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「触れた男はみんな死ぬ」ので恋愛を諦めていましたが、なぜか王子だけは死なないので両思いになりました

作者: KOTOHA
掲載日:2026/09/19

「モミジ。俺と結婚してくれ」


「はい。喜んで」


 男は笑った。

 モミジも笑った。

 差し出された手を、そっと握る。


「……え?」


 男が倒れた。

 即死だった。


 モミジはその手を離し、懐から手拭いを取り出した。


 指を一本ずつ、丁寧に拭く。


「ごめんなさい」


 倒れた男を見下ろして呟いた。


「私が触った相手は……死ぬんですよね」


 男の懐から、地下牢の鍵を抜き取る。

 売られるのを待つ娘たちが、まだ七人いた。

 今夜の仕事は、あの子たちを外へ出せば終わりだ。


 ――くノ一、モミジ。


 十八歳。

 得意技、色仕掛け。

 任務成功率、一〇〇パーセント。

 これまで落とした男、三十二人。

 生き残った男、ゼロ。


 そして――。


 当然、男性経験もゼロ。


 里では彼女をこう呼ぶ。


 ――殺戮の生娘、モミジ。


 通称、『殺しのナマモミジ』。


     ◇


「誰ですか! 最初にナマモミジって呼んだのは!」


「儂じゃ」


「お師匠様!」


 翌朝。


 モミジは里長の机を叩いていた。


「もっと格好いい二つ名があったでしょ! 『紅蓮のモミジ』とか! 『最期の紅葉』とか!」


「事実じゃろ」


「どの部分がですか!」


「殺戮。生娘。モミジ」


「否定できない!」


「略して『殺しのナマモミジ』。なにがおかしい?」


「その略し方に異議あり!」


 天使のような見た目、中身はツッコミ気質。



 そんな少女、モミジにはチート級のスキルがある。


 《触ると死ぬ》。


 正式な名前は分からない。


 里では、そう呼んでいた。


 モミジが素手で触れた標的は死ぬ。


 どんな超人でも。


 いや、人間でなくても。


 触れば終わり。


 幼いころ、腕に噛みついた野犬に、泣きながら「死んじゃえ!」と叫んで触れた。


 野犬は、その場で死んだ。


 襲ってきたワイバーンも、翼に手を触れた途端に動きを止めた。


 A級モンスターですら、即死だった。


 だから誰も疑わなかった。


 モミジ本人でさえ。


 ――自分は、触れた生き物を殺してしまうのだと。


 それからは、人のいる場所では必ず手袋をした。


 素手になるのは、一人のときと、標的を殺すときだけ。


 誰かに触って確かめる勇気など、なかった。


 そして里は、モミジに色仕掛けを叩き込んだ。


 剣で勝つ必要はない。

 毒を盛る必要すらない。

 男を惚れさせればいい。


 そして手を握る。


 それだけで、任務は完了するのだ。


「……で、次の任務じゃ」


 里長が一枚の肖像画を机に置いた。


 銀髪の男だった。

 鋭い灰色の瞳。

 愛想の欠片もない。


「レオンハルト・ヴァレンシュタイン。第二王子。二十四歳」


「王子様ですか」


「戦場帰りじゃ。剣の腕は王国随一。頭も切れる」


「なるほど」


 モミジは肖像画を持ち上げた。


 じっと見る。


「イケメンですね」


「そうか?」


「好みです」


「殺す相手じゃぞ」


「仕事と趣味は別です」


 里長は咳払いした。


「ただし、問題がある」


「はい?」


「こやつ、女嫌いで有名じゃ」


「なるほど。難攻不落と」


「どうする」


 モミジは笑った。


「お師匠様。私を誰だと思ってるんです?」


「殺しのナマモミジ」


「だからその名前で呼ぶな!」


     ◇


 三日後。


 モミジは王都の夜会にいた。


 遠方の貴族令嬢という身分は、里が用意してくれた。


 淡い桜色のドレス。


 胸元は大胆に。

 背中も大胆に。

 男の視線をどこへ誘導すればいいか、モミジは熟知している。


 会場に入って十五分。


 三人から声をかけられた。

 五人からダンスに誘われた。

 七人から熱い視線を送られた。


 チョロい。

 男なんて、みんな同じ。


 そして――。


 標的を見つけた。


 レオンハルト第二王子。


 壁際で一人、ワインを飲んでいる。


 肖像画より、ずっといい男だった。


(殺すの、もったいないなぁ)


