「触れた男はみんな死ぬ」ので恋愛を諦めていましたが、なぜか王子だけは死なないので両思いになりました
「モミジ。俺と結婚してくれ」
「はい。喜んで」
男は笑った。
モミジも笑った。
差し出された手を、そっと握る。
「……え?」
男が倒れた。
即死だった。
モミジはその手を離し、懐から手拭いを取り出した。
指を一本ずつ、丁寧に拭く。
「ごめんなさい」
倒れた男を見下ろして呟いた。
「私が触った相手は……死ぬんですよね」
男の懐から、地下牢の鍵を抜き取る。
売られるのを待つ娘たちが、まだ七人いた。
今夜の仕事は、あの子たちを外へ出せば終わりだ。
――くノ一、モミジ。
十八歳。
得意技、色仕掛け。
任務成功率、一〇〇パーセント。
これまで落とした男、三十二人。
生き残った男、ゼロ。
そして――。
当然、男性経験もゼロ。
里では彼女をこう呼ぶ。
――殺戮の生娘、モミジ。
通称、『殺しのナマモミジ』。
◇
「誰ですか! 最初にナマモミジって呼んだのは!」
「儂じゃ」
「お師匠様!」
翌朝。
モミジは里長の机を叩いていた。
「もっと格好いい二つ名があったでしょ! 『紅蓮のモミジ』とか! 『最期の紅葉』とか!」
「事実じゃろ」
「どの部分がですか!」
「殺戮。生娘。モミジ」
「否定できない!」
「略して『殺しのナマモミジ』。なにがおかしい?」
「その略し方に異議あり!」
天使のような見た目、中身はツッコミ気質。
そんな少女、モミジにはチート級のスキルがある。
《触ると死ぬ》。
正式な名前は分からない。
里では、そう呼んでいた。
モミジが素手で触れた標的は死ぬ。
どんな超人でも。
いや、人間でなくても。
触れば終わり。
幼いころ、腕に噛みついた野犬に、泣きながら「死んじゃえ!」と叫んで触れた。
野犬は、その場で死んだ。
襲ってきたワイバーンも、翼に手を触れた途端に動きを止めた。
A級モンスターですら、即死だった。
だから誰も疑わなかった。
モミジ本人でさえ。
――自分は、触れた生き物を殺してしまうのだと。
それからは、人のいる場所では必ず手袋をした。
素手になるのは、一人のときと、標的を殺すときだけ。
誰かに触って確かめる勇気など、なかった。
そして里は、モミジに色仕掛けを叩き込んだ。
剣で勝つ必要はない。
毒を盛る必要すらない。
男を惚れさせればいい。
そして手を握る。
それだけで、任務は完了するのだ。
「……で、次の任務じゃ」
里長が一枚の肖像画を机に置いた。
銀髪の男だった。
鋭い灰色の瞳。
愛想の欠片もない。
「レオンハルト・ヴァレンシュタイン。第二王子。二十四歳」
「王子様ですか」
「戦場帰りじゃ。剣の腕は王国随一。頭も切れる」
「なるほど」
モミジは肖像画を持ち上げた。
じっと見る。
「イケメンですね」
「そうか?」
「好みです」
「殺す相手じゃぞ」
「仕事と趣味は別です」
里長は咳払いした。
「ただし、問題がある」
「はい?」
「こやつ、女嫌いで有名じゃ」
「なるほど。難攻不落と」
「どうする」
モミジは笑った。
「お師匠様。私を誰だと思ってるんです?」
「殺しのナマモミジ」
「だからその名前で呼ぶな!」
◇
三日後。
モミジは王都の夜会にいた。
遠方の貴族令嬢という身分は、里が用意してくれた。
淡い桜色のドレス。
胸元は大胆に。
背中も大胆に。
男の視線をどこへ誘導すればいいか、モミジは熟知している。
会場に入って十五分。
三人から声をかけられた。
五人からダンスに誘われた。
七人から熱い視線を送られた。
チョロい。
男なんて、みんな同じ。
そして――。
標的を見つけた。
レオンハルト第二王子。
壁際で一人、ワインを飲んでいる。
肖像画より、ずっといい男だった。
(殺すの、もったいないなぁ)
惜しい。
非常に惜しい。
だが仕事は仕事だ。
モミジは手袋を外し、微笑んだ。
完璧な角度。
完璧な歩幅。
完璧な視線。
標的まで、あと三歩。
二歩。
一歩。
「あっ」
わざと躓く。
そのままレオンハルトの胸へ――。
ひょい。
避けられた。
「…………」
べしゃ。
モミジは床に倒れた。
会場が静まり返った。
「大丈夫か?」
頭上から声がした。
モミジは顔を上げる。
レオンハルトが見下ろしていた。
「……はい」
「そうか」
以上。
手は差し出されなかった。
(いやいやいや!)
