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魔王城 書記録 ~決まらなかったことを記します~  作者: 叶詩


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2/4

書記は、まだ仕事だと言い聞かせている

会議には、

空気というものがある。


誰かが決めそうで、

誰も決めないときの、

あの微妙な沈黙。


魔王城では、

その空気が、長く保管されている。


書記の役目は、

発言を記録することではない。

結論を書くことでもない。


――結論が、

出なかったという事実を、

淡々と残すことだ。


これは、

書記がまだ

「仕事だから仕方がない」と

自分に言い聞かせていた日の記録である。

 書記の朝は、静かだ。


 静かすぎて、

 何も始まっていないことがはっきり分かる。


 机に向かい、

 昨日と同じように羊皮紙を広げる。


 同じ机。

 同じインク。

 同じペン。


(結論だけが、今日もいない)


 もう驚きはない。

 諦めでもない。

 ただ、受け入れているだけだ。


 会議室の扉は、今日も閉まっている。


 向こう側で、

 世界の行方について話しているはずなのに、

 聞こえてくるのは沈黙だけだった。


(これ、本当に会議してる?)

(全員、考えてる“顔”をして黙ってるだけでは?)


 書記は、ペンを持ったまま耳を澄ます。


 ……何も聞こえない。


 代わりに、

 自分の頭の中がやかましい。


(議題はある)

(問題もある)

(なのに)

(どうして結論だけが、毎回いない?)


 そのとき、扉の向こうから、かすかに声がした。


「……様子を見ましょう」


(出た)


 一瞬で理解する。

 今日の会議は、もう終わった。


(まただ)

(また“様子”だ)

(その様子、何年見続けるつもりだ)


 書記の指が、ペンを強く握る。


 紙に、インクが少し滲んだ。


(待て)

(落ち着け)

(書記だろ、お前は)


 深呼吸をする。

 声は出ていない。


 だが――


(今、誰か一人くらい)

(「決めません」って言えばいいのに)


 その瞬間だった。


 会議室の扉が、わずかに開いた。


 幹部の一人が顔を出す。


「今日の記録を頼む」


 その言葉は、

 あまりにも、いつも通りだった。


 いつも通りすぎた。


 書記の口が、

 ほんのわずかに開く。


 喉が動く。


 声が、出かける。


(……今?)

(今ここで?)


 一瞬、

 すべてを言ってしまいそうになる。


 何も決めていないこと。

 決めないことを、選び続けていること。

 その記録を、毎日一人で背負っていること。


 ――全部。


 だが、書記は止めた。


 口を閉じる。

 ゆっくり、息を吐く。


「……承知しました」


 声は、

 完璧に、平常だった。


 幹部は何も気づかず、扉を閉めた。


 書記は、その場に立ち尽くす。


(危なかった)


 今、声を出していたら、

 何かが壊れていた。


 何が壊れるのかは分からない。

 だが、戻れなくなる気がした。


 書記は席に戻り、

 新しい紙を取り出す。


『本日の会議において、議題は提示されたが、結論には至らなかった』


 また、この一文だ。


(……知ってる)

(分かってる)

(でも)


 書記は、続けてこう書き加えた。


『なお、本件については、引き続き様子を見るものとする』


 ペンを置く。


 その手は、

 ほんの少しだけ震えていた。


(次は)

(次は、止められるだろうか)


 書記は、積み上がった記録を見つめる。


 これは、まだ前触れだ。


 声に出していない。

 まだ、出していない。


 だが確実に、

 何かが近づいている。


 書記自身にも、

 分かっていた。

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