書記は、ついに全てを吐き出した――はずだった
会議には、限界というものがある。
それは声の大きさではなく、
沈黙の長さで決まる。
この城では、
決まらないことが積み重なり、
やがて人の理性を静かに削っていく。
これは、
書記が「何も言わなかった」ことで、
すべてを言ってしまった日の記録である。
今日の書記は、落ち着いていた。
少なくとも、そうあろうとしていた。
(深呼吸だ。今日は静観する)
ペン先を整え、背筋を伸ばす。
会議が始まる前から、結論が出ないことは分かっている。
ならば感情を挟まず、淡々と書けばいい。
――そう、淡々と。
「では、会議を始めます」
幹部の声。
魔王の頷き。
議題の提示。
意見。
保留。
確認。
継続。
(……うん、通常運転)
静かだ。
驚くほど静かだ。
心が、凪いでいく。
(よし。今日は耐えられる)
そう思った、その時だった。
――いい加減にしろ。
(は?)
誰の声だ。
会議室は静かなまま。
――いつまで同じ話をしている。
――何も決めないなら会議などやめてしまえ。
(……私?)
胸の奥から、何かがせり上がってくる。
――勇者が多い?
――世界が困っている?
――だから何だ!
(待て待て待て待て)
――管理しないと決めたのは誰だ。
――責任を取らないと決めたのは誰だ。
――それでも会議を続けると決めたのは誰だ!
(やめろ、やめろ、口に出る!)
――私は書記だ!
――決めないと決めた結果を!
――毎日! 毎日! 書かされる側の人間だ!
立ち上がっていた。
会議室の全員がこちらを見ている。
――「結論は出なかった」
――何百回書いたと思っている!
――インクの気持ちにもなれ!
「書記……?」
魔王の声。
――あなたはいい!
――決めないのは選択だ!
――だが私はその選択を一文字ずつ背負っている!
「…………」
会議室が、凍りつく。
――だから私は言う!
――今日こそ言う!
――この会議は――
「……書記」
誰かが、肩を揺すった。
「……起きてください」
はっと目を開ける。
見慣れた会議室。
見慣れた机。
見慣れた、魔王。
「……寝ていましたね」
静かな指摘。
口元が、少し冷たい。
――よだれだった。
「……すみません」
「珍しいな」
魔王は怒らなかった。
ただ、少しだけ困ったように言う。
「ずいぶん、苦しそうな顔をしていた」
周囲の幹部たちは、何も言わない。
聞いていない。
何も起きていない。
胸の奥が、じわりと熱くなる。
「……では」
魔王が席に戻る。
「本日の結論だが」
書記は、震える手でペンを取った。
『本日の会議において、
特筆すべき結論は出なかった』
インクが、少し滲んだ。
――会議は、何も決まらなかった。
書記は、何も言わなかった。
だからこそ、
今日もまた、
すべてが正確に、記録された。
魔王城 書記録・完




