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着信少女  作者: 沙φ亜竜
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-5-

 いつもどおりの夕暮れの帰り道。

 いつもどおり私の隣には、巫女がいた。


「あ……忘れ物した」

「え?」


 教科書を持ち帰らない巫女が、なにを忘れたというのだろう。


「カバン忘れた」

「忘れるなよ」


 それを言うなら、そのことに気づかなかった私も私なのだけど。

 というか、カバンって中身入ってるの?


「取ってくるね」


 疑問を浮かべている私をよそに、巫女は軽く手を振って今来た道を駆け戻っていく。


「相変わらず、ドジなんだから」


 ま、それも巫女らしいところなのだけど。微笑ましく思い、顔が緩む。

 あの子と一緒にいると自然と温かな気持ちになるから不思議だ。


 温かな気持ちといえば、杏仁もそうだ。

 私は右手に握り締めたケータイを見つめる。


 杏仁が来てから、ひとりっ子の私にとってただ静かに生活するだけの場だった自分の部屋が、彼女とふたりで共有する温かい場所へと変わったように思えた。

 たまにひとりになりたいと思うことがあると、杏仁はなにも言わずにケータイの中に退避してくれる。

 そんな健気さにも、心が打たれる。


 本人は至って抑揚のない声で喋るだけなのだけど。

 その奥には温かな心が宿っているように感じられた。


 モニターって話だったから、いつかはお別れのときが来るのだろう。それはわかっている。

 だけど、それまでの時間を大切に過ごしたい。

 私はそう思うようになっていた。



 ☆☆☆☆☆



 …………?


 不意に。

 言いようのない違和感に、私は包み込まれた。

 風が、妙に生温かく感じる。


 周りには誰もいない。

 夕焼けに染められていた住宅街の細い路地も、街灯の下以外はほとんど薄暗闇へと変化していた。


 汗が頬を伝う。

 私は平静を装って、慎重に歩み続けた。


 足音――。

 ほんのわずかな音しか聞こえてはこないけど、明らかに私以外の足音がある。

 明らかに、私の歩みに合わせて、ついてくる。


 これは……ストーカー?


 逃げるか、大声を出すか。

 いざというときにどういう行動に出ようか。私は考えを巡らせていた。


 曲がり角を曲がる。

 そのとき。

 ほんの一瞬の隙だっただろう。


 …………っ!!


 後ろから、私はそいつに組みつかれた。

 首を絞められる。

 声が……出せない。


 う……くっ……!


 道路に押し倒された私は、覆いかぶさるそいつの姿を見上げる。

 明かりがないから顔はよく見えないけど、おそらく男性。

 締めつけられた首にかかる力の強さからも、そう判断できた。


「いつもいつも、マイエンジェルのそばをうろちょろしやがって! 騒ぐなよ……すぐ楽にしてやるからな……!」


 マイエンジェルって……いつもそばに、ってことは、巫女!?

 そうか、巫女につきまとっていたストーカーか!


 思い至ったところで、今の私に成すすべはなかった。


 ――私、殺されるの……!?


 必死に抵抗を試みるものの、両足の上に乗っかられ首を強く絞められた状態では力が入らない。

 自由になる両手を動かしてどうにかしようにも、すでに腕には痺れが走り始めていた。


 もう、ダメだ……。

 そう思った、その刹那。


 ドガッ!

 不意に、鈍い音とともに私の上から重さが消えた。


 道に転がる姿がふたつ。

 ひとつは私の上にのしかかっていた男だ。

 そしてもうひとは。


 ――杏仁!?


 声を出そうとしたけど、声にならずに咳き込む私の目に映ったのは、ナイフを取り出した男と、それに対峙する杏仁の姿だった。


 ――ダメ、杏仁! 逃げて……!!


 叫びたいのに声が出ない。

 私の頬を伝う涙は、その悔しさのためなのか、喉を絞められていた痛みからなのか。

 そんなの、どっちでもよかった。


「……あ……杏仁……!」


 かすれた声で、どうにか叫ぶ。

 それはほとんど音にすらなっていなかっただろう。

 でも……。


 杏仁は、ふっと私のほうへ視線を向ける。


 ニコッ。

 彼女は、優しげな笑顔を私に見せてくれた。

 そして……。


 ズシャッ!

 嫌な音が響き、男のナイフが、杏仁の腹部に深々と突き刺さる。


「い……いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 私の渇いた叫び声が路地にこだました。

 と同時に、ナイフに突き刺された杏仁の腹部から、まばゆいばかりの光がほとばしる。


「な、なんだこれは!? う……うわああああああああああああ!!」


 光に包まれた杏仁とナイフを突き刺した男は、次の瞬間には、跡形もなく消え去っていた――。



 ☆☆☆☆☆



「いなほ、大丈夫!?」


 巫女が慌てて駆け寄ってくる。カバンを取ってきた帰りなのだろう。

 周りには、私の叫び声を聞きつけた人々がちらほらと集まり始めていた。


「ん……うん。大丈夫」


 私は身を起こす。

 喉が少し痛かったものの、それ以外にはとくに異変はない。


 どうして私、こんな場所で尻餅をついていたんだろう?


 どういうわけか、なにも思い出せなかった。


「よかった~。一応病院に行っとく?」

「ううん、大丈夫だと思う。でも、私、どうしたんだろう?」


 巫女に尋ねてみても、きょとんとした表情を向けられるだけだった。


「そんなの、私が知るわけないじゃん。自分のことでしょ? ……覚えてないの? すっ転んで頭でも打ったんじゃない?」

「巫女じゃないんだから、そんなわけないよ」

「なによ、それ!? いくら私だって、そんなこと、週に一回くらいしかないよ!」


 ……そんなにあるんだ。


「ま、なんにしても、ケガがないみたいでよかった。それじゃ、帰ろっか?」

「うん、そうね」


 なにか心に引っかかるものがあるのは確かだったけど、今はこの場を離れるのが先決だ。

 集まってきていた人々に「お騒がせしました」と一礼だけ残し、私は巫女とともに歩き出す。


 家まで送ってくれた巫女の心遣いに感謝しながら、私は親友の温かさを再確認していた。


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