 惜しい。


 非常に惜しい。


 だが仕事は仕事だ。


 モミジは手袋を外し、微笑んだ。


 完璧な角度。

 完璧な歩幅。

 完璧な視線。


 標的まで、あと三歩。


 二歩。


 一歩。


「あっ」


 わざと躓く。


 そのままレオンハルトの胸へ――。


 ひょい。


 避けられた。


「…………」


 べしゃ。


 モミジは床に倒れた。

 会場が静まり返った。


「大丈夫か?」


 頭上から声がした。


 モミジは顔を上げる。


 レオンハルトが見下ろしていた。


「……はい」


「そうか」


 以上。


 手は差し出されなかった。


(いやいやいや!)


 モミジは唖然とした。


(ここは手を差し伸べて、助け起こすところでしょうがっ!)


 そこで握れば任務完了だったのに!


 モミジは仕方なく一人で立ち上がった。


「申し訳ございません、殿下」


「いや」


「私、少し酔ってしまったようで……」


「そうか」


 モミジは自分の肩を抱いた。


「夜は冷えますね」


「そうだな」


 レオンハルトが外套を脱いだ。


(来た!)


 モミジは身構えた。


 ばさっ。


 外套が上から降ってきた。


「着ろ」


「…………」


「寒いんだろ」


「…………はい」


 モミジは外套に包まれた。


 ……暖かかった。


(あったかい……って、ちがーう!)


     ◇


 翌日。


 外套を返すという口実で、モミジは王宮を訪れた。


 レオンハルトは庭にいた。


「でーんかっ!」


「なんだ」


「お散歩ですか?」


「ああ」


「でしたら、ご一緒しても?」


「構わん」


 モミジは笑った。


 今度こそ。


「きゃっ」


 石につまずいたふりをする。


 そのままレオンハルトの腕へ――。


 ひょい。


 避けられた。


 べしゃ。


「…………」


「よく転ぶな」


「誰のせいだと思ってるんですか」


「すまん。石畳の段差を削らせておこう」


「いや、そこじゃないでしょ!?」


     ◇


 それから、モミジは毎日王宮へ通った。


 どういうわけか、レオンハルトは面会を断らなかった。


 誘惑も、毎日続けた。


「殿下ぁ♡」


「……なんだ」


「今夜、私の部屋に来ませんか?」


「なぜ?」


「……二人きりで、お話ししたくて」


「ここで話せばいい」


「ここではできないお話です」


「機密情報か?」


「違います!」


     ◇


「殿下っ♡」


「なんだ」


「私、最近眠れなくて……」


「医者を呼ぼうか」


「『添い寝してやろう』くらい言えよ!」


     ◇


 五日目。


 ついにモミジはキレた。


「殿下!」


「なんだ」


「もしかして私の誘惑、気づいてないですか!?」


「最初から気づいているぞ」


「では、なぜ!」


「嫌がっている女に触る趣味はない」


「…………え?」


 レオンハルトは平然と言った。


「お前、俺を誘惑するときだけ目が笑ってないぞ」


 モミジは何も言えなかった。


「ハニートラップにしても、胸元を出しすぎだ」


「やっぱり見てるじゃないですか!」


「見えるからな」


「最低!」


「見せといて理不尽なヤツだな」


 レオンハルトはため息をついた。


 そして自分の外套を、またモミジの肩へ掛けた。


「風邪をひくぞ」


「…………」


 その日。


 モミジは人生で初めて、任務を中断した。


 理由は体調不良。


 息が苦しい。


 顔が熱い。


 心臓の音がうるさい。


(もしかして私、このまま死ぬのかなぁ?)


