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第10話 求められる側

 登録期限の翌日、何も起きなかった。


 通達も来ない。

 三田村も来ない。

 坂下も来ない。


 午前中を普通に過ごして、昼過ぎに三田村が顔を出した。


 「……神谷、何も聞いていないか」


 「はい」


 三田村は少し安堵したような、それでいて複雑な顔をした。


 「雨宮さんの法的申し立てが通ったみたいだ。上が動けなくなっている」


 「そうですか」


 「……お前、驚かないのか」


 「ある程度、予測していました」


 三田村はため息をついた。

 打算とか駆け引きとか、そういうものを全部横に置いた、純粋に疲れたため息だった。


 「雨宮さんという人は……本当に怖い人だな」


 直人は何も言わなかった。

 ただ、同意だった。



 ◇



 午後に2人が来た。


 高橋の紹介だった。


 1人目はA級の西村という男だ。

 30代前半で、穏やかな顔つきをしている。

 「高橋から聞きました。よろしくお願いします」と頭を下げてから装備を出した。

 使い込んだショートソードで、刃の2か所に細かい欠けがある。


 2人目はB級の桐島という男だった。

 やや遅れて入ってきて、倉庫を一瞥した。


 「……ここが修復のできる場所?」


 直人は振り向かずに答えた。


 「はい。装備を見せてください」


 桐島はしばらく間を置いてから、片手剣を差し出した。

 刃こぼれが3か所。刃の根元にひびが入りかけている。


 「これ、本当に直るの? 修理班には交換推奨って言われたんだけど」


 「見てみます」


 手に取る。


 感触が来る。

 2年半の使用歴。素直な剣の振り方。

 力任せではなく、ちゃんと教わった動きだ。

 ひびは深くない。直せる。


 「やれます。西村さんの分と一緒に、順番にやります」


 桐島は腕を組んだ。

 何かを言いかけて、やめた。



 ◇



 西村のショートソードから始めた。


 欠けた2か所に光が走り、刃が元の形に戻った。

 それだけではなく、刃の全体が少し締まった。


 西村は受け取り、刃を光に当てて確認した。


 「……すごい。欠けがなくなってる」


 「数値も確認してください」


 端末で測定すると、攻撃補正値が修復前を6ポイント上回っていた。


 「6ポイント上?」


 「使い込まれた分が戻った形です」


 西村は剣を手の中で軽く回した。


 「高橋が言ってた意味が分かりました。これは……普通の修理じゃない」


 桐島が黙って見ていた。


 次は桐島の片手剣だ。


 3か所の刃こぼれを光が埋め、根元のひびが消えた。

 修復後の数値を端末で確認する。修復前より4ポイント上。


 「どうぞ」


 桐島は剣を受け取った。

 握って、一度だけゆっくり振った。


 「……軽くなった気がする」


 「重さは変わっていません。重心が整ったからです」


 桐島は直人を見た。

 最初に倉庫に入ってきたときとは、目の色が少し違っていた。


 「……お前、何者なの」


 「倉庫番です」


 桐島は少し間を置いてから、短く笑った。


 「そうか。また来ていいか」


 「構いません。次は雨宮さんに連絡を入れてから来てください。一応、受け口を整理しているので」


 「分かった」


 2人が出ていった。


 直人は台帳に記録しながら、少し考えた。


 今日の来訪者は高橋の紹介だ。

 高橋はS級になったばかりで、その周囲にいる人間はA級やB級の探索者たちだ。


 1ヶ月前は、自分からここに来る人間などいなかった。


 今は——来る。



 ◇



 夕方、雨宮からメッセージが届いた。


 「期限は延長された。次の動きを待て」


 それだけだった。


 直人は端末を置いて、少しの間、作業台の端を見た。


 1年前、ここで最初の剣を直したとき、自分の立場はどういうものだったか。

 前線を外れた研修失敗者で、廃棄品の番をしている事務職員だった。


 今は。


 S級探索者の個人依頼を受けている。

 A級はS級になった。

 B級の探索者が半信半疑で来て、帰るときには「また来ていいか」と言った。

 管理局の上層部は動けなくなっている。


 何が変わったかといえば——立っている場所だ。


 場所は同じ第5倉庫だ。

 だが自分の位置が、違う。


 直人は台帳を閉じた。


 追いかけていたものに、追いつくのではなく。

 自分のいる場所を、価値のある場所に変えた。


 それが今どういう状態なのか、ようやく少し分かった気がした。


読んでいただきありがとうございます。

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