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死に戻り

 暗闇の中に、一条の閃光がはしった。


 波間を漂泊するような浮遊感に包まれて、徐々に手足に感覚が戻っていく。


 まるで水底に沈んでいた体が水面に浮きあがるみたいに、視界に光が兆した。


「……私……助かったの?」


 痛みがすっかり消えているのを不思議に思いながら、私は身を起こした。


「ここは……?」


 高級なビロードのカーテンではない、目の粗い麻のカーテン。


 天蓋付きの四柱式のベッドではない、藁や綿を詰めた普通のベッド。


 公爵家の豪華な内装とは明らかに違う、庶民的な部屋には見覚えがあった。


 私の生まれ育った実家――ノース男爵領の邸宅だ。


「どういうこと……?」

 

 私はローレンス様と馬車に乗っていて、事故に遭ったはず。


「それなのに、どうして実家にいるの?」


 事故の後、奇跡的に助かって実家に運び込まれたのだろうか?


 何も思い出せないが、事故の衝撃で記憶が飛んでしまったのかもしれない。


 ふらふらと立ち上がり、廊下に出たところで、私は目をみはった。


「――メイ!」


 そこにいたのは、私とよく似た茶色の髪をした女の子。


 ノース男爵家の次女で、私の妹のメイだ。


 メイジーとかメイベルとかではない。メイだ。一応貴族の令嬢なのに簡単な名前である。人のことは言えないけれど。


「メイ! 会いたかった!」


「サラお姉さま?」


 もう二度と会えないと悟っていただけに、いつも可愛いメイが余計に可愛く見える。


 メイは大きな緑の瞳をきょとんとまたたいたが、私はもう一度会えたことが嬉しくてならない。


 そこにメイと同じ年格好をした子供がもう一人、ぴょこっと顔を出した。

 

「姉上? どうしたの?」

 

 弟のケイだった。メイの双子の兄だ。


 ケインとかケイリーとかではない。ケイだ。一応貴族の令息なのに簡単な名前である。本当に人のことは言えないけれど。


「ケイ!」


「うわっ!」


 思わず飛びつくと、ケイは恥ずかしそうに抗議の声をあげた。


「もぉ、苦しいよぉ!」


 可愛い可愛い私の弟と妹。


 双子は私が七歳の時に生まれた。それまで一人っ子だった私は、弟もほしいけれど妹もほしくて、選べなくて悩んだことを覚えている。


 そうしたら弟と妹がいっぺんにできて、それはそれは嬉しかった。


 やんちゃでちょっと生意気なケイも、素直で天使のようなメイも、どちらも私の宝物。


 私がオルブライト公爵家で働くことを決めたのも、この二人がいるからだ。


 ケイはいつかお父様の後を継いでこの地の領主になるのだから、借金は残したくない。


 メイはいつか大切な人ができてお嫁に行く時に、恥ずかしくない支度をしてあげたい。


 そう思っていたから、私は慣れない侍女のお仕事も一所懸命に頑張ってきたのだ。……最終的には解雇クビになってしまったけれど。


 二人をいっぺんにぎゅうぎゅう抱きしめながら、私はふと違和感を抱く。


「あなたたち、縮んだ!?」


「「?」」


「だ、だって、この前会った時はこのくらいだったじゃない? それなのにこんなに急に小さくなるなんて……」


 私が家族と最後に会ったのは、ローレンス様との結婚式だ。


 ノース男爵領からはるばる王都に出てきた家族は、全員そろって緊張でガチガチになっていたけれど、ケイはリングボーイ、メイはフラワーガールの役目をそれぞれ立派にこなしてくれた。


 ローレンス様がケイとメイにぴったりな衣装をとおっしゃって、新しい礼服やドレスを仕立ててくださったから、採寸したサイズはまだ記憶に新しい。二人とも今よりも頭ひとつ分は大きかったはずだ。


「二人とももう十一歳なのに、背が伸びるどころか縮むなんて……」


 何かの病気ではないだろうか。心配で胸が張り裂けそうになったが、ケイはあきれた顔で口を尖らせた。


「何言ってるの、姉上? 僕たちは九歳だよ?」


「ええっ!?」


 十一歳のケイとメイが、九歳!?


 ケイが冗談を言っている様子はないし、メイも「お姉さま、大丈夫? 夢でも見たの?」と純粋な目で見つめてくる。


 私は廊下の端に掛けてある鏡の前まで走った。


「嘘……?!」


 鏡の中の私は、育ち盛りのケイとメイほど顕著ではないが、確かに二年ほど若返っているような気がした。


「いったい……どういうこと……?」


 二年前。十八歳だった私は十六歳だ。ローレンス様と出会う前なのはもちろん、元勤め先だったオルブライト公爵家で働き出すよりも前である。


「まさか……時が巻き戻ったの?」


 茫然としている私の背後を、お母様が通りがかった。


「あら、サラ」


 うちのお母様は貴族の奥方というよりも、下町のおかみさんといった形容がよく似合う人だ。今も庭の草を摘んだ籠を持って、にこにことキッチンに向かおうとしている。


「サラ。お客様にお茶を淹れるから手伝ってくれる?」


 この反応、どう見ても「事故で死にかけていた娘が復活した」という状況ではない。


 いくらおっとりのんびりとしたお母様でも、もう少し私の容態を心配するはずだ。多分。


「こんな奇跡が起こるなんて……信じられない……」


 メイの言う通り、私は夢を見ていたのかもしれない。

 

 でも……今も脳裏に残るリアルな感触は、とても夢とは思えなかった。


 愛する人が冷たくなっていく光景は、絶望という言葉では言い表せなかった。自分が死ぬよりもずっと辛くて苦しかった。


──ローレンス様に生きてほしい。


 死の間際、そう強く願ったことを覚えている。


 もしも神様が私の願いを叶えて、時を戻してくださったのなら、同じ悲劇は二度とくりかえさない。


 もともと不似合いで不釣り合いの結婚だったのだ。ローレンス様を殺してしまうくらいなら、私となんて最初から結ばれない方がいい。


「もう絶対に……ローレンス様を死なせない……!」


 そう決意して、私は拳をにぎりしめた。



──旦那様、愛しています。離婚してください!


 まだ結婚していないけど! 離婚してください!


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