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百 物 語

作者: 新辺カコ
掲載日:2011/09/13

 青い灯りが、ゆらりと揺れた……。男は、数年前の出来事を思い出す。本格的に戯作者を目指すきっかけとなった、あの日のことを……。




「ん~……。ダメだ! 何も思い浮かばん」

 眼前には紙の束、手には筆、額に捻り鉢巻きの男が何やらうめいている。

 ただでさえ暑いのに加え、戸をびっちりと締め切っているので蒸し風呂のようだ。

 広げた紙の上に、ポタリとひとつぶ汗が落ちる。

慌てて汗を拭いながら、男はフーッとため息をついた。

「やっぱり、俺には才能ないのかな……」


 男の名は、章介という。幼い頃から絵草紙などを読むのが好きで、自分でもちょくちょく書いていた。

 近年、仕事の合間に書きためたものを版元に持っていった。それが認められ、地本問屋に置かれるようになって喜んだのも束の間、それからは鳴かず飛ばずの日々を過ごしている。

「夢ばかりみて、書けもしない戯作ばかり追って……。これじゃ女房も、出て行くよなあ……」

 ごろりと寝転がり、またひとつ、不安と自嘲の混じったため息をつく。


 のろのろと起き上がり、また筆をとる。休んだせいか、心なしか涼しい気がする。眼前の紙が一枚、二枚はらりと舞った。


「……風?」

 首を傾げ、振り向く。戸があいており、男が一人立っていた。同じ長屋に住む植木職人の三次だ。根っから陽気なたちであり誰にでも気さくに話しかける男なので、人付き合いがあまり得意でない章介には有り難い存在だと言える。

「よお、章介。入ってもいいか?」

 手土産であろう包みをぶら下げ、三次は聞いた。勿論、章介はうなずく。


「お由宇ちゃんは? まだ寺子屋か」

 三次は、章介の一人娘の名を呼び、手土産と章介を交互に見比べた。夫婦の間に子がいないというのもあるのだろうが、この男はお由宇を自分の子のようによく可愛がってくれる。

「大村屋で、ちょっとな。……大福。お由宇ちゃんにと思って」


 この界隈でも名の知れた菓子屋である。章介は目をまるくした。


「お前、大村屋って」

「いいって、気ぃ使うなよ。俺があすこの庭木の手入れに出入りしてんのは知ってるだろ? 向こうさんがな、くれたんだよ。餅が固くて、売り物になりゃしねえんだと。……贅沢な話だ。固けりゃ炙って焼き大福にでもすりゃいいって思うけどな」

大福を指で軽くつつく。ふんわりと柔らかく、充分売り物に思えた。三次のぼやきももっともだが、店には店の事情があるのだろう。

「屋台ならともかく、向こうは大店だからな。そういう訳にはいくまいよ。……すまないな、三次」

「なあに、いいってことよ。……ところでお前、物書きしてるくらいだから、いろいろ話知ってんだろ?」

「まあ、多少は……な」

「だったら、よ……」

 三次はすぐ傍までにじりよると、まるで内緒話でもするように声を潜めた。


「百物語、やらねえか?」

「百物語? 一話話すごとに、蝋燭を一本消していく、あれか?」

「蝋燭使うから、大家がうるせえだろ? だから、近くの廃寺でやろうってことになってよ」

「でもなあ…」

 章介は渋った。あまり気乗りのしない話だ。お由宇を遅くまでひとりにさせておくのは心配だし、かと言って連れて行くというのもしまらない。第一、連れて行った挙げ句に必要以上に怖がらせて寝小便でもされた日には目も当てられない。いつまでも煮え切らない態度にしびれを切らしたのか、三次は己の膝をどん、と叩いて、


「まだるっこしいな、お前は! 少しはそういうのにも顔出さねえと、紙見て唸ってるばかりじゃ書けるものも書けなくなっちまうぞ。お由宇ちゃんならうちのかかあに任しとけばいい」


