第12話 神谷さん
移行前日、直人はいつもより早く第5倉庫に来た。
最後の仕分けをするためだ。
廃棄品の棚を1列ずつ確認していくと、小田切が入口から顔を出した。
「あ、神谷さん。今日ここで最後なんですって?」
「えぇ。聞きましたか」
「三田村さんから。なんか、出世したじゃないですか」
小田切はいつものように気軽に言って、手伝い始めた。
「倉庫が寂しくなりますよ。誰が来るんすか、次」
「まだ決まっていません」
「えー。廃棄品の価値が分かる人じゃないと、またゴミ扱いになりますよね」
直人は仕分けの手を動かしながら答えた。
「廃棄品の扱いは引き続き私が決める予定なので、管理は変わりません」
小田切は少し驚いた顔をした。
「そこまで条件に入れたんですか」
「はい」
「……神谷さんって、気づいたらすごいことになってますよね」
直人は何も言わなかった。
ただ、少し奇妙な気持ちになった。
気づいたら——ではなく。
1つずつ、積み上げてきた。
◇
昼過ぎに桐島が来た。
前回と同じように、入口から入ってきた。
だが今回は倉庫を一瞥しなかった。
まっすぐ作業台の方に歩いてきた。
「また来た。言った通り、壊れた」
カバンから片手剣を取り出す。
刃の中ほどに、横に走るひびが入っていた。
深い。実戦中に入ったものだろう。
「見せてください」
手に取る。
感触が来る。
前回より使用歴が増している。
桐島が短い期間で、かなり使い込んでいる。
ひびは深いが、中心部までは達していない。
「やれます」
「よかった」
桐島は腕を組んで待った。
前回のように疑う様子はない。
ただ見ている。
光が走った。
刃の中ほどのひびが消えた。
刀身の芯から、ゆっくりと元の形に戻っていく。
修復後の数値を端末で確認する。
攻撃補正値が7ポイント上。
前回の4ポイントから伸びている。
「前回より上がっています。この短い期間でかなり使い込んでいますから」
桐島は剣を受け取り、手の中で重さを確かめた。
「……使い込むほど良くなるのか」
「説明が難しいんですけど、使えば使う程武器に経験値が溜まるって感じですかね。その経験値を修復する時に使用しています。その時の恩恵だと思うんですけど、条件が合致すれば修復のたびに向上していきます。もちろん素材の限界はあると思いますが。」
「じゃあ壊れるまで使った方がいい」
「そういうことになります」
桐島は少しの間、刃を見ていた。
それから、顔を上げた。
「……神谷さん」
直人は端末から視線を上げた。
「次に壊れたらまた来ます」
「はい」
「管理局の受け付けを通さないといけないんですよね」
「雨宮さんに連絡を入れてもらえれば、そちらで整理します」
「分かりました」
桐島は短く頭を下げて、倉庫を出ていった。
直人は台帳を開いて記録した。
桐島。片手剣。修復済み。
ペンを置いてから、少しだけ止まった。
『神谷さん』と呼ばれた。
最初に来たとき、桐島は直人のことを『お前』と呼んでいた。
あのときの倉庫の見方も、今日とは違っていた。
短い期間で変わった。
正確には——この期間で桐島が俺の実力を認めた、ということだ。
◇
夕方、小田切が帰って、直人は1人になった。
仕分けは終わっている。
台帳も整理した。
第5倉庫を、端から端まで見渡した。
金属と油のにおい。
薄暗い照明。
壁際の深い棚。
1年前、ここに配属されたとき、ここは『終わり』の場所だと思った。
前線から外れた人間が押し込まれる墓場。
だが実際には、誰も見ていないだけで、ここには使い込まれた装備が眠っていた。
価値を見られていなかっただけで、そこには価値があった。
それは、自分自身に起きたことと同じだった。
直人は奥の棚に一度だけ目を向けた。
木箱は、元の場所にある。
封印の剣は、まだそこにある。
あの件はまだ終わっていない。
だが今日は、そこに近づかなかった。
明日から作業室に移る。
鍵と管理権限は、ここのままだ。
直人は倉庫の明かりを消した。
出口のところで一度だけ振り返った。
暗くなった倉庫の中に、廃棄品の棚の輪郭が見えた。
ここから、始まった。
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