【7話】悲しい背中
夕食の時間が終わった後。
「少しお話したいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
食堂から出ていこうとするグラディオを、フェリシアは呼び止めた。
リリアンがグラディオのことだけを怖がっている理由――それを知るためだ。
二人の関係に首をつっこむべきじゃないのかもしれないが、気になってしまった。
「構わない。ではゲストルームに場所を移そうか」
フェリシアとグラディオは、ゲストルームへ向かった。
二人はゲストルームへ入った。
「それで、どうした?」
「リリアンはグラディオ様のことを怖がっていますよね……その、尋常じゃないくらいに」
「……あぁ。そうだな」
「あそこまで怖がっているなんて普通じゃありません。だからなにか理由があるのではないかと、そう思ったんです」
「理由……か。君の言う通り、なにかあることには間違いない。……だが、すまない。それは俺にもわからないんだ。父親失格だよな」
グラディオはハッと、自嘲した。
とても痛々しい笑みだ。
「俺はリリアンにずっと怖がられている。一年前に引き取ったあの日からな」
天井に吊り下がったシャンデリアを見上げたグラディオは、遠い目をした。
「一年前。兄夫婦が馬車の事故で亡くなった……一人娘を残してな。その娘というのがリリアンだ。……最初は引き取るか悩んだよ。父親になる自信がなかったからな。でも結局は引き取った。……俺もリリアンと同じで、子どものときに両親を亡くしているんだ。親がいないというのは寂しかった。だからリリアンには、同じ気持ちを味合わせたくなかったんだ。笑っていてほしかった。……だが」
グラディオは上に向けていた顔を元に戻した。
その表情は暗く、かげりがさしている。
「リリアンは他人を過剰に警戒して怖がり、誰にも懐かなかった。……特に俺に対してはその傾向が強い。理由は不明だ。リリアンに聞こうにもああも警戒されていてはな……聞くに聞けないでいる」
グラディオは深くため息を吐いた。
お手上げ状態みたいだ。
「俺の顔が怖いからなのかもしれない」
「確かにグラディオ様の顔は怖いですけど、それだけではないような……あっ」
ついポロっと心の声が出てしまった。
なんという失言だろうか。
フェリシアは慌てて謝る。
「も、申し訳ございません!」
「いや、謝らなくてもいい。むしろ、気兼ねはいらない。これからも率直な意見を聞かせてくれ」
グラディオは楽しそうに笑った。
まともに笑っているところを初めて見た気がする。
(なんて心の広いお方なのかしら。……それと、ちょっとかわいいかも)
普段とのギャップがあってか、笑顔がかわいく見えてしまう。
「そうだ。契約結婚をしたのは王族から言われたから、と君には話したよな?」
「はい。初日にそう伺いました」
「実はそれだけではないんだ。もう一つある。……リリアンのためだ」
グラディオがじっとフェリシアを見つめる。
「母親がいればリリアンは心を開いてくれるかもしれない、そう思ったんだ。……それは、正解だった」
グラディオ口元がわずかに上がる。
どこまでも優しい微笑みだ。
「夕食のとき、二人を見てわかったよ。誰にもなつかなかったあのリリアンが、君には心を開いていた。フェリシア。これからもあの子と仲良くしてあげてほしい」
「もちろんです」
「ありがとう。これで安心だ。君にならリリアンを任せられる」
「……でも、グラディオ様はこのままでいいのですか」
俺の役目はもうおしまい、そう言っている気がした。
それはつまり、これからもリリアンに嫌われ続けるということ。
グラディオはこんなにも、リリアンの幸せを願っている。
それなのにこれからもずっと怖がられていくなんて、そんなのは辛すぎる。
しかしグラディオは、迷うことなく頷いて見せた。
「俺が願っているのはリリアンの幸せだけだ。あの子が笑顔でいられるなら、嫌われたままでも構わない」
その言葉はまっすぐ。
嘘や偽りは感じられない。まぎれもない本心だ。
でもそこには同時に、強い諦めが混じっているようにも感じた。
「おっと。少し長く話し込んでしまったな。仕事が残っているのでこれにて失礼する」
「ありがとうございました。おやすみなさい」
「おやすみ」
去っていくグラディオの背中を見送る。
大きな背中は頼りがいがあるはずなのに、今だけはなんだか悲しそうに見えた。