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解雇と再就職

 私の名前はサラ・ベリー。十八歳。


 突然ですが、たった今勤め先を解雇クビになったばかりです。



「そ……そんな……っ!」


 空にはどんよりとした墨色が広がっている。その空よりも暗く顔を曇らせて、私は愕然と目をまたたいた。


「ごめんなさいね。ミス・サラ」


 くすくすと笑っているのは私の奉公先──つい先ほど"元"奉公先になったばかりだが──であるオルブライト公爵家の女中頭ハウス・キーパーさんだ。


 女中頭さんは女性使用人の中で最上級。メイドの人事権も有しており、実務に関しては侍女を上回る権限を持つ上級職だ。


「ま、待ってください――」


 私があわてて取りすがると、女中頭さんは冷たくかぶりを振った。


「あいにくだけれど。あなたのような社交界にデビューすらしていない人は、由緒ある公爵家の侍女にふさわしくないのよ」


 女中頭さんが言うように、私は社交界にデビューしていない。


 デビュタントになるには行儀作法を学ぶためのレッスンを積み、会場にふさわしい豪華な衣装を用意する必要がある。多くの時間とお金が必要になるのだ。


 吹けば飛ぶような私の実家に、そんな余裕などまったくない。


 そして貴族の家に仕える侍女は、奥様やお嬢様の話し相手になるだけではなく、時と場面に応じたドレスを見立て、似合うアクセサリーを選び、流行に合った髪型に結い、お化粧を手伝うのがお仕事。


 つまり社交界での流行りすたりにさとく、的確なアドバイスに長け、洗練されたコーディネートに秀でた女性ほど有能ということだ。


 ドレスに明るくなく、宝石の審美眼も持たない私は、侍女として落ちこぼれなのである。


 自分でも自覚はあったので、せめてそれ以外の面でお役に立とうと、奥様の膨大な衣装や小物類の管理や、お嬢様のお買い物の際の荷物持ちなどで、一所懸命に頑張ってきたつもりだ。


 気の強……しっかり者の奥様にも逆らわず、わがま……元気いっぱいのお嬢様にも口答え一つせず、ご要望には何でもお応えしてきたのに。


「さようなら。“雑草令嬢”さん」


 女中頭さんはあざ笑い、軽快なスナップを利かせて手首をひねった。


 とさっと投げ捨てられたのは、私の鞄。


 軽い。音が軽い。せめてどさっと鳴ってほしい。


 わずかな衣類や小物類くらいしか入っていないから仕方ないのだけれど、中身の少ないすかすかの鞄は、せつないくらい軽い音を立てて路上に転がった。


「……そんなぁ……」


 そんなこんなで、私は無職になってしまった。


 二年近くも働いたのに、紹介状一つ持たされずに追い出されてしまうなんてあんまりである。


 一瞬落ち込んだけれど、くよくよしている暇はない。


 故郷のノース領に残してきた家族を思い浮かべて、私は元気をふるい立たせた。


「みんなのためにも、再就職先を探さなくっちゃ!」


 ノース領はその名の通りこの国の北方地帯に位置する片田舎だ。何とも適当な命名である。


 草しか生えないノース領は貧しく、ベリー家は弱小という言葉がぴったりの木っ端貴族だ。


「草しか生えない」という残念な特徴を揶揄やゆして、娘の私が「雑草令嬢」と呼ばれるくらいには、何もない片田舎である。


 これといった特産品を持たない領地の経営に行き詰まったこともあり、お人よしの父は二年前、悪徳商会にまんまと騙されて、多額の借金を作ってしまった。


 だから長女の私がオルブライト公爵家の侍女として働いて、いただいたお手当てを実家に送金していたのだ。


 ノース領には父と同じくらいお人よしの母と、まだ小さい弟と妹が身を寄せ合って、つつましく暮らしている。


 すごすごと帰ったところで働き口などない。大切な家族を助けるためにも、私はこのまま王都に残って、新たな雇用先を探すしかないのだ。


「見ててね、お父様! お母様!」


 雑草魂をふりしぼって、私は両親に誓った。


「私は長女だもの。可愛い弟と妹を路頭に迷わせたりしないわ!」

 

 紹介状がないなら、頼るべきは職業斡旋所だ。様々な仕事の求人を預かり、希望者への紹介を請け負っている場所である。


 私は解雇されたその足で街へ出ると、職業斡旋所に直行した。


「……うーん。前職が公爵家の侍女ねぇ……」


 対応してくれた斡旋所のおじさんは、求人票をめくりながら首をひねった。


 侍女は求人票で募集されるような職業ではない。とにかく上流階級との伝手つてが命なのだ。


「侍女でなくていいんです。メイドのお仕事でかまいません。家事でも庭仕事でも、なんでもします!」


 何しろ私は侍女にふさわしくないと言われて解雇されたのだ。雑用の方が得意ですらある。貴族の令嬢としては失格だけれど、事実なのだから仕方ない。


「庭仕事ねぇ。ああ、それならちょうど庭師の手伝いを欲しがっている家があったな」


 おじさんはそう言いつつ、眉をひそめて渋い顔をした

 

「いわくつきのお家なんですか?」


「いやいや。由緒ある立派な家柄だよ。……ちょっとご不幸があっただけで……」


 私はかまわずに身を乗り出した。無職の身で贅沢など言うつもりはない。


「やります! やらせてください!」

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