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土色と草色

 ドンッ!


 派手な音とともに、私は力いっぱい突き飛ばされた。


「……痛っ……!」


 壁に打ちつけた肩をさすりながら顔を上げると、不機嫌そうに腕を組んだ先輩侍女さん。


「あなたねぇ、調子に乗るんじゃないわよ!」


「な……何のお話でしょうか?」


「とぼけても無駄よ!」


 視線をさまよわせると、右にも左にも別の先輩侍女さん。どちらも手に腰を当てて、鬼のような形相で私を睨んでいる。


「聞いたのよ! パーティーでのこと!」


「あなたはミラベルお嬢様のお目付け役(シャペロン)として行ったはずでしょう?」


「それなのにラセル侯爵様に迫るなんて何を考えてるの! 非常識だわ!」


──え! あれ、私が迫ったことになってるの?


 先輩たちに三つ巴になって糾弾されて、私は困惑に目を白黒させた。




 ミラベルお嬢様の付き添いで行ったパーティーの日。時が巻き戻ってから初めて、私はローレンス様を見た。


 本当にただ見た"だけ"──のはずだった。


 まだグランディール公爵になっていないローレンス様は、ラセル侯爵の儀礼称号で呼ばれていて、会場に現れただけで周囲の視線を一身に惹き付けていた。


 ローレンス様が生きている。私はそれだけで満足だった。


 なぜかローレンス様が私に話しかけてきたのには困惑したが、私はもうローレンス様に関わらないと決めたのだ。


──あなただけは好きになりません。


 そう告げると、ローレンス様はがっくりと肩を落とした。


 ご友人のジェラール様に首根っこをずるずる引かれて去っていく姿が、しょぼしょぼとしていて哀愁を誘う。


 思わず慰めたくなるのをぐっと我慢していた時、他の令嬢たちが雪崩なだれを打ったように駆け込んできた。


『そこの女! ラセル侯爵様に色目を使うんじゃないわよ』


 令嬢たちは私を指さして、ぎゃんぎゃんと騒ぎ立てた。


『ラセル侯爵様を誘惑するなんて! はしたなくてふしだらな女だこと!』


 うちのミラベルお嬢様の名誉のために言うと、お嬢様は私を責めなかった。むしろ非難の嵐から私をかばって、


『はぁ? サラが色目なんて使うわけないじゃない』


 と、はっきり言ってくれたのだ。


──ミラベルお嬢様、かっこいい! 一生ついていきますっ!


『だってサラは壊滅的に色気がないもの。ラセル侯爵を誘惑するなんて無理よ』


……なぜかしら。お嬢様の名誉は守れても、私の名誉はずたぼろのような気がするわ……。


『私の侍女に難癖をつけないでくださる? オルブライト公爵家は売られた喧嘩は買いますわよ?』


 いつも以上に気合いを入れて巻いた縦ロールをバサッとひるがえして、きっぱりと令嬢たちを撃退してくれたお嬢様のおかげで、それ以上は絡まれずに済んだ。


 ほっとしたのも束の間だった。


 オルブライト公爵家に戻り、ミラベルお嬢様の着替えを手伝い、いつものようにナイトティーを淹れてお仕事終了……まではよかった。


 翌朝早く叩き起こされた私は、お屋敷の裏に呼び出され、こうして先輩たちから詰め寄られる事態になったのだ。


 先輩たちは人づてにパーティーでの話を聞いたらしい。私を取り囲んで、容赦のない怒りと不満と殺気をぶつけてきた。


「私たちをさしおいて、あつかましくミラベルお嬢様のお供をしたと思ったら!」


「まさか会場でラセル侯爵様とお近づきになろうとするなんて!」


「雑草令嬢の分際で図々しい! 身の程をわきまえなさいよね!」


「ち、違います! 誤解です!」


 私はローレンス様とお近づきになんてなりたくない。むしろ遠ざかりたいと思っているのに。


「どうだか。あんたの身分が低いからこそ、後腐れなく遊べるかもしれないじゃない!」


「そんなこと! ありえません!」


──ローレンス様とはただの他人ですから!


 袖すり合うもそこまでの縁! それ以上になることなんて一生ない! あってはならないのよ!


「よく見てください、この平凡で地味な私を!」


 私はただくくっただけの茶色の髪を揺らし、ありふれた緑色の眼で三人を順番に見つめた。


「パーティーには美しいご令嬢が大勢いらしたんですよ! ラセル侯爵様が私なんて相手にすると思いますか?」

 

「……確かにそうね」


 説得力があったらしい。先輩は納得した様子でくすっとわらった。


「あなたときたら土みたいな茶色の髪に、くすんだ草色の目だものね」


「はい! ありがとうございます!」


「褒めてないわよ!?」


 元気よくお礼を言うと、先輩も元気よく突っ込んでくれた。


 皮肉を言われていることはわかっているが、私はこの色が気に入っている。


 土色の髪と草色の目、上等よ! 大地の恵みをいっぱい受けられそうだわ!


 胸を張った私に、先輩方はあからさまに見下した薄笑いを浮かべた。


「あなたって本当に雑草令嬢よねぇ。見た目もやることも貧乏くさいもの」


「そうそう、普通は雑草を使ってミラベルお嬢様に取り入るなんて考えもしないわ」


「田舎から持ち込んだあの雑草、そろそろ底を尽きるんじゃない? そうしたらあなたも終わりね」


「そんな……」


 酷い物言いに、私はわなわなと震えた。


「あんまりです! 訂正してください!」


「何を訂正しろというの? 本当のことを言っただけじゃない」


「ハーブは雑草なんかじゃありません!」


「「「そっち!?」」」


 先輩たちが声をそろえた。


「待って待って! そっちなの?」


「はい、もちろんです!」


 ハーブは雑草ではないが、私は雑草令嬢でいい。


「私は大輪の薔薇みたいな先輩方に比べたら、雑草みたいなもので合っていますから」


 にっこりと笑いかけると、先輩方は毒気を抜かれた顔をした。


「嫌味を言っても張り合いがない」と思ってくれたらしい。先輩方は「……もういいわ」とつぶやいて、きびすを返していった。


「……ふぅ」


 何とか解放された私は、ほっと息をついた。


 先ほど突き飛ばされた時に打った腕はまだ痛い。あざが残りそうだが、辛いとは思わなかった。


 あんな悪意なんて、何も辛くない。


 本当に苦しいのは、愛する人を亡くすことだ。


 大切な人を失う絶望に比べたら、あの程度の嫌味や皮肉や牽制なんて何でもない。


 それに、先輩方の言っていたことも一理あるのだ。


『田舎から持ち込んだあの雑草、そろそろ底を尽きるんじゃない?』


 その通り。上京する際に摘めるだけ摘んできたうちの領地のハーブは、もうじき全部使い果たしてしまう。


「そうよ。このお屋敷でハーブを育てられたら、もっと多くの人にハーブティーやサシェを使ってもらえるわ……!」


 今まではハーブの量に限りがあることもあり、ミラベルお嬢様を最優先してきた。


 けれど原料のハーブを自給自足できたら、私を嫌うあの先輩侍女さんたちにも、ハーブの良さを知ってもらえるかもしれない!


 そう考えた時、私は思い出した。


「そう言えば、もうすぐ()()()()があった頃だわ……!」

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