【8話】父を怖がっていた理由
フェリシアがリリアンの教育係になってから、一週間が経った。
「おめでとうリリアン! 今日も全問正解よ!」
「わーい!」
確認テストで全問正解したリリアンの頭を撫でると、にっこり満面の笑み。
ものすごく嬉しがっている。
フェリシアはそんなリリアンのことが、かわいくて愛おしくてたまらない。
永遠にナデナデしていたい気分になる。
こういったスキンシップをほとんど毎日していることもあってか、リリアンはさらにフェリシアになついていた。
最高潮に幸せだ。毎日がピカピカと輝いている。
しかしそんな最高の日々を送っているフェリシアにも、気がかりなことがあった。
グラディオとリリアンの関係だ。
二人の関係はずっと平行線。リリアンは相変わらずグラディオに怯えている。
一週間前、グラディオはゲストルームで「俺は嫌われたままでも構わない」と言った。
でもフェリシアは、それでいいのだろうか、なんて考えている。
どうにかして二人のことをくっつけてあげたい。
これは余計なおせっかいもしれない。
でも、あのときの悲しそうなグラディオの背中が頭から離れない。
だからこのままにはしたくなかった。
(まずは、どうしてグラディオ様をあんなに怖がっているかをリリアンに聞く必要があるわね)
リリアンにとっては答えづらいことだろう。
しかしグラディオが理由を知らない以上、もう本人に聞くしかなかった。
「ねぇリリアン。少し聞きたいことがあるんだけど、いいかしら?」
「はい! なんでしょう!」
リリアンは元気に返事。
キラキラ輝く瞳をフェリシアへ向ける。
「グラディオ様のことよ」
グラディオの名前を出したとたん、リリアンの表情が曇ってしまった。
輝いていた瞳から光が消えてしまう。
「どうしてあんなに怖がっているのかな、って思ったの。……私ね、リリアンとグラディオ様に仲良くなってほしい。グラディオ様って顔はちょっと怖いけど、心は優しい人よ。あなたのことを大切に想っているわ」
「…………知っています」
少しの沈黙を置いてから、リリアンが声を上げた。
とても小さな声だ。
「ひとりぼっちになってしまった私を、グラディオ様は引き取ってくれました。心配して、色々と声をかけてくれます。……知っているんです。とっても優しい人だって……! 私だって、本当は仲良くしたい……。でも、どうしても怖いんです……!」
リリアンがギュッと拳を握った。
青色の瞳からポロポロと涙が流れていく。
「私、お父様とお母様に嫌われていたんです。特にお父様からは嫌われていて、毎日のようにほっぺをぶたれていました。私がどんなに泣いても謝っても、お父様は絶対にぶつのをやめてくれませんでした。グラディオ様はお父様じゃない……それはわかっています。でも……どうしても怖いんです!」
「ごめん! ごめんねリリアン!!」
フェリシアはとっさに、リリアンの体を強く抱きしめる。
なんて辛いことを言わせてしまったのだろう。
リリアンは両親から虐待を受けていた。
それで周囲の人が怖くなって怯えていた。
特に父親からは、ひどい暴力を受けていた。
それが大きなトラウマとなり、グラディオと父親を重ねてしまった結果あんなにも怯えていた。
グラディオは父親とは違う。暴力を振るったりしない――リリアンもそのことは頭ではわかっているのだろう。
でも、割り切れるものではない。心に受けた傷というのは簡単には消えないのだ。
家族に虐げられてきたフェリシアには、そのことが痛いほどにわかる。
「辛いことを思い出させちゃったね……! 私の言ったことは忘れていいから!」
グラディオとの距離を縮める――それはリリアンにとって、かなり苦しいことだろう。
無理に頑張れば、心が壊れてしまうかもしれない。
二人には仲良くしてほしいというのは、フェリシアの勝手な気持ちだ。
リリアンの心を壊してまでやることではない。
「ありがとうございます、フェリシア様。……でも私、やってみたいです」
聞こえてきたのは、予想外の言葉。
そこに宿っているのは、強い気持ちだった。
「フェリシア様のおかげで、周りは怖い人だけじゃないってわかりました。だから私、少しだけ勇気を出してみようと思うんです。でもやっぱり一人だと失敗しそうで……。フェリシア様。もし私がくじけそうになったら、横で支えてくれませんか? 弱虫な私を手伝ってほしいんです」
えへへ、と笑うリリアンを、さらに強く抱きしめる。
リリアンは過去のトラウマと向き合う道を選んだ。
辛くても苦しくても、戦う選択をした。
弱虫なんてとんでもない。
なんて強い子なのだろうか。
(私ができることならなんだってするわ!)
リリアンは覚悟を決めた。
だからフェリシアも同じようにして、心に固く誓った。