 結局、押し切られるような形で行くことになってしまった。




「じゃ、はじめるぞ。最初に言っとくが、九十九話になったらやめるからな。百本目の蝋燭は絶対に消すな」


 百本目の蝋燭が消え、あたりが真っ暗になると共に、この世ならざるものが出ると言われているからだ。


「じゃ、俺からな。あすこの川で釣りをしてるとき、どこからか『置いていけ』という声が……」


「俺は墓参りに行った帰りに、青いユラユラ揺れる人魂を見たぞ。それがよ、子犬ぐらいにでけえんだ」


「俺はよ……」


 皆、体験談や伝承、作り話などを先を争うように話してゆく。長く語る者はいないため、案外早く終わりそうだ。

 気がつけば、蝋燭は残り二本。つまり、後一話でお開きだ。


「さて、最後はやっぱり本職に締めてもらわないとな。章介、何か怪談話知らねえか? それで終いだ」

「怪談話か……」


 章介は首をひねった。最後の締めとしてはありきたりなものはつまらない。目を瞑り、しばらく考える。


「それじゃあ、こんなのはどうだ?」


 章介は語る。百物語を最後まで語ると現れるという妖物の話を。

その妖物の名は『青行燈』。その姿は二本の角を生やし、長い黒髪を持った女のようにみえるのだという。

 この世に出でて何をするのか、それはわからない。

一説によれば、その場にいる者の魂を取ってしまうといわれているがその一方で、ただ現れるだけで何もしない、という説もあり、なんともはっきりしないのである。


「百話目を話せば出てきてくれるが、もし万が一、魂を取っていかれちゃあ困る。だから九十九話目に話したんだ。さあ、これでお終いだ」


 九十九本目の蝋燭が、消された。




「月明かりってえのは有り難いな。提灯がいらねえ」

「そうだな。三次、今日は……ありがとう。おかげでまた頑張れそうだ」

 章介の言葉に照れたように、三次は頬を掻いた。

「いいって。お前、最近行き詰まってるみてえだったしな」


 二人の話し声に混じり、草履の足音だけがペタペタと響く。いや、響いているはずだった。


 不意に、章介は立ち止まり、辺りをきょろきょろと見回した。


「な、なあ、三次……。下駄の音がしないか?」

「お前にも聞こえてたのか」

 怯えるような章介の問いかけに、三次も震え声で聞き返す。


『カラン、コロン、カラン……』


 空耳ではない。


「止せよ。牡丹灯籠じゃあるめえし……いくら美人でも幽的なんざごめんだぜ」

「まだ化け物と決まったわけじゃ」

『ないってのかい?』


 章介の言葉にかぶさるように、背後から声が聞こえた。

 黒猫がみりんを舐めたように甘く、艶めかしい声だった。 二人は顔を見合わせ、そろそろと振り向く。


 そこにいたのは、洗い髪で青い着物の、ひとりの女だった。じっと見つめられるのが怖いくらいに、美しい女だ。

 この世のものじゃない。そう二人は確信した。これは、『青行燈』だと。


「九十九話でやめたはず……だよな?」

「ああ、間違いない」


 女は、ふ、と笑いかけ言葉を紡いだ。章介の方を、見つめている。

『おまえさんだね? あたしの話をしたのは』


 違うとも言えずに、章介はただコクコクと頷いた。


『そうかい。あ~、やっとこの世に出てこれたよ。おまえさんのおかげさ』

「ちょ、ちょっと待て! おまえは百物語が完成しなきゃ出てこないんじゃないのか?」


 三次のもっともな問いに、女妖はやんわりと返す。

『そうさ。けど、あんたら人間は百物語をすべて語ってくれたことがあったかい? もう、いいかげん待ちくたびれちまったんだよ。今回も九十九話目で止めるって言う。がっかりしてたとこにあたしの話が出たから、嬉しくってねぇ……あたしら妖物は人の口にのぼり、人に思ってもらってこそ存在できるのさ』


「よくわかった。じゃあ、おまえ……どうやったら消えてくれるんだ?」

『消える? イヤだね。せっかく、世に出れたんだ。ゆっくり見物させてもらうよ』

女妖はぺろりと舌を出す。姿が姿なだけに、なかなか色っぽかった。


「見物って、おい……」

さらに何か言おうとする間も無く、女妖の姿はかき消したように見えなくなった。


「今の、何だったんだ」

「狐にでも化かされたかな。百物語、完成だ」


 月明かりの下、二人の笑い声が響いた。

無理して笑う、空笑いが。




「お由宇ちゃん、待ちくたびれて寝ちまったよ」

 すやすやと寝息をたてている娘を受け取り、章介は頭を下げる。これからまた、一仕事だ。



「さっきの出来事を書いてみるかな」

そう言いつつ、筆を取る。刹那、ジチッ……と音がして、明かりが揺れた。

(風もないのに……。虫でも飛び込んだか?)

