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解毒薬

「父を乗せた馬車が事故に遭うよう仕向けたのは、おまえだからか?」


 指摘されたジェラール様は、にわかに血相を変えた。


「な、何を言っているんだ! ローレンス!」


 ジェラール様は気色ばんだが、ローレンス様は動じなかった。


「ジェラール。この男を知っているだろう?」


 ローレンス様が示した先に、一人の男性がずるずると引きずられてくる。


 体格のいい従僕さんたちにがっちりと捕縛され、後ろに回された両手は縄で固く縛られていた。舌を噛ませないためか、男性の口には布が詰められている。


 庭師の作業着にも似た質素な服は、馬の世話をする厩務員のもの。──この公爵邸に仕える馬丁の一人だ。


「知……知らな……」


「知らないはずがない。この男はヘザーコート家の……おまえの紹介で採用したのだから」


 ジェラール様は首を横に振ったが、ローレンス様は言下に否定した。


 以前ローレンス様は回帰前の事故死を踏まえ、馬車の整備には細心の注意を払わせたと言っていた。


 馬車を操縦する御者も、馬を世話する馬丁もみんな()()()()()()()()()()()()一流の人間ばかりだと。


 この馬丁も同じく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 そして彼は尋問を受け、すでに犯行を自供している。ジェラール様の指示を受けて動いていた──と。


「……おまえを信用した俺が愚かだった」


 ローレンス様は深い後悔の込もったため息を吐いた。


「この男がすべて吐いた。父やサラが単身で馬車を利用する時のみ、前もって馬に毒草を与えるよう、おまえに命じられていたと……」


 これが車体の不正な改造や破壊行為であったなら、とっくに露見していたはずだ。


 だが一見して、ただ馬に給餌しているだけなのだ。飼い葉桶の中身が馬にとって有毒な植物だなどと、誰にも見抜かれなかったのだろう。


「ふざけんな!」


 ジェラール様は激昂した。


「バカを言うな! 俺は関係ない! やったのはあの庭師のジジイだろうが!」


「違う。ハワードは犯人ではない」


 ローレンス様は冷静沈着に告げた。


 あの優しかったハワードさんが罪を犯したなんて、私は今でも信じられない。信じたくない。


 だから──信じていない。


 私も、ローレンス様も、はなからハワードさんが犯人だなど思ったことはなかったのだ。


「ハワードが姓こそ違うものの、オークリー家の血を引いていることは知っていた。それこそハワードがこの家に勤め出した、三十年も前からな」


「は……?」


 ローレンス様の発言に、ジェラール様は唖然と口を開けた。


 グランディール公爵家は名門中の名門貴族。使用人もみんな身元の確かな人間ばかりだ。


 約三十年前、ハワードさんが雇われたのも、しっかりとした身辺調査が行われた上でのことだった。


 グランディール公爵家は、最初からハワードさんがオークリー家の直系であることは承知の上で雇い入れたのだ。


 そもそも庭師は使用人の中でも上級職。土にまみれて働くからか下級職と誤解されがちだが、そうではない。


 園芸への深い知識、緻密な計算力と洞察力が必要になる庭師は、多彩な教養がなくては決して務まらない高度な仕事だ。


 巻き戻り前、仮にも男爵令嬢である私が庭師手伝いとして採用されたのも、すでに貴族の血を汲むハワードさんが働いているという前例があったからなのだろう。


「はっ!」


 ジェラール様は嘲るように薄くわらった。


「あのジジイは犯人じゃない? それなのに自害させたってのか!? 無実の人間を殺して、ざまぁねぇな!」


 しかし、ゆっくりと近づいてくる人影を見止めて、ジェラール様の双眸が大きくみひらく。


「……!?」

 

 まるで亡霊を見るような視線の先に立っているのは、白い髪とひげをたくわえたおじいさん。


「あいにく、幽霊ではありませんよ」


 ハワードさんは両の膝をぽんぽんと叩きながら言った。


「は……!?」


 ジェラール様は刮目したまはま、まばたきもせずにハワードさんを凝視した。


「なんでだ……!? だってあの時、確かに毒杯を……!?」


 ハワードさんは確かに、ジギタリスの毒杯を飲み干していた。


 どさくさに紛れて捨てたり、飲むふりをして服に染み込ませたり、そんな子供だましの手を使うことは不可能だったはずだ。


 ジェラール様は目を剥いた。


「まさか、あのジギタリスはコンフリーだったのか?!」


 ジギタリスの葉はコンフリーの葉と酷似している。しばしば両者を取り違えて、食中毒騒ぎが起きることもあるくらいだ。


「いや……そんなはずはない……!」


 ジェラール様が疑惑を打ち消したのは、ジギタリスの毒を用意したのがヘザーコート家の手の者だからだ。


 ジギタリスとコンフリーはよく似ているが、葉の鋸歯きょしの有無や、表面の手触りの違いなどで識別は可能だ。


 ジェラール様は確かに本物のジギタリスの毒を入手した。


 私たちがそう依頼したのだ。──ジェラール様にハワードさんの死を信じ込ませるために。


 私はすっと前に進み出た。


「ジギタリスには、解毒薬があるんです」

 

 自然界に自生する毒性植物のほとんどには、解毒作用のある薬は存在しない。


 トリカブトにも、ドクゼリにも、スイセンにも、ドクウツギにも有効な治療方法はない。もしも飲食してしまった場合は、催吐などの対処療法くらいしか手立てはない。


 しかし、ジギタリスには中毒を防ぐ拮抗薬があるのだ。


 ハワードさんにはあらかじめ、その薬を服用してもらった。


 非常に危険な賭けだった。私はもちろん止めたし、ローレンス様も渋ったのだが、ハワードさんの方からやらせてほしいと懇願したのだ。


「……ヘザーコート家のご令息。お若いあなたはご存知ないでしょうが、オークリー家は暴君でした……」


 ハワードさんは目元に刻まれたしわを深めて、ジェラール様をじっと見つめた。


「お恥ずかしい話ですが、オークリーの者たちはその地位におごりました。富にあかせ、権力をほしいままにし、人道を見失ったのです……」


 オークリー家はラセル侯爵の位を授かって、慢心したのだそうだ。


 オークリーの当主はラセルの領民に重い税を課し、過酷な賦役ふえきを求め、逆らえば容赦なく見せしめにした。


 虐殺された民の首が城の外壁にずらりと吊るされ、首と離れた遺体の山をからすついばみ、領内には主を呪う怨嗟の声が満ちたという。


「……暴政を執ったオークリーの一族は、爵位を取り上げられて当然でした……」


 幼いハワードさんは、ラセルの領民たちが虐げられていることに心を痛めていたのだという。


「王家とアッシュフォード家は、ラセル領をオークリー家から救ってくださった。愚かな圧政を食い止め、領民たちを解放してくださった。そのことに感謝こそすれ、恨むなどありえません」


 オークによって食い潰されかけたラセル領は、トネリコ(アッシュ)によって救われた。


「アッシュフォード家はオークリー家よりはるかに良き領主でした。わしがこのお屋敷にお仕えしたのは恨みでもなんでもない。ラセル領に善政を敷いてくださっているアッシュフォードの方々のお役に、少しでも立ちたかったからですじゃ」

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