最大のライバル
私たちがひと晩帰ってこなかったことで、お互いの家族はそれはそれは心配していたらしい。
事故現場となった山道をローレンス様に案内しに行くことは伝えていたので、うちのお父様は私たちを探しに行こうとしたものの、雨足はますますひどくなるばかり。
私たちもきっとこの土砂降りの雨に難儀し、近くの山小屋で雨宿りしているのだろう。そう判断し、しばらく様子を見ることにしたそうだ。
そして、ようやく雨が上がった今朝。いよいよお父様が捜索に出かけようとしたタイミングで、私たちが二人そろって帰ってきた。
「姉上!」
「サラお姉さま! ぶじでよかった!」
弟のケイと妹のメイが手を振りながら、まろぶように丘を駆けてくる。
「ケイ! メイ! 心配をかけてごめんね」
片手で一人ずつキャッチしながら、私は二人をいっぺんに抱きしめた。
◇◇◇
「──お嬢さんをください、とは言いません」
家族に心配をかけてしまったことを改めて詫び、顔を合わせて無事を喜びあった後。
丁重な物腰で、ローレンス様はうちの両親に切り出した。
「お嬢さんと結婚させてください。一生、大切にします」
「あ、頭を上げてください! ラセル侯爵!」
ラセル侯爵の儀礼称号を持つローレンス様は、男爵である私のお父様よりもずっと身分が高い。
そんなローレンス様に深々と頭を下げられて、うちの両親はあわあわと動転した。
「ううううちの娘で……いいいいいのでしょうか……!?」
両親は挙動不審なくらい混乱して、噛み噛みに噛んでいたが、ローレンス様ははっきりと言い切った。
「サラでいいなどと思ったことはありません。サラがいいんです」
「そそそそんな……。うちの娘のどどどどこが良くて……」
「まず、可愛いです」
「いつもまっすぐで一所懸命なところも可愛いし、家族思いなところも可愛い。働き者なところも可愛いし、弟や妹を慈しんでいるところも可愛い。何をしていても可愛くて──」
「も、もうやめてください!!」
──何回可愛いって言うんですか!
ただでさえ朝帰りなんて恥ずかしすぎて、穴があったら隠れたいのに。これ以上羞恥心を上塗りするのはやめてしい。
うちの両親はまだ鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていて、何が起こっているのか理解できない様子だったが、ジョナサン様とオリヴィア様は快く受け入れてくれた。
思い返せば、以前ジョナサン様は私に「息子の妻になってはくれないか?」と言っていたのだった。
あの時は冗談だと思っていたけれど、こうして実際に縁談が浮上しても反対するどころか、にこにこと話を進めようとしているのだから、どうやら本気だったらしい。
しかし、オリヴィア様は公爵夫人だ。大事なご子息の配偶者として、ご自身の公爵夫人の座を継ぐ後継者として、私のような雑草令嬢はふさわしくないと思われて当然ではないか──?
私はそう懸念したのだが、オリヴィア様は「そんなことはないわ」と上品にかぶりを降った。
「息子は誰に似たのか無愛想で仏頂面だけれど……夫は気さくで明るい人でしょう?」
ローレンス様が仏頂面だとは思わないけれど、ジョナサン様が気さくで明るい方なのは事実だ。気さくすぎて公爵閣下だとは気付かなかったくらいだ。
「サラさん、私はこの人の、明るくて優しくてよく笑うところが好きなの」
ジョナサン様を愛おしそうに見上げてはにかむオリヴィア様は、少女のように初々しくて可愛らしかった。
「だからね、息子のお嫁さんには明るくて優しい人がいいとずっと願っていたのよ」
──だって一生は長いわ、とオリヴィア様は微笑んだ。
「ずっと共に過ごす人なんですもの。地位や身分よりも人柄が大事だわ。一緒にいるだけで心があたたかくなるような、そんな相手が一番よ」
オリヴィア様の優しい言葉に、胸がじんと熱くなる。
「ねぇ、ジョンおじさん。ぼくとおじさんは親戚になるの?」
「ああ、そうだ! 楽しみだな!」
ケイは期待をこめたまなざしでジョナサン様を見上げ、ジョナサン様はケイを抱き上げてくるくると回った。す、すっかり元気になって何よりだわ……。
「サラさんが息子の妻になってくれるのは嬉しいが、ケイくんと親戚になれることも嬉しいぞ。ケイくんが大きくなったら、私がパトロンになるからな!」
「ジョンおじさん。ぱとろんって何?」
「後援者のことだ。ケイ君が何かやりたいと思う進路や、始めたいと思う事業ができたら遠慮なく言いなさい。財政面だけではなく、人脈的にも必ず力になれるはずだ」
ジョナサン様は胸を張り、ケイは目を輝かせた。
「ほんと? うちをしがない雑草貴族ってバカにしてるふざけた連中に、目にもの見せてやれる?」
「その意気だ、ケイ君! 徹底的にやってやろう!」
ケイは十歳とは思えない物騒なことを言い出し、ジョナサン様はノリノリで後押ししている。
「いくらでも支援は惜しまんし、返済はいらんぞ!」
──破格の条件すぎるわ!
私が冷や汗を流している横で、オリヴィア様はふふっと微笑んだ。
「私もメイちゃんと親戚になれるのが楽しみだわ。これからは身内として、思う存分援助させてちょうだいね」
「本当? オリヴィアおばさまのぷろでゅーすで、男たちを手玉にとれるようになれる?」
「なれますとも! 美しさと教養に磨きをかけて、殿方を手のひらで転がしましょうね」
メイは十歳とは思えない末恐ろしいことを言い、オリヴィア様は前のめりで肯定している。
──もしかしなくてもジョナサン様もオリヴィア様も、一人息子が結婚することよりも、ケイとメイが身内になることを喜んでいないかしら……?
「ふ……二人とも……図々しいことはやめてね……?!」
うちの弟と妹を可愛がってもらえることはありがたいけれど、二人とも遠慮がなさすぎて、私は汗が止まらない。
「……」
さらにもう一点、気がかりなことを思いして、私は顔を曇らせた。
「サラ、どうした?」
「……ミラベルお嬢様のお側を離れるのが……寂しいんです……」
ローレンス様と結婚するとなると、オルブライト公爵家の侍女は辞めざるを得ないだろう。
『前回』とは違って、せっかくミラベルお嬢様との距離を縮められただけに、残念でならない。
ミラベルお嬢様の誇り高いところも、素直じゃないところも、ツンツンしたところも全部、ものすごーく可愛いのに。
もうお嬢様にお仕えできなくなるなんて、考えるだけで寂しい。
私がしょんぼりしていると、ローレンス様は愕然とした表情を浮かべた。
「ローレンス様?」
「……もしかして……俺の最大のライバルはオルブライト公爵令嬢なのか?」




