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ハーブ園作り

 コンフリーとジギタリスの取り違えを阻止したことが功を奏し、ハーブ園作りは順調にスタートした。


 もちろん当主であるオルブライト公爵様の許可が一番重要だが、種や苗の買付けに搬入、畑を作るスペースの選定など、直接的な作業に際しては使用人さんたちの力を借りることになる。


 その使用人さんたちのトップである家令さんが全面的に協力してくれたおかげで、話がスムーズに進んだのだ。


 ハーブはたくましくて育てやすいものが多い。害虫や病気にもほとんど悩まずに済むのはありがたいが、大事なのは日照だ。


 日に当たれば当たるほどよく育つので、お庭の中でもなるべく直射日光を浴びられる場所を開墾させてもらった。


 最初の関門は土作り。ハーブは粘性のある重たい土が苦手なので、適量の堆肥や腐葉土を混ぜ込みながら、柔らかくてふかふかの土壌になるよう工夫していく。


 バジルとディルは種から育て、他のハーブは苗から育てる。どうしても日照が少なくなってしまう場所には、日陰でも育つタイムやコリアンダーを植えた。


 多くは地植えにしたが、ミントとオレガノは生命力が強くて他の植物を駆逐することがあるので、鉢やプランターを使うことにした。


「ラベンダーとカモミールはミラベルお嬢様のナイトティーに使うから、多めに育てようっと」


 ラベンダーは高温多湿に弱い。こまめに剪定すると根くずれを起こす可能性があるのだ。


 なので切り戻しは控え、西日を避けて、水はけのいい場所で世話をする。


 環境さえ整えれば、きっと毎年花を咲かせてくれるはずだ。


「どうか元気に育ってね……!」


 祈りを込めながら、畑に水を撒く。


 芽が出るまでは土が常に湿った状態になるよう、気をつけて水やりをした。


 抜いては生えてくる雑草をこまめに取り、芽が出てきたらほどよく間引きし、必要に応じて少量の肥料を追加する。


「やっぱり庭仕事は楽しいわ!」


 水を得た魚、もとい、草を得た私である。


 愛情と丹精を込めて育てたハーブたちがすくすくと伸びていくのを見るのは、感動といっていいほどの喜びだ。


 侍女のお仕事を忘れそうになるほど土いじりに没頭しながら、私はふとグランディール公爵家のお庭で働いていた時のことを思い出した。


──ハワードさん、元気にしてるかな……?


 グランディール公爵家のベテラン庭師だったハワードさんは、穏やかで優しいおじいさんだった。


 ハワードさんと肩を並べて庭仕事をしていた思い出が、遠い昔のように懐かしい。


 だが私はもうローレンス様に関わらないと決めたのだ。ハワードさんにはもう一度会いたいと思うけれど、グランディール公爵家には決して近寄らない。


 ハワードさんが健康で長生きしてくれることを祈りながら、私はせっせとハーブ育てにいそしんだのだった。




◇◇◇




「わぁ……っ!」


 私の目の前では、マロウの花がこぼれるように咲いていた。


 ピンクの花弁に濃い紫のストライプが可愛いマロウは、日に日に厳しくなってきた夏の暑さにも負けず、力強く伸びてくれたのだ。


「きれいな紫色……」


 日ざしを照り返して輝くマロウに、私は思わず微笑んだ。


 オルブライト公爵家のお庭でハーブを育てる許可をいただいてから、約半年。


 マロウ以外のハーブたちもみんな元気いっぱいに育ち、お茶やサシェの材料として活躍してくれていた。


「いやぁ、サラさん。助かります!」


 新鮮なハーブがすぐ手に入るようになったのは、厨房で働く料理人さんたちにも好評だった。いつでも庭から摘んで料理に使えるからだ。


 肉料理、特にビーフはオレガノやタイム。チキンはローズマリーやセージと相性がいい。


 魚料理には、臭みを消してくれるフェンネルやディルがぴったり。


 スープにはローリエやセルフィーユを加えると香り付けになる。


 サラダにはバジルやチャイブを混ぜると風味が増す。


 デザートにはミントの葉やカレンデュラを添えると彩りがよくなる。


 もちろんシェフの腕がいいことが前提だが、ハーブを添えることによって美味しい料理がさらに引き立つようになったのだ。


 ラベンダーはたくさん植えたかいあって、ミラベルお嬢様の分を確保した上で、他の侍女さんたちにもお裾分けできるようになった。


「……ねぇ……この前もらったサシェだけれど……」


 先輩侍女さんが、言いにくそうに私に話しかけてきた。


 こういう時は相手の言いたいことを読み取って、代弁してあげると話が早い。


「はい、そろそろ香りがなくなる頃ですよね。中身を取り替えたいので、お預かりしてもいいですか?」


「そ、そこまで言うなら仕方ないわね……」


 侍女はみんな貴族出身だけあってプライドが高いが、私の方から「取り替えたい」「預かっていいか」とお願いすれば、メンツを潰すことなく希望に沿ってあげられる。


 預かったサシェの中身を取り出し、新しいドライハーブを詰め直して届けると、先輩は小声でお礼を言ってくれた。


「……ありがとう」


 まだ棘々しさは健在だけれど、私に対する風当たりは徐々に軟化してきた気がする。いい傾向だわ!


 新たにラベンダーを摘んで干しながら、私はるんるんと歌を口ずさんだ。


「すっかり暑い季節になってきたなぁ……」


 庭仕事は楽しくて苦にならないが、ぬぐってもぬぐっても額に汗がにじんでくる。


 ミラベルお嬢様に初めてハーブティーをお出ししたのは、まだドレスの上にガウンを羽織るような肌寒い季節だった。


 しかし今はまもなく夏本番。この汗ばむ時期に熱々のホットティーは好まれない。


 暑い夏でも涼しくて飲みやすい、それでいてハーブの効能もしっかりある飲み物があったらいいのに……。


──よし、と私は思い立った。


「“コーディアル“を作るわよ!」

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