     ◇


「それは……恋じゃな」


「違います」


 通信水晶の向こうで、里長が茶をすすった。


「標的に惚れたか」


「惚れてません!」


「では殺せ」


「…………」


「触れば終わりじゃろ」


「…………」


「モミジ?」


「通信……切りますね」


「おい」


 切った。


 モミジはベッドに顔を埋めた。


「違うもん……」


 くノ一は恋をしない。


 男を好きにさせることはあっても、自分から好きにはならない。


 そう教えられてきた。


 そもそも。


 モミジには恋なんて無理なのだ。


 好きになったって。


 手も握れない。


 抱きしめられない。


 口づけなんて、もっと無理。


 触れば死ぬのだから。


「……最悪」


 三十二人もの男を落としてきた。


 その誰にも、心は動かなかった。


 なのに。


 初めて好きになった男は――。


 暗殺対象だった。


     ◇


 翌日。


 これで最後にしよう。


 借りた外套を返したら、もう来ない。


 たとえ抜け忍として、生涯追われることになろうとも。


(殿下を殺すなんて……できないっ!)


 モミジはそう決めて、王宮の庭へ向かった。


「殿下」


「今日は胸元が閉じてるな」


「出会い頭の挨拶がソレですか!?」


「似合っている」


「…………」


 不意打ちは卑怯だ。


 外套を返し、目を逸らした先に、平らになった石畳があった。


「……本当に削らせたんですか」


「ああ。もう転ばずに済むだろ」


「私が転んだのは、殿下が避けたからです!」


「そうだったのか。じゃあ、次からはちゃんと受け止めよう」


 レオンハルトが笑った。


 声を立てて。


 モミジは思わず見つめた。


「……笑うんですね」


「俺をなんだと思っている」


「すごく顔のいい壁」


 レオンハルトは、もう一度笑った。


「面白いことを言うな。やはり、お前は普通に話しているほうがいい」


「普通?」


「そのほうが、俺も楽しい」


 モミジの胸が跳ねた。


「……だから、毎日会ってくださったんですか」


「ああ」


「暇だからじゃなくて?」


「暇なら、もっと寝ている」


 ずるい。


 もう来ないと決めたばかりなのに。


 モミジは隣を歩いた。


 いつもより少しだけ距離を空けて。


 緊張で、手袋の中が汗ばんでいた。


 モミジは彼から離れたまま手袋を外し、両手で握りしめた。


「殿下」


「なんだ」


「どうして女性がお嫌いなんです?」


「別に嫌いではない」


「え?」


「色仕掛けが嫌いなだけだ」


「…………」


「戦場では何度も使われた。酒、金、女。人を操るためにな」


 レオンハルトは前を向いたまま言った。


「俺は、人間を道具として扱うやり方が……嫌いなんだ」


 モミジは足を止めた。


「……女の人も?」


「当然だろう」


 当然。


 たった一言だった。


 なのに、胸の奥に刺さった。


 モミジにとって、自分の身体は『道具』だった。


 笑顔も。


 声も。


 胸も。


 唇も。


 全部、男を騙して殺すための道具。


 そう教えられてきた。


 それ以外の使い方なんて、知らなかった。


「お前もそうだ」


「……え?」


「嫌なら、やめればいい」


「何をです?」


「俺を誘惑するのを」


「…………」


「色仕掛け、向いてないぞ」


「む、向いてます!」


「そうか?」


「だって、任務成功率一〇〇パーセントですよ! すごいでしょ?」


 言ってから気づいた。


 モミジは口を塞いだ。


 遅かった。


 レオンハルトが足を止める。


「任務?」


「…………」


「やはり、くノ一か」


 終わった。


 モミジは後ろへ跳んだ。


 手袋を落とし、袖から短刀を抜く。


「いつから気づいてたんですか?」


「最初からだ」


「最初から!?」


「夜会で俺に近づく前、天井裏にいただろ」


「…………」


「昨夜も俺の寝室に忍び込んでたよな」


 だが。


 レオンハルトは剣を抜かなかった。


「……なぜ捕まえなかったんです?」


「誰の差し金か、知りたかったからだ」


「だったら、今すぐ捕まえればいいじゃないですか」


 レオンハルトはモミジの手元を見た。


「その短刀で、俺を刺せるか?」


「…………」


「五日もあれば分かる」


 灰色の瞳が、モミジを捉えた。


「お前は、もう俺を殺す気がない」


 胸が跳ねた。


「……ありますよ」


「では、なぜ泣きそうな顔をしている」


 一歩。


 レオンハルトが近づく。


「来ないで」


 もう一歩。


「殿下」


「どうした?」


「来ないでください」


「なぜだ」


「私は――」


 そのときだった。


 屋根の上で、何かが光った。


 矢。


 狙いは――。


「殿下!」


 考えるより先に身体が動いた。


 短刀を捨て、レオンハルトの手首を掴んだ。


 力任せに引き、その身体を石の柱の陰へ押し込む。


(しまった! 触っちゃった!)


