対決ミドリマン 激闘編
3話目にして色々構成し直しました。もし続けて読まれた方は最初から読み直して頂けると幸いです。
要の帰宅ルートはちょっとばかり遠回りになっている。
なぜなら一直線に公園を横切って帰宅できていたのだが、ここ一年間ほど公園全体がミドリマンの縄張りになっており遠回りでの帰宅を余儀なくされていたのだ。
ちょっとばかり時間をかけて帰宅する途中にあるコンビニで買っておいたパンをガツガツと詰め込み決戦の準備にとりかかる。
準備と言ってもこれと言って大した装備や道具は無い。
遠縁らしい叔母に与えられる小遣い程度では子供の防御力を上げるような物を買う事は不可能だし、黒ニワトリやワオネズミ、その他の謎生物が落とす変わった物、例えばキラキラと反射する色とりどりの水晶玉や謎生物自体の羽や牙なども使いようが分からず対ミドリマン戦では役に立ちそうに無い。
結局いつも通りに安物のジーンズに長袖シャツを着て、上からパーカーを羽織ると言った他人から目立たない服装に落ち着いた。
「よしっ、準備完了!」
身支度を整えた要は一声気合を入れてから公園に向かって走り出した。
公園に到着した要は慎重に歩みを進めてゆく。
ミドリマンと一度目が合って以来、ミドリマンは要を目にするたびに問答無用で襲ってくるからだ。
ゆっくりゆっくりと周囲を警戒しながら公園の中心にある噴水のある広場近くまで歩み寄り、公園で遊んでいる親子や児童達に不自然に思われないように、上る事ができる大きな魚のオブジェの影から噴水にちらりと目をやると首を振り左右に目をやる目標がそこにいた。
「いた!
あれ?手に何か持ってるし。
まさか・・・剣!?
な、何であんな物持ってるの?」
この間までは何も手にしていなかったミドリマンの右手には赤黒く鈍い光を放つ短剣が握られていたのだ。
無手のミドリマンでさえ要にとっては脅威となりうる存在だったのに、不吉な色をした刃を持つその姿は死神にも等しい存在になってしまった。
「だけど・・・
ミドリマンをこのままにしたらもっと強くなって全く勝てなくなっちゃうよね
やるしかないか・・・」
意を決した要は身を隠していた魚のオブジェからさりげない様子でミドリマンの視界を横切るように霊園に向かって走り出した。
もちろんミドリマンが見えていない他の人たちには子供が単に全力疾走しているとしか思えない姿で。
当然のようにミドリマンは追って来る。
要はなんとなくだが最近分かるようになってきた人の気配を避けて、小学校から反対になる公園の東出口から続く霊園への坂道を目指して全力で駆けるが、不意に人とは素早く近づいてくる上になんだか重たい気配を感じ取り思わず振り返ろうとしたのだが、それよりも早く空気の震えが体に当たるのを感じて咄嗟に身を伏せた。
カシィンッ!
「うわぁっ!」
体を沈めながらゴロゴロと前転して、すぐさま起き上がり音のした方向に振り返った要が目にした物は幹の深くまでに何かを食い込ませた柳の木だった。
食い込んだ物は・・・ミドリマンが手にしていた短剣だったのだ。
「あ、あぶなー!
刺さったら絶対死んでるって!
改めて気配が近づいて来るので走ってきたその方向に目をやると文字通りの鬼の形相でミドリマンが迫ってきていた。
慌てて霊園に向かって走りつつ、背後をちらりと見ると短剣をズズっと引き抜くミドリマンの姿があった。
「くそー!
あまり離れるとどこかに行っちゃうし、変に近づいたら投げつけられるし・・・
ああもう、やるしかない!」
結局要が選んだ戦法はできる限り近づいてミドリマンの攻撃をかわしつつ落とし穴に誘い込むという単純明快のものだった。
ただし、今まで以上に危険な状態になるのは間違い無いだろう。
丁度良い事に今居る地点から左の林をしばらく分け入った先が落とし穴のある空間だ。
決意した要の視界の先には坂の下からはミドリマンが鼻息荒く駆け上がってきた。
「ゲァッ!」
全く息も切らせずに要に追いついた瞬間に右手に持った短剣を要の頭目掛けてなぎ払う。
頭を少し静めながら上体を反らせた要の眼前を赤黒い刃が通り過ぎる。
数本の髪の毛が飛び散ったのは錯覚では無いだろう。
「っ!