モミジは唖然とした。
(ここは手を差し伸べて、助け起こすところでしょうがっ!)
そこで握れば任務完了だったのに!
モミジは仕方なく一人で立ち上がった。
「申し訳ございません、殿下」
「いや」
「私、少し酔ってしまったようで……」
「そうか」
モミジは自分の肩を抱いた。
「夜は冷えますね」
「そうだな」
レオンハルトが外套を脱いだ。
(来た!)
モミジは身構えた。
ばさっ。
外套が上から降ってきた。
「着ろ」
「…………」
「寒いんだろ」
「…………はい」
モミジは外套に包まれた。
……暖かかった。
(あったかい……って、ちがーう!)
◇
翌日。
外套を返すという口実で、モミジは王宮を訪れた。
レオンハルトは庭にいた。
「でーんかっ!」
「なんだ」
「お散歩ですか?」
「ああ」
「でしたら、ご一緒しても?」
「構わん」
モミジは笑った。
今度こそ。
「きゃっ」
石につまずいたふりをする。
そのままレオンハルトの腕へ――。
ひょい。
避けられた。
べしゃ。
「…………」
「よく転ぶな」
「誰のせいだと思ってるんですか」
「すまん。石畳の段差を削らせておこう」
「いや、そこじゃないでしょ!?」
◇
それから、モミジは毎日王宮へ通った。
どういうわけか、レオンハルトは面会を断らなかった。
誘惑も、毎日続けた。
「殿下ぁ♡」
「……なんだ」
「今夜、私の部屋に来ませんか?」
「なぜ?」
「……二人きりで、お話ししたくて」
「ここで話せばいい」
「ここではできないお話です」
「機密情報か?」
「違います!」
◇
「殿下っ♡」
「なんだ」
「私、最近眠れなくて……」
「医者を呼ぼうか」
「『添い寝してやろう』くらい言えよ!」
◇
五日目。
ついにモミジはキレた。
「殿下!」
「なんだ」
「もしかして私の誘惑、気づいてないですか!?」
「最初から気づいているぞ」
「では、なぜ!」
「嫌がっている女に触る趣味はない」
「…………え?」
レオンハルトは平然と言った。
「お前、俺を誘惑するときだけ目が笑ってないぞ」
モミジは何も言えなかった。
「ハニートラップにしても、胸元を出しすぎだ」
「やっぱり見てるじゃないですか!」
「見えるからな」
「最低!」
「見せといて理不尽なヤツだな」
レオンハルトはため息をついた。
そして自分の外套を、またモミジの肩へ掛けた。
「風邪をひくぞ」
「…………」
その日。
モミジは人生で初めて、任務を中断した。
理由は体調不良。
息が苦しい。
顔が熱い。
心臓の音がうるさい。
(もしかして私、このまま死ぬのかなぁ?)
◇
「それは……恋じゃな」
「違います」
通信水晶の向こうで、里長が茶をすすった。
「標的に惚れたか」
「惚れてません!」
「では殺せ」
「…………」
「触れば終わりじゃろ」
「…………」
「モミジ?」
「通信……切りますね」
「おい」
切った。
モミジはベッドに顔を埋めた。
「違うもん……」
くノ一は恋をしない。
男を好きにさせることはあっても、自分から好きにはならない。
そう教えられてきた。
そもそも。
モミジには恋なんて無理なのだ。
好きになったって。
手も握れない。
抱きしめられない。
口づけなんて、もっと無理。
触れば死ぬのだから。
「……最悪」
三十二人もの男を落としてきた。
その誰にも、心は動かなかった。
なのに。
初めて好きになった男は――。
暗殺対象だった。
◇
翌日。
これで最後にしよう。
借りた外套を返したら、もう来ない。
たとえ抜け忍として、生涯追われることになろうとも。
(殿下を殺すなんて……できないっ!)