 直後。


 肩に衝撃が走った。


「――っ!」


 矢が刺さっていた。


 足から力が抜ける。


「モミジ!」


 レオンハルトが、その腕を伸ばした。


「触らないで!」


 彼の手が止まった。


 生きていた。


(……あれ?)


「屋根だ! 射手を捕らえろ! 治癒士も呼べ!」


 レオンハルトの声に、離れて控えていた護衛たちが走り出した。


 モミジは柱にもたれ、傷口を押さえた。


 肩が熱い。


 指の間から、血が滲む。


「止血する」


「駄目です」


「なら、せめて傷を見せろ」


「私に触れたら、殿下が死にます!」


 レオンハルトが膝をついた。


「何……だと?」


「私のスキルです。素手で触れば、その人は死にます」


 言ってしまった。


 彼は一瞬、自分の手首に目を落とした。


 それからモミジを見た。


「だから今日は、俺から離れて歩いていたのか」


「…………」


「前は、あれほど触ろうとしていたのに」


「最初は殺すつもりでした!」


「今は……」


「聞かないでください!」


 答えられない。


 答えたら、認めてしまう。


 好きになってしまった……と。


「分かった」


 レオンハルトが言った。


「なら、俺から触る」


「え?」


 伸びてきた手が。


 モミジの手を握った。


「――っ!?」


 頭が真っ白になった。


「何してるんですか!」


「手を握った」


「そんなの、見れば分かります!」


「なら聞くな」


「死にますよ!」


「そうだな」


「離して!」


「断る」


「なんで!」


 レオンハルトは離さない。


 モミジの手を、強く握っている。


「お前が俺を殺したいなら」


 レオンハルトが言った。


「俺は既に死んでいるだろ」


 一秒。

 二秒。

 三秒。


 モミジは震えた。


「離して……」


「嫌だ」


「殿下、死んじゃう……」


 五秒。


「…………あれ?」


「なんだ?」


「生きてる」


「ああ」


 モミジはまじまじとレオンハルトを見た。


 息をしている。

 瞬きもしている。

 手も温かい。


「なんで?」


「分からん。だが、今はお前の手当てが先だ」


 レオンハルトは彼女の手を傷口からそっと外した。


 代わりに、折り畳んだ布を当てる。


「痛むぞ」


「……はい」


 押さえられ、息が詰まった。

 それでも、握ったほうの手は離さなかった。


「殿下」


「なんだ」


「本当に、生きてますね」


「ああ。お前が助けてくれたからな」


 モミジは俯いた。


 涙が一粒、繋いだ手に落ちた。


 生まれて初めて。


 好きな男の手の温かさを知った。


     ◇


 治癒士が来ても、モミジは王子の手を離そうとしなかった。


 治癒士の回復魔法を受けている間も、ずっと握っていた。


 その日のうちに、襲撃者は捕まった。


 雇ったのは、レオンハルトに横領を調べられていた大臣だった。


 モミジの任務が進まないため、別の暗殺者を送り込んだのだ。


 襲撃者の証言と、押収された依頼の書状で、大臣も捕らえられた。


 王宮からの通告を受け、里は暗殺依頼を破棄した。


 三日後。


 モミジは里へ帰った。


 隣にはレオンハルト。


 里長は、深々と頭を下げた。


「殿下。このたびは、誠に……」


「謝罪より先に、モミジの件を」


「はい。今朝、鑑定の結果が届きました」


「鑑定?」


 モミジは二人を見比べた。


 王宮で治療を受けた翌日、鑑定士にも手を調べられた。


 珍しいスキルなので、詳しい結果は後日と言われていたのだ。


「お前の力について、きちんと調べてもらった」


 レオンハルトが言った。


「俺に触れても死ななかった理由が、分かるかもしれん」


 里長が一枚の紙を差し出した。


「モミジ。落ち着いて読むんじゃぞ」


 モミジは受け取った。


 読む。


 《殺意接触》。


 ――殺意を抱いた対象へ直接接触した場合、即死効果を付与する。


「…………」


 もう一度読む。


 同じだった。


「……殺意?」


「そうじゃ」


「《触ると死ぬ》じゃないんですか?」


「殺したいと思って触れたときに、発動する力だったのじゃ」


 モミジは自分の手を見た。


 あの野犬も。


 ワイバーンも。


 任務で殺した男たちも。


