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何事もなく家まで帰り着き、私は二階の自室へと飛び込んだ。
ピロリロリーン♪
メールの着信音に、一瞬ドキッとする。
すかさずケータイを確認してみると、差出人の欄には見知った名前があった。
「なんだ、巫女か」
ホッと胸を撫で下ろす。
『無事に帰ったかな? 私、さっき家に着いて階段登ってたら、豪快にずっこけたよ! 痛かったぁ~!』
『私も部屋に着いたとこ。ていうか、大丈夫だったの? それにしても、相変わらず巫女のドジっぷりは健在だねぇ。 ドジドジドジドジ! ドジっ子! ま、巫女らしくていいけどさ!』
他愛のないメールのやり取りに顔を緩ませながら返信する。
制服から部屋着に着替えた私は階段を駆け下り、買っておいた杏仁豆腐を冷蔵庫から取り出すと、スプーンを持って素早く部屋に戻った。
コンビニで買ってきた杏仁豆腐だけど……。
う~ん、でも美味しい。至福のひとときってやつね。
ふとケータイに目をやる。
あ……メールが来てる。巫女からの返信かな?
そう思って見てみると……。
『件名:おめでとうございます!』
……なんだ、迷惑メールか。
削除……っと。
……あれ?
『おめでとうございます! あなたはモニターに当選しました! ボタンを押して、ここにアクセスして下さいね!』
ああっ、間違ってメールを開いちゃった。
メール本文では、『ここ』の部分にアンダーラインが引かれて、色が変わっていた。
リンクが張られているということだ。
早く削除しよう……。
ポチッ。
画面が切り替わり、文字が表示される。
『ダウンロード中です・・・』
え? えっ? どうして~?
削除を選択したはずなのに……。
これって、ヤバくない? 多額の請求が来ちゃったりとか……。
だけど確か、ちゃんとした確認画面とかがないとダメなはずだよね?
だから、大丈夫だよね??
とりあえず、ダウンロードしちゃったのを消せば問題ないよね???
しばらくすると、ダウンロードは終わったようだった。
フォルダを開いてみる。
なにか変なのがあるのかな……。
『着信少女』
……あった。
っていうか、怪しすぎ!
怖い怖い……。
えい。削除、っと。
慌てて削除を試みる私。
焦りすぎて、操作を間違ってしまったのだろう。
「あ……あれ……?」
画面には、『起動中』の文字が……。
「きゃーーーーっ! どうしよう!」
あたふたしているあいだにも、起動メーターは100パーセントへと達した。
その途端、ケータイの画面から光がほとばしる。
気がつくと、私の目の前には――、
巫女さんの衣装を身にまとった女の子が立っていた。
「初めまして、ご主人様」
私は目眩がして、ベッドに倒れ込んでしまった。
☆☆☆☆☆
「どうなさいました? ご主人様」
少女の声で私はハッと我に返る。
「ちょっと、なによあなたは!? なんで巫女さんの衣装来て、そんな喋り方で、それからそれから……」
焦って自分でもなにを言っているかわからなかった私とは対照的に、少女はとても落ち着いていた。
「携帯電話の辞書機能から、よく使われる単語をピックアップしまして、その人の趣味趣向に合った姿で現れるのです。……巫女にメイドって……ご主人様、オタクってやつなのですね」
「え? ち、違っ……、べつに私は……!」
「まぁまぁ、ムキにならなくてもいいじゃありませんか」
「よくなぁ~~~~~~い!」
ケータイでよく使う単語……親友である巫女とのメールで打ち込む文字が一番多いとは思うけど。
……って、そのせいだ!
「巫女ってのは親友のあだ名だし、メイドはメイド・イン・ジャパンのメイドだし……!」
「はいはい」
こ……こいつ、聞いてねぇ~!