モミジはそう決めて、王宮の庭へ向かった。
「殿下」
「今日は胸元が閉じてるな」
「出会い頭の挨拶がソレですか!?」
「似合っている」
「…………」
不意打ちは卑怯だ。
外套を返し、目を逸らした先に、平らになった石畳があった。
「……本当に削らせたんですか」
「ああ。もう転ばずに済むだろ」
「私が転んだのは、殿下が避けたからです!」
「そうだったのか。じゃあ、次からはちゃんと受け止めよう」
レオンハルトが笑った。
声を立てて。
モミジは思わず見つめた。
「……笑うんですね」
「俺をなんだと思っている」
「すごく顔のいい壁」
レオンハルトは、もう一度笑った。
「面白いことを言うな。やはり、お前は普通に話しているほうがいい」
「普通?」
「そのほうが、俺も楽しい」
モミジの胸が跳ねた。
「……だから、毎日会ってくださったんですか」
「ああ」
「暇だからじゃなくて?」
「暇なら、もっと寝ている」
ずるい。
もう来ないと決めたばかりなのに。
モミジは隣を歩いた。
いつもより少しだけ距離を空けて。
緊張で、手袋の中が汗ばんでいた。
モミジは彼から離れたまま手袋を外し、両手で握りしめた。
「殿下」
「なんだ」
「どうして女性がお嫌いなんです?」
「別に嫌いではない」
「え?」
「色仕掛けが嫌いなだけだ」
「…………」
「戦場では何度も使われた。酒、金、女。人を操るためにな」
レオンハルトは前を向いたまま言った。
「俺は、人間を道具として扱うやり方が……嫌いなんだ」
モミジは足を止めた。
「……女の人も?」
「当然だろう」
当然。
たった一言だった。
なのに、胸の奥に刺さった。
モミジにとって、自分の身体は『道具』だった。
笑顔も。
声も。
胸も。
唇も。
全部、男を騙して殺すための道具。
そう教えられてきた。
それ以外の使い方なんて、知らなかった。
「お前もそうだ」
「……え?」
「嫌なら、やめればいい」
「何をです?」
「俺を誘惑するのを」
「…………」
「色仕掛け、向いてないぞ」
「む、向いてます!」
「そうか?」
「だって、任務成功率一〇〇パーセントですよ! すごいでしょ?」
言ってから気づいた。
モミジは口を塞いだ。
遅かった。
レオンハルトが足を止める。
「任務?」
「…………」
「やはり、くノ一か」
終わった。
モミジは後ろへ跳んだ。
手袋を落とし、袖から短刀を抜く。
「いつから気づいてたんですか?」
「最初からだ」
「最初から!?」
「夜会で俺に近づく前、天井裏にいただろ」
「…………」
「昨夜も俺の寝室に忍び込んでたよな」
だが。
レオンハルトは剣を抜かなかった。
「……なぜ捕まえなかったんです?」
「誰の差し金か、知りたかったからだ」
「だったら、今すぐ捕まえればいいじゃないですか」
レオンハルトはモミジの手元を見た。
「その短刀で、俺を刺せるか?」
「…………」
「五日もあれば分かる」
灰色の瞳が、モミジを捉えた。
「お前は、もう俺を殺す気がない」
胸が跳ねた。
「……ありますよ」
「では、なぜ泣きそうな顔をしている」
一歩。
レオンハルトが近づく。
「来ないで」
もう一歩。
「殿下」
「どうした?」
「来ないでください」
「なぜだ」
「私は――」
そのときだった。
屋根の上で、何かが光った。
矢。
狙いは――。
「殿下!」
考えるより先に身体が動いた。
短刀を捨て、レオンハルトの手首を掴んだ。
力任せに引き、その身体を石の柱の陰へ押し込む。
(しまった! 触っちゃった!)
