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帰省

 思いがけずまたローレンス様と会ってしまったお茶会の後。私は以前にも増して真面目にこつこつ働き続けた。


 私は社交界にデビューしていない。これ以上ローレンス様に遭遇しないためにも、今後もデビューの予定はない。


 私は仕事ひとすじで生きていくつもりだ。仕事は良い。働けばお給金がもらえるし、忙しく動き回っていれば余計なことを考えずに済む。


 社交や結婚には興味がないし、そんな余裕もない。故郷には育ちざかりの弟と妹もいるのだから、姉として二人を守らなくていけない。


 これからもずっとミラベルお嬢様にお仕えすることだけを考えていこうと、私は改めて決意を固めたのだった。



「サラ。あなたもたまには休暇を取っていいのよ」


 オルブライト公爵家に勤めて一年が過ぎた頃。ふいにミラベルお嬢様からそんなことを言われた。


「休暇……ですか?」


「ええ。あなた、うちで働き始めてからまだ一度も実家に帰っていないでしょう?」


 私は住み込みで働いているが、侍女の中には通いの人も多い。


 そもそも侍女は貴族の女性がマナーや行儀作法を学ぶために務めていて、結婚するまでの腰かけであるケースも少なくないのだ。


 他の侍女たちは貴族令嬢であることが本分なので、自身の実家にも頻繁に戻っている。一年以上も帰省していないのは私くらいだ。


 私だってもちろん家族には会いたい。お人好しの両親がまた詐欺に引っかかっていないかも心配だし、十歳になった双子の弟と妹の顔も見たい。


 けれどノース男爵領は遠い。往復には時間がかかるし、それだけ仕事にも穴を開けることになってしまう。


「ありがとうございます。でも、私はミラベルお嬢様にお仕えしていたいんです」


「はぁ? バッカじゃない!」


 ミラベルお嬢様は縦ロールの髪を不機嫌になびかせて、私をきつくめつけた。


「過労で倒れでもした方が、よっぽど迷惑だって言っているのよ。あなたのかわりなんていくらでもいるんだから、せいぜい自分の身を大事にしなさいよね! あなたに何かあったら、ご家族だって心配するでしょう?」


「ミラベルお嬢様……お優しい……!」


「何が優しいのよ!」


 私は感激に手を合わせたが、ミラベルお嬢様はぷんすかと怒った。


「勘違いしないでよね! 私はただあなたをこき使ってるなんて誤解されたくないだけなんだから! 侍女に休みを与えていないなんて言われたら、オルブライト公爵家の名誉に関わるのよ!」


「ミラベルお嬢様……! 一生ついていきますっ!」


 私がぎゅっと抱きつくと、ミラベルお嬢様は嫌そうな顔をしたが、振り払いはしなかった。


「お土産たくさん持って帰ってきますね。あっ、うちの領地には草しか生えないんですけど……どんな草がいいですか?」


「いらないわよ! 本当に雑草令嬢なんだから!」


 そんな感動的な別れを経て、私は実家のノース男爵領へと帰省した。


 感動的だと思っているのは私だけかもしれないが、ミラベルお嬢様が可愛らしいので問題ない。



 久しぶりに見るノース男爵領は、相変わらずのどかで質素だった。


 オルブライト公爵家の重厚な門構えとは比較にならないほど簡素な門には、素朴な苺のデザインをした家紋がちんまりとられている。


 豪奢なお屋敷の足元にも及ばない、慎ましやかな家の中。私は妹のメイと一緒にたくさんの服を広げて、きゃっきゃっと盛り上がっていた。


「見て見て! サラお姉さま!」


 シフォンシルクのワンピースを着たメイが、嬉しそうにはしゃいでいる。


「このスカート、とってもふわふわなの!」


 メイは満面の笑顔で、くるくるっと回った。光沢のあるシルクが軽やかに輝いて、まるで白い花が咲いたかのようだ。


「よく似合ってるわ。メイ!」


 ――うちの妹、天使!


 妹の可愛さを堪能しながら、私はミラベルお嬢様に感謝の念を送った。




『あなたのところの妹、まだ十歳なんですって?』


 帰郷のために荷物をまとめ、いざ出発という時。そう声をかけてきたのはミラベルお嬢様だった。


『私が昔着ていたドレス、かわいそうな貧乏人の子供に恵んであげるわ。好きなだけ持っていっていいわよ』


『えええ!』


 高位貴族はモーニングドレスにデイドレス、アフタヌーンドレスにイブニングドレスと、とにかく一日に何度も着替えをする。


 だからミラベルお嬢様も膨大な量のドレスを持っているのだが、だからと言ってお下がりをいただくなんて恐縮すぎる。


『だ、だめです。いただけません! お嬢様のドレスなんてそんな高級なもの……!』


『別に高級じゃないわよ。ほら、これなんて破れているし……』


『裾の方がちょこっとほつれているだけじゃないですか! こんなの破れてるって言いませんよ!』


『こっちは染みができているし……』


『目を凝らしてやっと見えるような薄さですけど!? こんなの染みに入りませんって!』


 ミラベルお嬢様は無理やり難癖をつけようとするが、どう見てもどのドレスも綺麗な状態で保存されていた。上質な素材を使った高級品ばかりだし、中には新品同然のものもある。


『と、とにかく私はもう着ないんだし! ゴミを押しつけてるだけなんだからお礼なんていらないのよ! グズグズしてないでとっとと行きなさいよね!』


――ミラベルお嬢様、天使!


 そんなこんなで、私はミラベルお嬢様のお下がりをいただいて故郷へ帰ることになった。お土産なのに私の荷物の三倍は多い。


 妹のメイは見たこともないほど上等な服を山ほど目にして、飛び上がるほど喜んだ。


 目をきらきらさせて大興奮するメイは、あれもこれも袖を通してみたいとせがみ、試着してははしゃいでいる。


「サラお姉さま、こっちも着てみていい?」


 メイが次に選んだのは、上品な光沢のあるジョーゼット生地だった。ピンクのリボンがついていて、背中で結んで着るタイプだ。


「いいわよ。これは一人で着るのは難しいから、手伝ってあげるわね」


 私は天使ことメイのファッションショーを楽しみながら、大天使ことミラベルお嬢様に心から感謝したのだった。

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