じたばたじたばた。
私はベッドの上で無意味にもがいていた。
「ともかく、説明を開始してよろしいですか?」
どうにか落ち着きを取り戻した私に、やはり抑揚のない声で話しかけてくる少女。
「……ん、なんとか……。で? あなたはいったい何者なのよ?」
「メールにも少々解説はあったかと思いますが。まぁ、ご説明致します。あなたは、『着信少女』のモニターに選ばれたのです」
「はぁ……」
まだ呆然とした頭のままだったからなのか、少女の言ってる意味がいまいちよく理解できない。
「私は、そうですね、立体映像の進化版とでも思っていただければいいでしょうか。ほら、このように触ることもできますし」
彼女は私の手に自分の手を絡めてくる。
確かに……触れることもできるし、それに温かい。
「立体映像ではありますが、意思を持っています。人工知能の研究の一環と考えていただければよいでしょう。着信少女という名前からもわかるとおり、女性の外見を模倣することになっております。ですから男性のもとではいろいろと問題がありそうですので、モニターは女性と決まっているのです」
「ふむ……」
また頭がぼーっとしていた。
私、夢でも見てるのかなぁ……。
若干、現実逃避気味だった。
「とりあえず、私が見たものや聞いたことは、すべて博士のもとに通信で送られます」
少女の言葉に、一気にぼやけた頭がはっきりした。
「ちょ……ちょっと! それは犯罪になるんじゃない!? だいたい私の生活を知らないおっさんに見られるなんて、そんなの絶対にイヤよ!」
「知ってるおっさんなら、いいのですか?」
「よくない!」
揚げ足を取る少女の言葉にイラつき、怒鳴りつける。
「というか、博士は女性です」
「……ふむ、ならいいのか……。って、よくない!」
ベッドから立ち上がり、私は少女に詰め寄る。
「帰れ! 今すぐ帰れ!」
私よりも少し背の低い彼女。上目遣いで私を見上げていた。
「それは、命令ですか?」
「命令よ!」
きっぱりと言い放つ。
「わかりました、帰ります。拒否されたら素直に帰る決まりです。利用規約にも書いてありますし」
少女は少し、寂しそうな顔をしていた。
少女は胸の前で両手を組み、目をつぶる。部屋の中なのに、わずかばかりの風が彼女の髪を揺らす。
ただ……それ以上、なにも起こらなかった。
「……どうしたの? 帰るんじゃないの?」
「帰り方、忘れました」
相変わらず困った様子も感じられない声で、少女は素っ気なく伝えてくる。
「え~~~~~~っ!?」
「ちょっと確認してみます」
彼女は素早く私の手からケータイを奪い取り、慣れた手つきで操作し始めた。
「……これのせいみたいです」
私の目の前に突きつけられた画面には、辞書機能で優先度の高い文字が表示されていた。
そこにあった文字は……。
『ドジ』『ドジっ子』
私は、再びベッドに倒れ込んだ。
☆☆☆☆☆☆
「まぁ、帰れないのですから仕方ないです。モニターとして普通に生活して下さい。同居人ができたとでも思って、お気楽に」
「思えるか!」
枕を投げつける。
軽く頭の位置をずらして、少女はあっさりとそれを避けた。
ともあれ――。
私は考えていた。
家でこんなふうに喋っているのも久しぶりかもしれない、と。
家の中でもべつに会話がないわけじゃない。
父親とは最近あまり話さなくなってはいたけど、母親とは普通に話している。
そうはいっても、同年代の相手と話すのとはまた違うのも事実だった。
ひとりっ子の私はずっと、兄弟や姉妹が欲しいと思っていたのだ。
目の前で、きょとんとしている少女。
立体映像だと言っていたのだから、普通の人間ではないことになる。
でも、喋り方はメイド風で変わってはいるけど、こうしてお話もできている。
これはこれで、退屈しなくていいのかもしれない。
「納得していただけましたか? ご主人様」
「うん、わかったわよ。帰れなくなったのも、私のメールのせいみたいだしね」
「ありがとうございます、ご主人様」
「ちょっと待って。ご主人様は、やめてくれない? 秋穂って、名前で呼んでもらえる?」
「わかりました、秋穂様」
「様も禁止!」
「……はい、秋穂」
「よろしい」
頷く私を、まだ少し不可解そうな瞳でその少女は見つめている。
……少女……。
そうだ。そういえば、まだ名前を聞いていなかった。
「あなた、名前は?」
「……とくにありません。おい、とか、お前とか、適当に呼んでいただければ、秋穂のそばに参ります」
「ん~。それもちょっとね。なにか名前をつけましょうか」
ふと目に留まったのは、私がついさっき食べていた杏仁豆腐のカップで……。
「それじゃあ……杏仁で!」
ちょっとした意地悪も含めたつもりで、きっぱりとそう言い放った私に対して、それでもなお、
「はい」
少女が否定の意思を示すことはなかった。