なんとか見える!」
今までは冷静にミドリマンとは正面切って対峙してこなかった要だったが、向かい合い自らの目でしっかり見るとギリギリで速さに付いていけているようだ。
刃をかわしつつ落とし穴のある方角へ大きくステップしながら要は林に足を踏み込んだ。
視線はミドリマンから絶対に放さない。
割と単純なのかどうやらミドリマンは短剣での攻撃に固執している様子なのでそこに注意をしておけば問題無さそうだ。
問題ないと言ってもあくまでも致命傷は避けられるというレベルで、袈裟切りを浴びせあられた時は紙一重でかわしたと思ったところを左頬をスパっと切られていた。
さらに横薙ぎをかわし損ねて左腕も浅く削られる。
その鋭い痛みをこらえながら、時には刃をかわすだけではなく木を盾にしつつ落とし穴へ近づいてゆく。
「はぁはぁ、もう少し・・・」
ついに木漏れ日の広がる落とし穴の敷設エリアまで到達する。
直径2メートルほどの落とし穴を宙返りしながら飛び越えて、要は落とし穴越しにミドリマンと向かい合った。
「グルルル・・・」
はやく落ちろ!と要が心の中で念ずるが、ミドリマンは何かを警戒する様子で動きが止まる。
しきりに周囲を見回し何かを感じ取ろうとしている様子である。
「まずいっ!」
ここで感づかれたらお終いなので要から動いた。
落とし穴の傍を時計回りに素早く動いてからミドリマンに近づいた。
要のその動きに対して、周囲を警戒していたミドリマンも要に意識を切り替えて切りつけてきた。
ザンッ!
何度もミドリマンの切り付けをその目に焼き付けて、あらかじめ動きを予測していた要はこれまでのように避けるのではなく大きく左へ踏み込んで右肩を切られながらもミドリマンの右背後まで位置取りをすることに成功した。
「ここっ!」
両足をググっとたわめて力を込めると、切られた肩の痛みも仕舞い込んでミドリマンに飛び上がるような体当たりを浴びせた。
「グギャッ!」
悲鳴を漏らしつつたたらを踏むようによろけたミドリマンはザザァッ!崩れるような音と共に地表から姿を消した。
バシャッ!
「落ちたー!」
要は間髪を入れずに手近にある石を持ち上げて穴の中に投げ落とした。
ゴシャッ!
「ギャッ!」
どうやら石は命中したようだ。
だがバシャバシャと音が聞こえるのでまだ元気はあるようだ。
もたもたして穴からミドリマンが這い出てきたら元も子無い。
「よいしょおっ!えいっ!」
荒れる息も整えずに要はすぐさま重さが30㎏はあろうかという石を持ち上げて目の前の穴に放り込んだ。
「ブゲッ!」
石は深さが3メートルほど掘られた穴の底に落ちる前に何者かの頭に見事に命中し、ぶつけられた者は人間とは明らかに違う悲鳴を上げた。
「はぁはぁ・・・まだ死なないって、しぶとすぎる。
さすがは大物だよね・・・」
重い石を頭にぶつけられながら倒れもせず、上を睨みつけて「グルルルル・・・」と要を強く威嚇している者は、一言で表すなら全身緑色をした人型の鬼だった。
まともに向かい合えば要をはるかに越える130cmほどの身長をしており、やせているようでありながら全身の筋肉はしっかり鍛えられているように見える。
要はその鬼をミドリマンと命名している。
その右手には刃渡りが40cmくらいの赤黒い色の刃を持つ短剣が握られている。
「あと何個かぶつけないとダメなのかな・・・」
追加の攻撃をしようと、要が前もって集めて穴の周囲に転がしている石に手を伸ばそうと思ったその時だった。
鬼が右腕を背中の後ろまで引き絞る姿が要の視界の隅に入る。
「!」
鬼の動作にとてつもない危険を感じた要は素早くしゃがみ込んだ、と同時に鬼の右腕が上方にいる要に向かってズバッ!と振りぬかれた。
金属が反射するにぶい光が要の視界を真下から一直線に駆け上がり、要の背後に大きくそびえる大木の幹に突き刺さる。
カァァァァァン!
鬼の右手から放たれた短剣は赤黒く光るその刀身の根元まで幹に沈めた。
「あ、あぶなー!!
もう少しで死んじゃうところじゃないの!」
まだビリビリと震えている短剣を呆然と見ていた要だったが、これ以上危険な行動をされる前に鬼に止めを刺すことにした。
「こうなったら全部投げつけてやる!」
頭に血が上った要は石を片っ端から鬼に目掛けて投げつけた。
「おりゃぁ!とりゃあ!うにゅあ!ふぎー!・・・」
「ゲッ!グゴッ!ボグッ!ギュー!・・・」
石を無我夢中で鬼に投げ続けた要だったが、十数個集めていた全ての石を投げ込んでしまった事に気が付いた要は後ろに尻餅を付いて肩で息をした。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、・・・これでダメだったらもう無理だよ・・・」
要は自らの息が整うのを見計らってから立ち上がり、声も音もしない穴に恐る恐るはいつくばるように頭を出し覗き込んだところ、緑色の体を崩れるように壁にもたれ掛けさせる姿が目に入る。
しばらく待っても身動き一つしないところを見ると、どうやら倒すことに成功したようだ。
「やったー!ミドリマンをついに倒せたー!」
全身血だらけで満身創痍の要は膝を付いて両拳を突き上げ大喜びをしていた。