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タッジーマッジー

「……グランディール公爵家だったの……?」


 見上げるほど高い門と、路地の先まで伸びる強固な壁。


 冬空の中にも枯れない立派な針葉樹がそびえ立つ白亜の豪邸は、私の元勤め先であるオルブライト公爵家をもしのぐ大貴族――グランディール公爵家のタウンハウスだった。


「ご不幸って、そういうことだったのね……」


 グランディール公爵家は一年前、代替わりしている。


 先代の公爵が事故で急死し、まだ二十歳になったばかりの嫡男が跡を継がれたのだ。


 現当主であるローレンス様は忙しくお仕事をこなされており、今もお屋敷には不在とのこと。


(ローレンス様……月桂樹にまつわるお名前ね。綺麗な響き……)


 まだ見ぬ若旦那様が植物に関係するお名前であることに、何となく嬉しくなる。


 旦那様のお母様である先代の公爵夫人は、先代公爵が亡くなられて以降、領地のカントリーハウスに隠棲されたそうだ。


 未亡人になられた奥様をお慰めしたいと、何人もの使用人がカントリーハウスについていってしまって、このタウンハウスは人手が足りないのだとか。奥様はとても慕われているお方なのね。


 奥様も旦那様も不在ということで、私の面接を担当してくれたのは家令さんだった。


 家令さんは全使用人たちのトップである。私が仮にも男爵令嬢だと聞いて迷ってはいたものの、何とか雇ってもらうことができた。


「さっそくお仕事をさせてください!」


 そう家令さんにお願いし、張り切ってお庭に出る。


「わぁ……っ!」


 邸宅の奥には、広大な庭園が広がっていた。


 シンメトリーに配置された花壇。大理石で囲われた円形の池。


 寒々とした木枯らしに吹かれて、銀灰色をしたブルースターの葉が揺れている。純白のスノードロップがしずくのような可憐な花を咲かせて、まだ見ぬ春を誘っている。


 庭の片隅には立派な温室も建っていた。白砂利を敷き詰めた小道が、優美な曲線で縫うように温室と四阿ガゼボとをつないでいる。


「なんて素敵なお庭……!」


 私は感動に震えた。


 空は鉛色に濁っているが、小道にはヒースがたくましく茎を伸ばし、霜の張った花壇にはクロッカスがちょこんと芽をのぞかせていた。


「おやおや、こんな若いお嬢さんだとは……」


 帽子を脱いであいさつしてくれたのは庭師のおじいさん。ハワード・グレイさんというお名前だ。


「サラ・ベリーです。よろしくお願いします!」


 ハワードさんは長年この庭のお世話を任されているらしい。日に灼けた肌や使い込んだ作業服は、いかにもベテランの庭師という雰囲気だ。


「いや、しかし……男爵家のお嬢さんに庭仕事をしていただくなど……」


「大丈夫です。うちの領地は草しか生えないなんて言われるけれど、草は生えるんですから!」


 自信満々に胸を張った私に、ハワードさんは顔のしわを深めて笑ってくれた。


「助かります。最近は寄る年波に勝てず、手が回らなくてなってしまってのぅ」


 ハワードさんがそう言った通り、整然と刈り込まれていたはずのいちい拓植つげの生垣は、あちこちが伸び放題になっていた。


 私はさっそく刈り込みのお手伝いに励んだ。どこまでも続く生垣の剪定は一苦労だが、頑張れば頑張るほどきれいになっていくのでやりがいがある。


 その後も自分から仕事を見つけて、せっせと動き回った。


 花壇の煉瓦に這った苔を落としたり、池の水面に浮かんだ落ち葉を拾ったり、温室のガラスに溜まったほこりを拭き取ったり、休まずにあれこれ働いていると、ハワードさんは白いひげをさすりながら感心してくれた。


「ほう。サラさんは手慣れていますなぁ」


「ありがとうございます!」


 男爵を意味するBarronは「荘園」を意味するBaronyからきている。


 だからというわけではないけど、男爵家に生まれた私も幼い頃から庭いじりに親しんできた。ドレスや宝飾品には詳しくないが、草の扱いは得意なのだ。


「こんな素敵なお庭で働けるなんて嬉しいです!」


「そう言ってもらえると嬉しいですじゃ」


 私は穏やかなハワードさんと一緒に、ほのぼのと庭仕事を楽しむ日々を送った。


 冬は花が少ないけれど、枯れ葉をお掃除したり、春の植え付けに向けて肥料を準備したり、温室の中で花の苗を育てたりと、やることはいくらでもある。


「ここのお家には花だけでなく、ハーブもたくさん植えてあるんですね」


 私の前の奉公先だったオルブライト公爵家は、立派なローズガーデンを誇っていた。


 このグランディール公爵家のお庭もメインは薔薇だが、素朴なハーブも豊富に植えられていて、"雑草令嬢"としては親近感を感じずにはいられない。


 白い花が可愛いタイム。黄色の花をつけるディル。シルバーグリーンの葉が魅力的なアーティミシア。


 どれも派手ではないけれど、心がほっとする可愛らしさだ。


「ハワードさん。このハーブを使って、タッジーマッジーを作ってもいいでしょうか?」


 Tussie Mussieとはハーブを用いた花束のことだ。


 おまじないの呪文のような不思議な言葉だが、怪しいものではない。


 タッジーマッジーは花束として飾れるだけでなく、ハーブの爽やかな香りがするため、室内に置けば芳香剤がわりにもなる。


「このお屋敷はとても壮麗ですけど、まるで火が消えたみたいに静かなので……お花があったら癒される気がするんです」


 ハワードさんは好好爺こうこうやという表現がぴったりな顔で笑った。


「ああ、いいですな。きっと屋敷の者たちも喜びますじゃ」


 私はさっそく庭に出て、花と草を数種類摘んできた。


 ボウルに水を張り、茎の切り口を浸す。水中で茎を切ると、水が吸い上げられて花が長持ちするのだ。


 中心にする花にはスノードロップを選んだ。ローズマリーの緑を添え、セージとマージョラムの葉を配してぐるっとラウンド型にまとめる。


 最後に麻紐で結び、湿らせた紙で茎を包めば、タッジーマッジーの完成だ。


 日替わりで様々な草を使ったタッジーマッジーを作り、廊下に置いたり壁に掛けたりすると、暗かった邸内の雰囲気が少しだけふんわりと和らいだような気がした。

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