直後。
肩に衝撃が走った。
「――っ!」
矢が刺さっていた。
足から力が抜ける。
「モミジ!」
レオンハルトが、その腕を伸ばした。
「触らないで!」
彼の手が止まった。
生きていた。
(……あれ?)
「屋根だ! 射手を捕らえろ! 治癒士も呼べ!」
レオンハルトの声に、離れて控えていた護衛たちが走り出した。
モミジは柱にもたれ、傷口を押さえた。
肩が熱い。
指の間から、血が滲む。
「止血する」
「駄目です」
「なら、せめて傷を見せろ」
「私に触れたら、殿下が死にます!」
レオンハルトが膝をついた。
「何……だと?」
「私のスキルです。素手で触れば、その人は死にます」
言ってしまった。
彼は一瞬、自分の手首に目を落とした。
それからモミジを見た。
「だから今日は、俺から離れて歩いていたのか」
「…………」
「前は、あれほど触ろうとしていたのに」
「最初は殺すつもりでした!」
「今は……」
「聞かないでください!」
答えられない。
答えたら、認めてしまう。
好きになってしまった……と。
「分かった」
レオンハルトが言った。
「なら、俺から触る」
「え?」
伸びてきた手が。
モミジの手を握った。
「――っ!?」
頭が真っ白になった。
「何してるんですか!」
「手を握った」
「そんなの、見れば分かります!」
「なら聞くな」
「死にますよ!」
「そうだな」
「離して!」
「断る」
「なんで!」
レオンハルトは離さない。
モミジの手を、強く握っている。
「お前が俺を殺したいなら」
レオンハルトが言った。
「俺は既に死んでいるだろ」
一秒。
二秒。
三秒。
モミジは震えた。
「離して……」
「嫌だ」
「殿下、死んじゃう……」
五秒。
「…………あれ?」
「なんだ?」
「生きてる」
「ああ」
モミジはまじまじとレオンハルトを見た。
息をしている。
瞬きもしている。
手も温かい。
「なんで?」
「分からん。だが、今はお前の手当てが先だ」
レオンハルトは彼女の手を傷口からそっと外した。
代わりに、折り畳んだ布を当てる。
「痛むぞ」
「……はい」
押さえられ、息が詰まった。
それでも、握ったほうの手は離さなかった。
「殿下」
「なんだ」
「本当に、生きてますね」
「ああ。お前が助けてくれたからな」
モミジは俯いた。
涙が一粒、繋いだ手に落ちた。
生まれて初めて。
好きな男の手の温かさを知った。
◇
治癒士が来ても、モミジは王子の手を離そうとしなかった。
治癒士の回復魔法を受けている間も、ずっと握っていた。
その日のうちに、襲撃者は捕まった。
雇ったのは、レオンハルトに横領を調べられていた大臣だった。
モミジの任務が進まないため、別の暗殺者を送り込んだのだ。
襲撃者の証言と、押収された依頼の書状で、大臣も捕らえられた。
王宮からの通告を受け、里は暗殺依頼を破棄した。
三日後。
モミジは里へ帰った。
隣にはレオンハルト。
里長は、深々と頭を下げた。
「殿下。このたびは、誠に……」
「謝罪より先に、モミジの件を」
「はい。今朝、鑑定の結果が届きました」
「鑑定?」
モミジは二人を見比べた。
王宮で治療を受けた翌日、鑑定士にも手を調べられた。
珍しいスキルなので、詳しい結果は後日と言われていたのだ。
「お前の力について、きちんと調べてもらった」
レオンハルトが言った。
「俺に触れても死ななかった理由が、分かるかもしれん」
里長が一枚の紙を差し出した。
「モミジ。落ち着いて読むんじゃぞ」
モミジは受け取った。
読む。
《殺意接触》。
――殺意を抱いた対象へ直接接触した場合、即死効果を付与する。
「…………」
もう一度読む。
同じだった。
「……殺意?」
「そうじゃ」
「《触ると死ぬ》じゃないんですか?」
「殺したいと思って触れたときに、発動する力だったのじゃ」
モミジは自分の手を見た。
あの野犬も。
