面接
手早く旅支度をまとめ、元気に手を振って実家を出た私は、そのまままっすぐ王都へと登った。
家族はあ然としていたが、私にとっては二度目の上京なので心配しないでほしい。
今回は詐欺にひっかかるのを阻止できたおかげで、ノース男爵家も困窮していない。残していく家族の生活がひっ迫していないのは、旅立つ側としても心が軽かった。
王都に到着して真っ先に訪ねたのは、元勤め先であるオルブライト公爵家だ。
「ふぅん。うちの侍女に志願ねぇ……」
面接をしてくれたのは、公爵家の女中頭さん。
かつて私に解雇を突きつけ、「さようなら。“雑草令嬢”さん」と言って鞄を投げ捨てた人だ。
当時はショックだったが、巻き戻った今となってはなつかしい。「また会えましたね!」とがっちり手を握ってぶんぶん振りたいくらいだ。
一人でこっそり再会を喜んでいる私をよそに、女中頭さんはつまらなそうに爪をいじっている。
「サラ・ベリーさん……。では、ミス・サラね」
未婚の貴族令嬢の中で"レディ"を付けて呼ばれるのは、伯爵以上の家の者だけだ。
私の実家であるベリー家が賜っている爵位は男爵。
男爵令嬢は“レディ”とは呼ばれず、名前に"ミス"を付けて呼ばれる。女中頭さんが私を”ミス・サラ”と呼んだのはそのためである。
「あの草しか生えない貧乏男爵家の娘ねぇ……」
紹介状すら持っていない上に、名家とはいいがたい出身の私が、女中頭さんはいかにも不満そうだった。
この態度も二度目なので、私ももう動揺することはない。何なら次のセリフも覚えているくらいだ。
『確かに侍女は募集しているけれど、もっと教養のある人に来てほしかったわ』
「確かに侍女は募集しているけれど、もっと教養のある人に来てほしかったわ」
──ほらね。
我ながらなかなかの記憶力だと自画自賛しながら、私は目を潤ませて懇願した。
「そんなことを言わずにお願いします。──ミセス・ハサウェイ」
「えっ?」
女中頭さんこと、ミセス・ハサウェイは初めて顔を上げて私を見た。
「私……あなたに名乗ったかしら?」
「はい。最初にご紹介いただきました」
「そ……そうだったかしら……」
嘘だ。彼女は私にいかにも私に興味がなさそうで、名前も教えてくれなかった。
ちなみにミセス・ハサウェイは独身だ。既婚者でなくても姓にミセスを付けて呼ばれるほど、女中頭は敬意を払われる役職なのである。
「ミセス・ハサウェイ。一つだけいいでしょうか?」
「なぁに? どう言い訳されてもやっぱりあなたじゃ物足りないのよね。どうしてもって言うなら──」
「クロウリー商会には気を付けてください」
ミセス・ハサウェイはぎょっとして、再び私を見返した。
「ど……どうしてその名前を……?」
「クロウリー商会への投資をお考えですよね。やめた方が賢明です。あの事業は架空で、儲け話は詐欺です」
「詐欺ですって!? どうしてあなたがそんなことを知っているの!?」
「我が家も騙されるところだったからです」
私がはっきり伝えると、ミセス・ハサウェイの顔からさっと血の気が引いた。
あれは時が巻き戻る前。私がオルブライト公爵家で働いていた時。
大金を投じた商会が行方をくらませたと、ミセス・ハサウェイが大声で愚痴っていたことがあったのだ。
聞こえてきた名前はクロウリー商会。うちのお父様が借金を作る原因となった悪徳業者だ。
「そこ、うちも騙されたんです」と話しかけたかったが、口を挟もうものなら怒涛の八つ当たりをされそうで、何も言えなかった。
けれど同じ商会の被害者ということで、ずっと印象に残っていたのだ。
「クロウリーさんはこう謳っていますよね。必ず高騰する、元本も保証する、高額の配当金も約束する、すべて今だけの特典であなたは実に幸運だと……」
私が言うと、ミセス・ハサウェイの顔はますます青ざめていく。心当たりがあるのだろう。
「悪いことは言いません。うまい話に乗ってはだめです」
私はきっぱりと告げ、あの商会の登録証が偽物であることと、その見分け方を伝えた。
「どうかもう一度、ご自分の目で確かめてみてください」
偽造の疑惑を指摘すれば、先方はきっと逆上してくる。その時点で、自ら詐欺だと白状しているようなものだ。
「私を採用していただけるかどうか決めるのは、その後でかまいません。でも、もしもクロウリー商会が不正な悪徳業者だったら、その時は――」
わざと言葉を切ると、ミセス・ハサウェイは「……わかったわ」とうなずいた。
「また連絡します。ミス・サラ」
◇◇◇
ミセス・ハサウェイは迅速に動いたらしい。
面接から二日後には採用の連絡が届いて、私は天高く手を突き上げて喜んだ。
「やったーっ!」
はりきってもう一度オルブライト公爵家を訪ねると、ミセス・ハサウェイは苦々しそうに頭を抱えていた。
「……あなたの言った通りだったわ。まさか本当に悪徳商会だなんて……」
「詐欺師だけあって、口がうまいんですよね、わかります」
「そうなのよ!」
ミセス・ハサウェイはきついところもあるが、女性が独り身で生きていくのはたやすいことではない。
何十年も働き続け、最上級の女中頭までのぼりつめたのは、並大抵の努力ではないはずだ。
それなのにこれまで懸命に貯めた虎の子を危うく騙し取られるところだったのだ。さぞかし肝を冷やしたことだろう。
「……今回だけはあなたに感謝するわ。けれど由緒あるオルブライト公爵家は甘くないし、この家の人々は気難しいわよ。覚悟なさい!」
「はい! よろしくお願いします!」
こうして、私は晴れてオルブライト公爵家に二度目の就職を果たしたのだった。




