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ハーブティー

「何よこれ! 本当にセンスが悪いわね!」


 ミラベルお嬢様の叫び声と共に、宝石箱が宙を舞った。


 ガシャン! と音を立てて床に散らばるのはネックレスにイヤリング、ブレスレットにリング。


 次回のパーティー用にと先輩侍女さんが提案したアクセサリー類なのだが、あいにくミラベルお嬢様の好みには合わなかったらしい。


「こんな悪趣味な品を私に身につけろって言うの? バッカじゃない!」


 ミラベルお嬢様は今日も絶賛不機嫌だ。怒りのあまり美しく巻かれた縦ロールの髪まで逆立っている。


 おびえて謝るしかできずにいる先輩侍女さんにかわって、私は床に這いつくばって高速でアクセサリーを拾い集めた。


 紛失するわけにはいかないわ。これ一つで私のお給金何ヵ月分もするんだから。


「お、お嬢様……申し訳……ありませ……っ……」


 泣き出した侍女さんには内心同情してしまう。


 私は今でこそミラベルお嬢様のイライラや八つ当たりもほぼ回避できているけれど、巻き戻り前は何度も直撃をくらったもの。


 私が思うに、お嬢様は睡眠の質がよろしくない。


 もともと寝つきが悪い上、熟睡できずにしばしば目を覚ましてしまうようだ。


 ただでさえお嬢様は淑女教育のレッスンでお忙しいのに、眠りが浅いことで疲れが取れず、余計にイライラが募っているのだろう。


 私はすべてのアクセサリーをきちんと宝石箱に納めた後、お嬢様に向かい合った。


「ミラベルお嬢様。ご提案があります」


「提案?」


「はい。本日のナイトティーですが……」


 ナイトティーとは就寝前にベッドで飲むお茶のことだ。


 ミラベルお嬢様は濃く淹れた紅茶がお好きで、ティータイムにはもちろん、寝る前も欠かさず飲まれている。


「ハーブのお茶はいかがでしょう?」


「ハーブ?」


「はい」


 紅茶は人気なだけあって美味しいし、体を温めてくれるが……含まれる成分がお嬢様の安眠を妨げている気がするのだ。


「博識なお嬢様はご存知でしょうが、紅茶が外国から入ってくる前は、ハーブのお茶がよく飲まれていました」


 博識な、と付けたのは正解だったらしい。専門の家庭教師から歴史を学んでいることに自負のあるお嬢様は「ま、まぁ……知っているけど……」と縦ロールをバサッと跳ね上げた。


 私はすたれてはいてもハーブの効能は確かなこと、きっとお嬢様のお役に立つことを手短に説明し、


「ミラベルお嬢様、私を信じてください」


 と、まっすぐにお嬢様を見上げた。


 こんな提案、以前の私なら鼻で笑われて一蹴されていたことだろう。


 けれど再就職以来、私は先回りしてミラベルお嬢様のご要望をことごとく叶えてきた。


 以前よりもお嬢様の信頼を得ている自信があるからこそ、思いきって申し出ることができたのだ。


「後悔はさせません。一度試してみてください!」


「サラがそこまで言うなら……一回だけよ?」


 了解を得た私は、はりきって準備をした。


 使用するのは実家から持ってきたハーブ類。しっかりと乾燥が進んで、豊かな香りを放つドライハーブになっている。


 カモミールの花をベースに、レモングラスとリンデンを混ぜた。ローレンス様も気に入っていたブレンドだ。


──ローレンス様。かつての私の旦那様。


 今回の人生ではもう、出会うことすらない人。


 ローレンス様と共に過ごした思い出は、まるで色褪せない宝石のようだった。


 もう二度と関わることはないけれど、ローレンス様の表情も言葉も全部、私の心に消えることなく残っている。


「……」


 こぼれそうになる涙をこらえて、ハーブティーを淹れる。


 目の前で先に飲んでみせてからお出しすると、ミラベルお嬢様は愛らしいお鼻をくんくんさせた。


「香りは悪くないわね……」


「ミラベルお嬢様。よろしければこちらもどうぞ」


「これは?」


「"サシェ"です」


 巾着の袋の中に細かく砕いたラベンダーの花を入れたものだ。


 布には刺繍を施し、巾着の口はリボンで結んである。見た目が可愛いので、お嬢様のお部屋にあっても違和感はないはず。


「こちらのサシェを枕元に置いて眠るのをおすすめします」


「ふぅん……わかったわ」


 ミラベルお嬢様はラベンダーの香りが気に入ったのか、突き返されることはなかった。


 お嬢様のベッドにサシェを置き、カップを片付けて、私は部屋のあかりを消した。


「おやすみなさいませ、お嬢様」




◇◇◇




「おはようございます。ミラベルお嬢様」


 翌朝。私はいつものお嬢様の起床時間に合わせ、紅茶にミルクを添えたモーニングティーを持って部屋を訪ねた。


「おはようございます。よくお眠りになれましたか?」


 私は尋ねたが、答えは聞かなくてもわかった。


「……ま、まぁまぁね」


 ミラベルお嬢様の口調は素直ではなかったが、お顔は明らかにすっきりとしている。


『久しぶりによく眠れた。君のおかげだ』


 ローレンス様の爽やかな声が脳裏によみがえって、思わず喉を詰まらせた刹那。


「何ボーっとしてるのよ!」


 ミラベルお嬢様はすかさず私を叱りつけ、フンッと顔を背けた。


「……あなたのお茶……これからも飲んであげてもいいけど?」


「ありがとうございます、お嬢様! 気に入っていただけて嬉しいです!」


「き、気に入ったなんて言ってないでしょ! 調子に乗らないでよね!」


 お嬢様はそう言うが、私はにこにこしてしまう。


 かつては小さくなって働いていた私が、ミラベルお嬢様に大胆な提案をすることができたのはローレンス様との記憶のおかげだ。


 ローレンス様が快くハーブティーを受け入れてくださったから……だから私は勇気を出して、ミラベルお嬢様にもすすめることができたのだ。


──ローレンス様、ありがとうございます……!


 心の中でお礼を言いながら、私は胸に残るおもかげをそっと抱きしめた。




 それからというもの、ミラベルお嬢様のためにハーブティーを淹れるのが私の日課になった。


 ローレンス様はミントを加えたブレンドがお好きだったけれど、ミラベルお嬢様にはいまいち受けが悪い。すーすーするからかしら?


 かわりにマリーゴールドのお花を足したら、輝くような黄金の色になって喜んでいただけた。


 ミラベルお嬢様は「よ、喜んでなんかいないんだから!」と言っていたが、私はほっこりである。


 毎晩熟睡できているおかげか、ミラベルお嬢様のわがままや癇癪も目に見えて減ってきた。


……なくなったとは言えないし、時々はしっかり発生するけれど。以前に比べたら平和なものだ。


 私を含めた侍女一同はほっと胸を撫で下ろしたのだった。

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