お茶会
またたく間に時は過ぎ、お茶会の日がやって来た。
メイドさんたちが気合いを入れて掃除した邸内はぴかぴかで、ほこり一つ落ちていない。
まだ厳しい残暑の陽気を耐えながら、お客様を乗せた瀟洒な馬車が車寄せに入ってくるのを、使用人一同、固唾を飲んでお出迎えする。
奥様の言っていた「大事なお客様」は、奥様と同年代か少し上くらいに見える、優雅な貴婦人だった。
気品に満ちた装いはいかにも高位貴族の奥方といった雰囲気で、引き締めていた身がさらにぴしっと引き締まる。
オルブライト公爵邸の中で最も格調高い応接間を会場にして、いよいよお茶会が始まった。
「失礼いたします」
私は緊張しつつも丁重に、お客様の前に三つのグラスを並べた。
「お飲み物をお持ちしました。"コーディアル"でございます」
三種類のコーディアルはこの日のために、スパイスの配分を調整してさらに進化させた。
グラスは職人が手吹きで作った特注品で、繊細なガラス細工が美しい。暑夏の名残りの光が注いで、水晶のようにきらきらと輝いている。
「まぁ、綺麗だこと……」
お客様はうっとりと目を細めた。
冷たいコーディアルで喉を潤し、汗が少し引いたところで、奥様とお客様のお話も盛り上がっていく。
そつなく雅やかに交わされる会話は、さすがは上流階級の貴婦人たちといった上品さだ。
楽しいお話の合間には、何か軽くつまみたくなるもの。絶好のタイミングで、銀食器に乗せたティーフーズが運ばれてきた。
新鮮なきゅうりを挟んだパン。クロテッドクリームとジャムを添えた焼きたてのスコーン。ラズベリーやレッドカラントを使ったムースケーキ。
見るからに美味しそうな軽食は、もちろん私が作ったものではない。料理人さんたちが丹精込めて拵えてくれた。
しかしささやかな梃入れとして、スコーンの脇にはローズマリーを、赤いムースの上にはミントの葉を添えてみた。
もともと美味しそうな軽食が、緑があることでさらに引き立って見えるし、かすかなハーブの香りも心地いい。
お客様が「とて美味しそうね」と優しく褒めてくださったのを受けて、うちの奥様が私に目で合図する。
私はうなずいて、一度厨房へと引っ込んだ。
──ええ、奥様。ティーフーズには紅茶が必要ですよね!
私は温めたポットに茶葉とお湯を淹れて蒸らし、ティーコジーをかぶせて温度を下げないように気を付けながら、もう一度応接間を訪ねた。
「失礼いたします。温かいお茶をお持ちしました」
ポットとカップは同じ陶磁器のセットで、奥様のセンスが光る流行の品だ。
最初に出したコーディアルは特注のガラス。次に出したフーズは由緒ある銀食器。そしてホットティーは最先端の陶磁器。
食器の美しさはその家の水準を表すと言われている。すべて同じ素材で統一するのもいいが、今回はあえて違う素材で、かつそれぞれ最高の品を使うことで、お客様への歓迎の気持ちを示した。
そしてもちろん、器も大事だが肝心なのは中身だ。
──このお茶がお客様のお気に召しますように……!
私は祈りながら、ポットを傾けてカップにお茶を注いだ。
みるみるうちに白い陶磁器のカップを満たしたのは、空のように澄んだ青い色。
お客様は「まぁ!」と感嘆をあげた。
「これは……青いお茶……?」
「はい。マロウの花を使ったお茶です」
公爵邸の庭では今、私が植えたハーブたちが力強く育ってくれている。マロウもその一つだ。
夏の暑さにも負けずたくましく背を伸ばして、たくさんの花をつけてくれたマロウ。その花を摘み取り、萼を外し、たっぷりの水で洗って乾燥させたのだ。
ドライマロウは日に当てるよりも陰干しした方が、より鮮やかで濃い青色を出してくれるので、一週間ほど日陰で干したものを使っている。
「ちょっと、あなた!」
そばに立っていた先輩侍女さんが、ひじで私を小突いた。
「これは紅茶じゃないでしょ! 何を考えてるの!」
うちの奥様はお茶会を開くと決めた時、私に紅茶を出すようにと命令した。
それなのにハーブティーを出すとは何事かと、先輩は小声で私を叱る。
私はそっとかぶりを振った。
「マロウの花を使っていますが、味は紅茶です」
マロウは色こそ美しいけれど、ほぼ無味無臭なのだ。味がしない分、他の味も邪魔しないので、紅茶と混ぜても問題ない。
ちなみに紅茶の茶葉はミラベルお嬢様が一番お好きな銘柄を使わせてもらった。自分が紅茶に詳しくないことは自覚しているので、お嬢様の舌を信じるのが最善と判断したのだ。
「いい香りね」
お客様はカップの取っ手を美しくつまみ、芳香を楽しんでから口に含んだ。
「青いお茶なんて初めてだけれど、味はちゃんと紅茶なのね。とても美味しいわ」
私はレモンの果汁を淹れた小さなピッチャーをお客様に見せた。
「こちらのレモンを加えてもよろしいでしょうか?」
「レモンティーにするのね。ええ、お願いするわ」
許可を得た私が、そっとレモンの果汁を注いだ瞬間。
お茶の水面に揺らぎが生じたかと思うと、鮮やかな青色にほのかな赤みがさした。
まるで夏の蒼穹のように爽やかな青は、春の日の花のような可愛らしいピンク色に変わっていく。
「まあ……!」
お客様は驚き、少女のように無邪気に目を輝かせた。
「まるで魔法を見ているようだわ……!」
もちろん魔法ではない。れっきとした化学変化だ。
マロウに含まれる成分がレモンの酸に反応して、青からピンクへと色を変えているのだ。
お客様に香りで、味で、そして目でお茶を楽しんでいただけたら……と願っていたが、その願いは無事に叶ったらしい。
「なんて素敵なんでしょう。こんな心のときめくおもてなしは初めてだわ!」
お客様は手入れされた食器類の数々をもう一度つくづくとながめ、うちの奥様ににこやかに微笑みかけた。
「この爽やかなコーディアルも、不思議なマロウの紅茶も、きっと女王陛下のお気に召すことでしょう」
女王陛下のお気に召すということは、そのまま上流階級の流行となることを意味する。
と同時に、このお客様は女王陛下とお茶を楽しめるほど高い身分の方なのだと知り、改めて背筋が伸びる思いがした。
「本当に素晴らしい時間を過ごせましたわ。オルブライト公爵夫人」
うちの奥様は満足そうに答えた。
「恐れ入ります。──グランディール公爵夫人」
その言葉を聞いて、私の心臓は停止した。
──ぐらん……でぃーる……?




