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「ご苦労様」
よくわからない機械類がいくつも並んだ、真っ暗な研究所の一室。
私は戻ってきたのだ。
「はい」
声をかけてくれたのは博士だ。
私に声をかけてくれる人なんて、他にはいない。
「……泣いているの?」
博士はふと、私の肩に手をかけ、そんなことを言い出す。
「どうして私が泣かなければいけないんですか? そんなわけは……」
ありません。
そう言おうとして私は、頬を伝う雫に気づいた。
そっと、博士が私の背中に身を寄せてくる。
「いつも……ごめんなさい……」
不条理な死に方をする人のもとへと送られ、その人を守る。
その人の身代わりとなって、殺そうとした相手を道連れに、死ぬ。
それが私の役目だった。
「でも、あなたは死なない。生まれた場所であるこの研究所に戻るだけ……」
そして、繰り返す。
道連れにした殺人犯は、この世に存在しなかったことになる。
完全に、すべての人の記憶から消し去られてしまうのだ。
……私に関する記憶とともに。
「せっかく仲良くなっても、覚えていてもらえないなんて……。寂しいわよね……」
私の背中にしなだれかかり、博士――私のお母さんは泣いていた。
「ごめんなさい……私の愛しい、縁紫ちゃん……」
「お母さん……。私は、大丈夫。……ほら、次の人が決まったみたいだよ? 行ってくるから、転送、して……?」
転送装置の前に置かれたモニターの中で、『転送準備完了』の文字だけが光っていた。
「……ええ、わかったわ……」
お母さんが、私の背中から離れ、転送装置のパネルを操作する。
ボタンを押すお母さんの指は、小さく震えているように見えた。
すぐに私の体は、真っ白い光に包まれ始める。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい……」
私は笑顔を浮かべたけど、お母さんはうつむいたままだった。
さぁ、また次の人との、束の間の共同生活が始まる。
今回もまた、頑張らなきゃ……。
決意を胸に、私は再び旅立った。
☆☆☆☆☆
微笑みを向けてくれた少女の視線を、私は受け止めることすらできなかった。
彼女が消えた去った空間を、ただ呆然と見つめている。
ストーカーの被害を受けて殺された娘――縁紫。
人工知能の研究者だった私は、縁紫にも協力してもらい、知能をデータ化しようとしていた。
その研究の半ばで、縁紫は死んでしまったけど……。
データの断片を再構成することで、縁紫の知能は復活した。
それに目をつけた『組織』の援助で、私は立体映像を実体化させ、縁紫の知能を持たせることにまで成功した。
できれば、私のそばにずっと寄り添っていてほしい。
できれば、私のそばでずっと笑っていてほしい。
だけど、それは叶わない願いだった。
組織がなにを考えて私の研究の援助を続けてくれているのか、それはわからない。
どんな意図があるにしても、あの子が存在し続けていけるのなら……。
その一心でこの研究を続けている。
ストーカーによって不条理な死に方をする人を、どうにかして救う。
そのために、あの子は自分の身を犠牲にして立ち向かってくれている。
それがあの子の役目であり、組織の意思でもある。
でも……。
あの子は、つらいはずだ。
弱音なんて絶対に吐かない。
それでも、あの子の瞳からこぼれ落ちた雫が、すべてを物語っていた。
私はどうすればいいのだろう。涙は、止め処なく溢れてくる。
いっそ、なにもかもを捨ててあの子とふたりで逃げてしまおうか。
そう考えたこともあった。
とはいえ、組織からの援助がなくなれば、あの子は生きていけない。
今の状態が、生きていると言えるのかは疑問ではあるけど。
せめて、あの子が幸せになってくれれば……。
転送先のあなた。
あの子のこと、忘れないでいてあげてください。
たったひとつだけ、私のこの願いを、どうか叶えてください。
お願いします……。
私は今日も、あの子――縁紫の転送先である『あなた』に向けて、ただひたすらに祈り続けるのだった――。
以上で終了です。お疲れ様でした。
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