そう思い、腰を上げた矢先であった。


『おまえさん、物書きだったんだねぇ……。どうりで話が上手なわけだ』


 あの、艶めかしい声だ。背後から聞こえる。振り向けない。歯がカチカチと鳴り、自分でも可笑しくなるくらい震えているのがわかった。

『ほ、ほ。そんなに震えなくても、なーんにもしやしないよゥ。あたしは『魂取れど非道はせず』が信条だからさ』


 魂を取るということがもう非道ではないのか。そう思ったが、恐怖のため、なかなか声が出せない。やっとの事、喉に湿りをくれて振り向きざまに叫ぶ。

「化け物の言うことなど信用できるか」

と。

『おや、つれない事を言うもんだねぇ。大声出すとお由宇ちゃん、だっけ? 起きちまうよ。魂なんざ取るものかね。おまえさん、あたしが鬼みたいな姿だからって酒呑童子や紅葉姫一党と勘違いしてやしないかい? あたしは他の者に使われてもいないし、手下もいない。したい事するべき事は自分で決めるのさ。あたしが『非道なことはしない』って言ったら絶対にしないのさ』

 女妖は一息にまくしたて、拗ねたような目で睨む。


「わ、わかった。信じる。……でも、その……あんたが本当に青行燈なら、どうしてまた俺のところに出て来たんだ?」

 気圧されながら、章介は聞いた。女妖はしばらく考え込みやがて、十五、六の小娘のように頬を桜色に染めた。

『嬉しかったから、かねぇ……。おまえさんがあたしの話をしてくれて、嬉しかったから』


 女妖は語る。妖怪とは、そもそも人に思ってもらえて、人の口にのぼってはじめて世に出られる存在。言うなれば、薄氷のように危うく、煙のようにもろい存在。いつしか誰も妖怪の存在を忘れたとき、そのときは消えてしまうかもしれない。

『あたしは、それが怖かった……。心底、怖かったんだ。……妖物だって、怖いものはあるんだよ』


 章介は、ただ黙っていた。長いこと、黙っていた。

その静寂に耐えきれなくなったのか、女妖が口を開く。


『おまえさんにとって、あたしが怖いものであるなら……あたしは消えるよ。もう、ここには来ない』

 艶めかしい中にも、寂しげな色がある声音だった。

「…………待ってくれ!」

急かされたように、章介は叫ぶ。

「さっきは……すまなかった。酷いことを言った。……もう、怖がりはしない」

 その言葉に、消えかけていた女妖はウッスラと微笑む。手慰みのつもりか、机上の書き散らしの束を手に取りパラパラと目を通す。

『妖物が怖がられない、ってのは……なんともしまらないねぇ……。だけど、悪くない』

 行灯の灯りが、ちらちらと揺れた。


「……百話」

『なんだい?』

「百話、怪談話を書いてみる。一人百物語だ。一話目は、あんたの話を書くつもりだ。……百話終えたら、そしたらまた、出てきてくれるか?」

 その申し出に、女妖はこれ以上ないほどの婀娜な笑みを浮かべると

『あたしの眼鏡にかなうものが、さあ、はたしておまえさんに書けるかねぇ? あたしは怪談話なら腐るほど知ってるんだ。百話できても、気に食わなかったらここには来ないよ』

やや挑発的に返した。

「望むところだ。必ずあんたが唸るようなものを書いてやる。読んだ人が、忘れられなくなるようなものを」

『それは楽しみだ。……待ってるよ』




 あの出来事から、数年が過ぎた。章介は今も、あれこれと戯作を書いている。それは冒険物であったり、色恋をあつかったものであったり、様々だ。地本問屋にも数冊並ぶようになり、すっかり『実力派戯作者』として、名が売れるようにもなった。


「さて、今夜も一仕事だ」


 真夜中、章介は筆を取る。青い薄紙をはった行灯の下で書くものは、あの日約束した百物語だ。

まだ、完成には程遠い。気に入らず、反古にしたものもある。だが確実に百話に近づいている。

「もう少しだ。もう少しで、出来上がる。……そういえば、あんた個人の名前も聞かなかったなあ。まさか青行燈ってのが名前じゃないだろう?」

 まるで、そこにいつかの女妖がいるかのように話しかける。


 青い灯りが、ゆらりと揺れた。





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― 新着の感想 ―
[良い点] こんにちは。とても面白かったです!妖怪大好きなんで他の話もこれから読ませて貰います!! 書き慣れてる感じで上手い!!と思いました。
[良い点] こんにちは、拝読させて頂きましたので感想失礼いたします。 綺麗で切なくて、少し恐い話でした。 起承転結が綺麗にまとまっていて読みやすかったです。 面白かったです~。
2011/09/14 11:28 退会済み
管理
[一言] 初めまして山大と申します。 僕自身も妖怪をテーマにした作品を書いているというつながりで読ませて頂きました。 和風な雰囲気が素敵な作品だと思いました。是非とも参考にしたいものです。
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