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栞アバター

モノリスの栞 〜栞アバター Ω〜

作者: 荒尾ナユタ
掲載日:2026/05/06

深宇宙をゆく貨物運送船「エンデバー号」は静かすぎた。


早瀬透(52)は操縦席のシートに深く腰を沈め、ぼんやりと前方モニターを見つめていた。自動航行システムがすべてを管理する今、人間である自分の役割などほとんど残っていない。時折、微細な異常を目で確認する——それだけが彼がここにいる理由だった。

地球との通信遅延は現在72時間。娘のあかりに最後に連絡を取ったのはもう10年近く前になる。

「もう父さんとは関わりたくない」

高校生だったあかりの声が、今でも耳の奥にこびりついている。仕事に逃げ、家族を顧みなかった代償だ。妻とは15年前に離婚し、以降早瀬は宇宙を往復するだけの人生を選んだ。


退屈を紛らわせるために、彼は本棚の奥から一冊の紙の本を取り出した。

アーサー・C・クラーク『2001年宇宙の旅』。若い頃に読みかけて、途中で放り出していた古い文庫本だ。

ページをめくり始めたその瞬間——

船体が小さく震えた。

警報が短く鳴る。スペースデブリとの軽微な衝突。自動修復が始まったが、空調システムに異常が発生した。酸素濃度が急激に低下し、照明が赤く点滅する。早瀬の視界が歪み、激しい頭痛が襲ってきた。


意識が朦朧とする中、操縦席の暗がりに青い光が浮かんだ。

渦を巻くエネルギー。その中心に、黒いローブをまとった異形が立っていた。フードを深く被り、顔は黒いマスクのようなもので覆われている。目だけが冷たく青く輝いていた。掌の上で青い光の球体がゆっくりと回転している。

「……ボーマン……ではないな。」

低く、宇宙の深淵そのものが響くような声が早瀬の頭の中に直接届いた。

「早瀬透。君の航路は、随分と長い。」

早瀬は床に片膝をつきながら、苦笑した。

「幻覚?……酸素不足の典型か。死に際の走馬灯ならフィルムのかけ違いだな」

挿絵(By みてみん)

影——Ωは静かに首を傾げた。

「夢か現実か。君はまだ、その境界を気にするのか。2001年のボーマンはそんなことを気にしていなかったぞ。」

青い光の球がゆっくりと早瀬の周囲を浮遊する。Ωのローブの端が、まるで宇宙の闇そのもののように揺らいでいた。

「君は荷物を運んでいる。だが、自分が運ぶべき最も大切なものを、いつから置き去りにした?」

早瀬の胸が、ずきりと痛んだ。

「……うるさいな、幻覚のくせに。」

「10年だ。君の血を継ぐ星の子——あかりは、もう28になる。結婚し、今妊娠8ヶ月目を迎えていることを君は知らない。」


早瀬の息が止まった。

幻覚がどうしてそんなことを知っている?

Ωの青い瞳が、わずかに細められた。

「孤独は宇宙の標準仕様だ。私は無数のページの始まりと終わりを見てきた。だが終わりは常に新しい胎動を伴う。Star Childは闇の中で生まれる。」

朦朧とする意識の中で、早瀬は昔の記憶を次々と吐き出した。あかりが幼い頃、膝の上で本を読んでやった夜。仕事で家を空けすぎ、離婚の泥沼の中で娘を傷つけ、「父さんなんか要らない」と突き放された日のこと。Ωはただ、静かに聞いていた。時に相槌を打ち、時に容赦なく本の引用を交えて、早瀬の後悔をえぐった。

「君はまだ、ページを閉じていない。」

「もう手遅れだ……」

「違う。終わりは、始まりの予兆だ。」


どれくらいの時間が経ったのか。

突然、空調のファンが正常に回り始めた。照明が白に戻り、酸素濃度が上昇する。早瀬は床に倒れ込み、荒い息を吐いた。

「……夢か」

這うようにして落ちていた本を拾い上げる。

恐る恐るページを開いた瞬間、彼は凍りついた。

そこに、黒い栞が挟まっていた。


フードを被った影。青く輝く目。掌に光の球を浮かべた——朦朧の中で見た姿と瓜二つのイラスト。

早瀬は栞を指でそっとなぞった。紙の感触は、確かに現実だった。

「……お前は、何なんだ?」

答えはない。

ただ、船内の空気がわずかに青く揺らいだような気がしただけだった。


それから数日後。

通信可能区域に入った早瀬は、長い逡巡の末、短いメッセージを打った。


『あかり。

元気か。

妙な夢を見て、急に気になってしまった。

何か変わったことはないか。

無理なら返事はいらない。

父より』


およそ一週間後。

遅延時間を考慮すれば意外に早く返信が届いた。


『父さん……久しぶり。

びっくりしたよ。

実は結婚してて、今妊娠8ヶ月目。

もうすぐ産まれるの。

名前はまだ決めてないんだけど……もし良かったら、一緒に考えてくれてもいいかな。

あかり』


早瀬は操縦席のシートに深く凭れ、画面を見つめたまま動けなかった。

目頭が熱くなり、視界がぼやける。

船外の無限の星々が、静かに瞬いていた。

その中に、一瞬だけ——青く、柔らかい光の粒が、胎児のように輝いて見えた気がした。

早瀬は本を手に取り、栞を丁寧に元のページに挟み直した。

ページは、まだ開かれている。


挿絵(By みてみん)

読書を応援するWEBアプリ『栞アバター』なるものを作ってます。開発中のベータ版が以下リンクからお試しいただけます。


※現状のアプリは localStorage のみ で動作しているため、以下の制限があります:

❌ ブラウザを変えるとデータが消える / 共有できない

❌ パスワードが平文で localStorage に保存されている(セキュリティリスク回避のため他サービスとのパスワードの共用は避けてください)

❌ 端末を跨いだ同期不可



栞アバター リク

https://v0-shiori-avatar-app.vercel.app/


栞アバター ひまり

https://v0-himari-avatar-update.vercel.app/


栞アバター Kai

https://bitter-book-buddy.lovable.app/


栞アバター 麗羅

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栞アバター Ω(オメガ)

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