 確かに、そうだった。


「儂らも、触れれば必ず死ぬものと思い込んでおった」


 里長の声が低くなった。


「お前が人に触れるのを怖がっていたことも、知っておったのに。もっと早く、調べるべきじゃった」


「…………」


「すまなかった、モミジ」


 里長が頭を下げた。


 モミジは、鑑定書を握りしめた。


 文句なら、いくらでもあった。


 けれど今は。


 一つだけ、確かめたかった。


「好きな人には、触ってもいいんですか?」


「殺意がなければな」


 モミジはゆっくり振り返った。


 レオンハルトがいる。


 恐る恐る。


 その手に触れてみた。


 死なない。


 指を絡めてみる。


 死なない。


 ぎゅっと握ってみる。


 やっぱり死なない。


「……生きてます」


「三日前にも確認しただろ」


「だって……」


 モミジは手を見つめた。


 今まで。


 人を殺すためにしか使えないと思っていた手だった。


 その手で。


 好きな人の手を握っている。


「殿下」


「なんだ」


「もう少し、このままでいいですか」


「ああ」


 レオンハルトは手を握り返した。


 モミジは笑った。


 今度は。


 男を騙すための笑顔ではなかった。


     ◇


 それから数か月後。


 モミジは正式にくノ一を辞めた。


 今は王宮で、レオンハルトの護衛をしている。


 隣にいても、もう手袋はしていなかった。


「モミジ」


「はい」


「俺と結婚してくれ」


 いつか聞いた言葉だった。


 あのときの男は笑っていた。


 モミジも笑った。


 そして手を握った。


 男は死んだ。


 だが、今度は。


「はい。喜んで」


 モミジは笑った。


 レオンハルトも笑った。


 差し出された手を、そっと握る。


 一秒。

 二秒。

 三秒。


「……生きてます」


「そうだな」


「よかった」


「ところで」


「はい?」


「一つ、言っていなかったことがある」


「なんですか?」


「実はあのとき、お前のスキルにだいたい見当がついていたんだ」


「…………は?」


 モミジの笑顔がひきつった。


「矢が飛んできたとき、お前は俺の手首を掴んだだろ」


「……はい」


「それでも俺は死ななかった」


 モミジは数秒、固まった。


「じゃあ、私の手を握ったとき……」


「死なない可能性が高いとは思っていた」


「ちょっと待って!」


「なんだ」


「私、あのとき……」


 モミジは震える声で言った。


「殿下が命懸けで手を握ってくれたんだって……!」


「分の悪い賭け……ではなかったな」


「……返してください」


「何をだ」


「私の感動を!」


「無理だ」


 モミジは頬を膨らませた。


「で……何割ですか?」


「何がだ」


「死なないと思っていた……確率です」


 レオンハルトは少し考えた。


「……七割だな」


「三割は死ぬ気だったんですか」


「そうなるな」


「…………」


「どうした」


「いえ」


 モミジは顔を伏せた。


 やっぱり少し、嬉しかった。


「殿下」


「なんだ」


「仕返し……ですっ」


 モミジは思い切って、レオンハルトに抱きついた。


「おい」


「…………」


「モミジ?」


「生きてます」


「そうだな」


「では、これも」


 頬に触れる。


「生きてます」


「いちいち確認するな」


「大事なことです」


「なら……これは?」


「え?」


 顔が近づいた。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


「なぜ」


「まだ、心の準備が!」


「色仕掛けの達人なんだろ?」


「実戦経験はないんです!」


「男を三十二人落としたのに?」


「全員その先に行く前に死んでたんです!」


「なるほど」


「納得しないで!」


 レオンハルトは微笑んで、そっと目を閉じた。


 モミジはその袖を掴んだ。


 今度は、自分から少し背伸びをした。


 殺戮の生娘。


 これまで落とした男、三十二人。


 任務成功率、一〇〇パーセント。


 恋愛経験、ゼロ。


 そんな彼女にも、ようやく一人。

 触れたいと思える男ができた。

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