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意気投合

 見渡す限り草しか生えていない野原。ゆるやかな起伏のある丘の頂上で。


「いくよー! ジョンおじさん!」


「ああ、いつでも来い!」


 三、二、一、とカウントダウンを唱えて、ケイは手に持っていた木製の輪をぱっと放した。


 輪はころころと斜面を転がり、ケイとジョナサン様も同時に走り出す。


「やったー! 取ったよ!」


「ケイ君は速いなぁ。次は負けんぞ!」


 わずかな差で輪をキャッチしたケイは飛び上がって喜び、負けたジョナサン様は野原に転がって笑っている。


 二人がまるで父子のように仲良く遊んでいるのを見て、私の背筋はひゅっと冷えた。


「ケイ! 何をしているの!?」


 私はあわてて割って入り、輪っかを取り上げた。


「グランディール公爵様は病み上がりなのよ! 遊びの相手をさせるなんていけません!」


「いやいや、サラさん。違うのだ」


 私が叱ると、ジョナサン様はケイをかばうように手を振った。


「私からケイ君に遊んでほしいと頼んだのだよ。いつまでも寝たきりでは体がなまってしまうからな」


「で、でも、公爵様と輪くぐり遊びだなんて……」


 輪くぐり遊びは子供、特に男の子がよくやる伝統的な遊びだ。


 木製や鉄製の輪を使い、輪くぐり遊びの名前の通り手で回してぴょんぴょん飛んだり、輪の中に入って腰を振ってくるくる回転させたりする。今のように転がした輪を複数人で追いかけて、取った者が勝ちというやり方もある。


 一般庶民はもちろん王公貴族の子供にも人気で、王配殿下すら幼少のみぎりに好まれていたという、身分を問わない遊びである。


「ケイ君が付き合ってくれるおかげで、ちょうどいい運動になっているよ。ありがとうな」


 ジョナサン様にわしゃわしゃと頭を撫でられて、ケイは得意げに鼻をこすった。


 ケイは「ジョンおじさん」の本名がジョナサン様だとわかってからも呼び方を変えていないのだが、ジョナサン様はむしろ嬉しいらしい。「ケイ君に様などと呼ばれたくない」とまで言っている。


「ジョンおじさん、次は戦いごっこしようよ」


「ああ、いいな。やろうやろう!」


 ジョナサン様は子供のようにきらきらと顔を輝かせた。


 戦いごっこは輪を二つ用意してぶつけあい、相手の輪を倒した方が勝ちというルールだ。


 男の子は戦いと名がつくものに血が騒ぐ生き物らしい。ひやひやと見守る私そっちのけで、二人は和気あいあいと白熱した戦いをくりひろげていた。



◇◇◇



 茫然としたまま家の中に戻ると、妹のメイとオリヴィア様がおままごとをして遊んでいた。


「おちゃはいかが?」


「いただきますわ。ごくごくごく。まぁ、おいしい」


 メイがミニチュアのテーブルに食器を並べると、オリヴィア様は飲む真似までしてくれた。おもちゃのカップなのに、マナーを完璧に守った所作は気品に満ちている。


「ぶとうかいの時間だわ。おしろにまいりましょう」


──お茶会からの舞踏会? 忙しいスケジュールね!


 私は内心そう思ったが、メイはすっかりプリンセスになりきっている。手に持ったお人形と一緒に、メイ自身もぺこりとお辞儀をした。


「メイちゃん。カーテシーは背筋はまっすぐ伸ばしたまま、膝だけを曲げるのよ」


「こう?」


 オリヴィア様の指導が入り、メイは言われたとおりに背中をぴんと伸ばして、片足を斜めに引いた。


「そうよ。後ろに引いた足をクロスさせると、もっと素敵に見えるわ」


 メイの顔にやる気がみなぎった。お人形を置いて姿勢を正し、おそらく頭の中でお城の舞踏会をイメージしながら、スカートをつまんでカーテシーをする。


「ごきげんよう」


「上手! なんてのみこみが早いの!」


 オリヴィア様が絶賛の拍手を送り、メイは満面の笑顔を浮かべた。


「……メ……メイ……」


 私がよろよろと声をかけると、メイは嬉しそうに飛びついてきた。


「あのね、サラお姉さま。オリヴィアおばさまはすごいの。エチケットにとってもくわしいの!」


──そ……それは公爵夫人だもの……!


 メイは淑女の鑑のようなオリヴィア様にすっかり憧れているが、オリヴィア様は私たちよりずっと上位の存在だ。同じ貴族だなんて名乗るのはおこがましいくらい身分が違うのだ。


 私は焦って、オリヴィア様にぺこぺこと頭を下げた。


「すみません! グランディール公爵夫人、うちの妹がご迷惑をおかけして──」


「何を言うの、サラさん。私は本当に嬉しいのよ」


 ジョナサン様が私を「サラさん」と呼んでいたせいで、いつの間にかオリヴィア様までそう呼ぶようになっている


「私には息子しかいないから、女の子とお人形遊びをするのにずっと憧れていたの。メイちゃんと遊べて、まるで夢が叶ったみたいに幸せだわ」


 オリヴィア様は楽しそうに目を細めた。


 はらはらする私をよそに、二人は先ほどの舞踏会の続きを始め、きゃっきゃうふふと盛り上がっている。


「ジョンおじさんともっと遊びたい!」と目を輝かせてせがむケイ。


「オリヴィアおばさま、だーいすき!」と天使の笑顔で抱きつくメイ。


「なんて可愛いんだ!」とこぶしをにぎりしめるジョナサン様。


「なんて可愛いの!」と感激に頬を染めて喜ぶオリヴィア様。


──うちの弟と妹が!? 公爵と公爵夫人と仲良くなってる!?


 すっかりジョナサン様とオリヴィア様になついてしまったケイとメイに、私は驚くことしかできなかった。


──ど……どうしてこうなったの……!?


 ジョナサン様は「ケイ君が成人する時は私が大々的にバックアップするぞ!」と胸を叩いて宣言しているし、オリヴィア様は「メイちゃんがデビューする時は私が全面的にフォローするわ。メイちゃんなら社交界の華になれますとも!」と太鼓判を押している。


──私はもうグランディール公爵家と関わりたくないのに……!


 姉の心弟妹知らずとはこのことである。


 私が困惑していると、オリヴィア様は優雅に微笑んだ。


「その前にサラさんが先ね。サラさんは素材がいいもの。ちょっと磨けば誰もが振り返る美女になるわ」


──なるわけないです!


「オリヴィアおばさま。サラお姉さまをよろしくおねがいします」


──よろしくお願いしないで! メイ!


「任せてちょうだい。エスコートはうちの息子にさせてもいいかしら?」


──それは! 困ります!


 張り切るオリヴィア様に翻弄されて、私は心の中で忙しく悶えたのだった。

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