第5章:礼拝堂 ―融合と覚醒―
旧校舎の地下。
封鎖されたはずの礼拝堂の扉が、
志乃の手に触れた瞬間、音もなく開いた。
中は、静寂に包まれていた。
だが、それは“無音”ではない。
空間そのものが、息を潜めているような、
圧倒的な沈黙だった。
ステンドグラスは砕け、光は差し込まない。
代わりに、天井から黒い蔦が垂れ下がり、
祭壇を包み込んでいた。
その蔦は、まるで蛇のように蠢き、
志乃の足元へと這い寄ってくる。
祭壇の中央には、ひとつの“影”があった。
それは、志乃自身の姿をしていた。
だが、瞳は深淵のように黒く、
口元には微笑が浮かんでいた。
「『ワタシ』はニーズヘッグ。
怒りに燃えて蹲る者。
おまえの痛みは、ワタシの糧。
おまえの憎しみは、ワタシの翼。」
志乃は、ゆっくりと歩み寄る。
ネックレスが、胸元で熱を帯びる。
それは、祖母の祈りの残滓。
だが今は、“聖なる怒り”の象徴。
「……もう、戻れないんだ。」
志乃は、影に手を伸ばす。
その瞬間、礼拝堂全体が震え、
壁に無数の“記憶”が浮かび上がる。
いじめ。
沈黙。
裏切り。
祈り。
そして、祖母の微笑み。
「志乃がどんな道を歩いても、
きっと守ってくれるよ。」
その声が、最後に響いた。
志乃と影が重なり、ひとつになる。
黒い蔦が天井を突き破り、
学園全体を包み込む。
世界が、裏返る。
「だから、『怒りの荊冠』を首に掛けるしかなかったんだ。」
礼拝堂の奥、砕けたステンドグラスの向こうに、巨大な蛇の影が、咆哮を上げた。