言って、空手を教えることになった。その生徒第一号が今、うちの納屋を改造した道場で稽古をしている。

ナナシだ。本名は水本弘樹、17歳、高校生だ。

一目惚れらしい。たで喰う虫も何匹も居るもんだな。まあ、姉ちゃんの顔は

造作は悪くない。俺と全く似ていない。男だったら絶対にモテまくりだ。

俺はナナシに、姉ちゃんが既婚者ということを言ったらかなりショックを受けていたけど、離婚して家に帰ってきたことを告げると、今まであれほど人との関わりに無関心だったやつが急に俺の家を教えろと言い出した。そして現在に至る。

姉ちゃんはもう24だし、年が違いすぎるだろ、考え直せとナナシに言ったが恋は盲目、年なんて関係ねえ、だそうだ。若いっていいよな。まったく。

俺が年下男を、お兄さんと呼ばなければならなくなる日が来ないことを願う。


 俺はほとぼりが冷めたころ、久しぶりにハローワークに向かった。

そこでばったり高校の時の同級生に会ったのだ。

「よお、久しぶり。お前も職探し?」

相手が俺を見つけて話しかけてきた。俺はあまり話したくなかったけど

相手が話しかけてくるのを無視するわけにはいかない。

「あぁ、俺はもう離職して半年くらいになるけど、さっぱりだわ。」

すると、相手も落胆した様子で

「そっかぁ、なかなか厳しいよな。俺もちょーブラックな企業でさ。

残業150時間だぜ?殺す気かっつぅの。」

と言った。マジか。俺の元の職場より酷い。

「それよか、お前の姉ちゃん、相変わらず強えぇな!テレビ見たよ。」

まぁ、見るやつが見ればわかるか。この近辺で大の男をドロップキックで

失神させる女なんて姉ちゃんしか居ねえもの。取材拒否したのに、無理やり

姉ちゃんをしつこく追い回したマスコミが居たから、あのクソ番組だな。

「あんとき、お前もチラっと写ってたからさ、懐かしくてさ。まさかここで

こうして再会するなんて思わなかったけどな。」

そいつは自虐的に笑った。

マジか。あの時俺、写っちゃったんだ。まったく。この国にはプライバシーってものは存在しないのかよ。訴えてやりたいくらいだわ。

俺達はその日、職は見つからなかったけど、せっかくだから遊びに行こうってことになって、そのままカラオケへとなだれ込んだのだ。


 その時、俺は気付かなかった。

後をつけられてたことを。

俺の周りに不穏な空気が流れて来た。

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