ワイバーンも。
任務で殺した男たちも。
確かに、そうだった。
「儂らも、触れれば必ず死ぬものと思い込んでおった」
里長の声が低くなった。
「お前が人に触れるのを怖がっていたことも、知っておったのに。もっと早く、調べるべきじゃった」
「…………」
「すまなかった、モミジ」
里長が頭を下げた。
モミジは、鑑定書を握りしめた。
文句なら、いくらでもあった。
けれど今は。
一つだけ、確かめたかった。
「好きな人には、触ってもいいんですか?」
「殺意がなければな」
モミジはゆっくり振り返った。
レオンハルトがいる。
恐る恐る。
その手に触れてみた。
死なない。
指を絡めてみる。
死なない。
ぎゅっと握ってみる。
やっぱり死なない。
「……生きてます」
「三日前にも確認しただろ」
「だって……」
モミジは手を見つめた。
今まで。
人を殺すためにしか使えないと思っていた手だった。
その手で。
好きな人の手を握っている。
「殿下」
「なんだ」
「もう少し、このままでいいですか」
「ああ」
レオンハルトは手を握り返した。
モミジは笑った。
今度は。
男を騙すための笑顔ではなかった。
◇
それから数か月後。
モミジは正式にくノ一を辞めた。
今は王宮で、レオンハルトの護衛をしている。
隣にいても、もう手袋はしていなかった。
「モミジ」
「はい」
「俺と結婚してくれ」
いつか聞いた言葉だった。
あのときの男は笑っていた。
モミジも笑った。
そして手を握った。
男は死んだ。
だが、今度は。
「はい。喜んで」
モミジは笑った。
レオンハルトも笑った。
差し出された手を、そっと握る。
一秒。
二秒。
三秒。
「……生きてます」
「そうだな」
「よかった」
「ところで」
「はい?」
「一つ、言っていなかったことがある」
「なんですか?」
「実はあのとき、お前のスキルにだいたい見当がついていたんだ」
「…………は?」
モミジの笑顔がひきつった。
「矢が飛んできたとき、お前は俺の手首を掴んだだろ」
「……はい」
「それでも俺は死ななかった」
モミジは数秒、固まった。
「じゃあ、私の手を握ったとき……」
「死なない可能性が高いとは思っていた」
「ちょっと待って!」
「なんだ」
「私、あのとき……」
モミジは震える声で言った。
「殿下が命懸けで手を握ってくれたんだって……!」
「分の悪い賭け……ではなかったな」
「……返してください」
「何をだ」
「私の感動を!」
「無理だ」
モミジは頬を膨らませた。
「で……何割ですか?」
「何がだ」
「死なないと思っていた……確率です」
レオンハルトは少し考えた。
「……七割だな」
「三割は死ぬ気だったんですか」
「そうなるな」
「…………」
「どうした」
「いえ」
モミジは顔を伏せた。
やっぱり少し、嬉しかった。
「殿下」
「なんだ」
「仕返し……ですっ」
モミジは思い切って、レオンハルトに抱きついた。
「おい」
「…………」
「モミジ?」
「生きてます」
「そうだな」
「では、これも」
頬に触れる。
「生きてます」
「いちいち確認するな」
「大事なことです」
「なら……これは?」
「え?」
顔が近づいた。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「なぜ」
「まだ、心の準備が!」
「色仕掛けの達人なんだろ?」
「実戦経験はないんです!」
「男を三十二人落としたのに?」
「全員その先に行く前に死んでたんです!」
「なるほど」
「納得しないで!」
レオンハルトは微笑んで、そっと目を閉じた。
モミジはその袖を掴んだ。
今度は、自分から少し背伸びをした。
殺戮の生娘。
これまで落とした男、三十二人。
任務成功率、一〇〇パーセント。
恋愛経験、ゼロ。
そんな彼女にも、ようやく一人。
触れたいと思える男ができた。




